モナ男くん
今日、あたしを買ってくれたのは、ダンディーなおじさまだった。
ひげとスーツが似合うおじさまだ。
いつもは他の誰かとダブルやトリプルで買われて行く基本系バニラのあたしには珍しく、単体でのご指名。いつもはぎゅうぎゅう狭いカップの中で、今日は広々だった。
ドライアイスの効いた袋の中で、あたしはいつものようにワクワクしてた。
これから、このおじさまの口の中で、とろっとろにとろけて、幸せに死ねるんだ。
どんなお部屋で、どんなムードで、どんなふうにこのアイス生はとろけるのだろう。
♡ ♡ ♡ ♡
一軒家かと思っていたら意外なことにアパートだった。
「さあ、帰ったぞ」
玄関を開けると、おじさまが言った。
「アキ、お迎えに出てこんか」
たたたっ、と音がした。
フローリングの床に、爪と肉球を軽快に鳴らして、白くて細長い小動物が、部屋の奥から現れた。
「アキくん、おみやげでちゅよ」
おじさまのキャラが変わった。
「おいちいアイチュクリーム、買ってきまちたよ」
この小動物のことはよく知ってる。
あたしが人間のOLだった頃、一度飼っていたことがあった。
フェレットだ。いわゆる愛玩用のイタチ。
でも、あたしの飼ってたフェレットは、アイスクリームなんか食べなかったけどな?
『アキくん』と呼ばれたフェレットは、あたしが醸し出すいい匂いがわかるらしく、おじさまの足元にお座りしてじっとこちらを見上げてきた。
まさか、このフェレットにあたし、食べられるの?
やだ……、ケモノなんて。あたし、おじさまがいい!
「あっ、そうだ」
おじさまが言った。
「アキくんはモナ男とフォーティーワンのバニラ、どっちが好きなんでちゅかね? 実験してみまちょう」
おじさんが冷蔵庫の冷凍室を開けた。
中から何かを取り出した。
取り出したのは、スーパーで売ってるメーカーもののアイスクリームだった。
これもあたし、知ってる。
人間だった時、よく食べてた。
リョッテの『モナ男』だ。
シンプルなバニラアイスモナカ。あたしこれ、そういえば好きだった。
「よう」
モナ男が手を振り、あたしに言った。
「おまえ、高いお店のアイスだな?」
「モナ男、喋れたんだ?」
さすがにびっくりした。
「あたし、あんたのこと、よく食べてたんだけど」
「アイスがアイスを食うわけないだろ」
モナ男に笑われた。
「どうやら勝負のようだな。俺とおまえと、どっちがアキくんを喜ばせるか」
「そうみたいだね」
「言っとくが、アキくんは俺のことが大好物なんだぞ。おまえみたいなお高くとまったやつになんか、負けない」
「お高くとまってるつもりはないけど」
ムッとして意地になってしまった。
「じゃあ、あたしも負けない!」
おじさまがガラスのお皿を出し、テーブルに置く。その中にスプーンであたしを少し取って、入れた。
隣にモナ男のバニラアイス部分が、同じスプーンで入ってきた。
フェレットのアキくんはテーブルの下でイソイソいイソイソ動き回っている。
「さあ、どうじょ!」
おじさまがアキくんの前にお皿を置いた。
「さあ! アキくんが好きなのはいつものモナ男か? それともフォーティーワンのバニラに行くのかーッ!?」
あたしとモナ男は並んでその時を待った。
アキくんはフンフンと鼻を鳴らして近づいてくる。口からベロがエアーペロペロしちゃってる。
やだ……
なんか怖い。
でも負けたくない!
アキくんが暴力的なまでの勢いで近づいてきて、あたしの体を嗅いだ。
フンフンフンフン!
そしてすぐにモナ男のほうも嗅いだ。
嗅ぐなり、モナ男をピンク色の舌で激しく舐めはじめた。
「あああっ……! アキくん!」
モナ男の息が荒ぶる。
「ありがとうありがとう! やっぱり君は、僕を……ああああっ! はあんっ!」
……負けた。
市販の100円ぐらいのアイスごときに。
やっぱり『いつもの味』には敵わないということか。
あっという間にこの世から消えたモナ男の影まで舐め尽くすと、アキくんがこっちを向いた。
ケモノの口が迫ってきた。
「あっ……ひゃあっ!」
あたしは思わず声をあげてしまった。
アキくんのベロ、気持ちいい。
ケモノの食欲、凄まじい。
「うあはっ……! うぎぎぎぎひ」
ちょっとみっともない声をあげて、ガラス皿の中のあたしは、初めてのケモノに食われる喜びを知って、死んだ。
ペットとはいえさすがは動物。こんなにワイルドなの初めてだった……。
その頃カップに入ったあたしは、望んでいた通り、おじさまのダンディーなひげのある口の中でとろけていた。
おじさまはモナ男はそっちのけで、あたしだけを食べてくれていた。
「アキくんはやっぱりモナ男が好きでちか。ボクはやっぱりフォーティワンのバニラちゃんが好きでち」
何回死んでも気持ちいい♡