フランシス・バニラさんがやって来た
「明日から新しい仲間が入って来るらしいよ」
オレンジソルベくんがそう教えてくれた。
「なんかね、昔人気があったアイスで、要望に応えて復刻するんだってさ」
「美味しそうなアイスならいいね」
あたしはにこやかにそう答えただけだった。
仲間が増えたり去ったりするのは珍しいことじゃない。
あたしが人間のOLからアイスクリームに転生してからも、もう何度もそういうことはあった。
だから今回もそれと同じで、ただライバル兼とろける仲間が増えるだけだと、そう思っていた。
ただ、直接的に争うことになるライバルというのは、ある。
ジャマイカコーヒーくんは、ジャマイカアーモンドチョコくんが来てから、買われることが少なくなった。
ストロベリー系、チョコ系、シャーベット系──色々かぶってしまうアイスはある。
でも、バニラであるあたしは、そういうライバルが入って来ることはないと高を括っていた。
だってバニラはバニラだし。
基本形のあたしのライバルといったら、せいぜいバニラにキャラメルを混ぜたキャラメルリボンちゃんぐらいなものだ。
そして彼女はあたしのライバルではない。だってバニラ系というよりはキャラメル系だから。
バニラが二種類にならない限り、あたしにライバルというのはあり得ないのだ。
「今日から仲間になります。フランシス・バニラです」
そのアイスさんはそう言った。
あたしよりかなり黄色い、卵黄をたっぷり使ったバニラだった。
「よ、よろしく」
あたしは少し離れたところにセットされたフランシス・バニラさんに挨拶をした。
「バニラです。よろしく」
体が震え出した。
あたしを入れてるバルクごと、寒くもないのに、いやショーケースの中が寒いのは当たり前のことなのに、ガクガクと震え出した。
ライバルだ。
直接的なライバルだ、これ。
間違いなく、今まであたしを買ってくれてたお客さんも、バニラが食べたければ新顔のフランシス・バニラさんのほうを買うだろう。
やだ!
あたしもお客さんの口の中でとろけたいのに!
「何を泣いてるんだい? バニラちゃん」
後ろからオレンジソルベくんが声をかけて来た。
「大丈夫。君はいつでもそこそこの人気者だから。白いバニラじゃなきゃ嫌だってお客さんは、きっといるよ」
お店がオープンした。
冬でもアイスクリームは大人気だ。
「ストロベリーピンクマカローニをシングルのカップで」
「チョコレートチーズケーキリボンとストロベリーピンクマカローニをスモールのダブル。ワッフルコーンでお願いします」
「ピスタチオクリームとストロベリーピンクマカローニをダブルのカップで」
ストロベリーピンクマカローニちゃんが大人気だ。
見た目がピンクに赤いストロベリーソース、それにピンク色のマカロニが入ってるのが珍しいから当然だよな。
「あ、新作フレーバーがあるね!」
主婦友達らしき二人連れがフランシス・バニラさんを見つけて声を上げた。
やっぱりそうなるよな。
新しいバニラが入ってたら、古いバニラのあたしなんて、見向きもされないよな。
そう思いながら涙を流していると、信じられない注文を耳にした。
「フランシス・バニラとバニラをダブルのカップで」
主婦らしき人、二人ともが、そんな注文をしたのだ。
買われたあたし達は、仲良く2つのカップの中に、まぁるく寄り添って入って、店外に持ち出された。
お客さんのお二人は、お店を出ると、車に乗り込み、あたし達をどこかへ連れて行く。
袋の中で、あたし達2人×2は、会話をした。
「ふ、フランシス・バニラさん」
「なあに? バニラ先輩」
「不思議な買われ方しちゃいましたね」
「うん。普通、2人で同じ組み合わせは買わないと思う。4種類買って、分け合って食べれば4つの味が楽しめるものね」
「しかもバニラとバニラなんて……」
「ふふ。好きな人は好きなのよ、バニラが。気にせずとろけましょう」
袋から出されると、あったかいリビングルームだった。
40歳代ぐらいのお客さんお二人は、あたし達を見ると、とても嬉しそうに微笑んでくれた。
「冬こそアイスクリームよね、やっぱり」
「旦那がいない間の贅沢はこれに限るわよね」
「で、アイスクリームといえばバニラだわ」
「うんうん。それ譲れない。本当にアイスクリームが好きなわたし達は、バニラ以外見えないのよ」
「しかもバニラが二種類もあるなんて」
「食べ比べましょう。どっちのバニラが美味しいか」
付属のピンク色のプラスチックスプーンを持ち、お二人がまずフランシス・バニラさんを口に運んだ。
「うん」
「うんっ! 美味しい!」
フランシス・バニラさんがお二人の口の中で、幸せそうな声をあげながらとろけて行く。
「次の一口はこっち」
「基本のバニラちゃん」
口紅を塗った口が、あたしを包み、舌の上であたしはとろけた。
あはぁんっ! 声が漏れてしまう。
「うん」
「うんっ! こっちはあっさり。フランシス・バニラもたまごの風味が濃厚で美味しいけど……」
お二人の動きがピタッと止まる。
感動したように、笑いながら、声を漏らす。
「氷……!」
「なんかものすごく美味しい氷が中に入ってて、複雑な味だわ、こっち」
あ。
涙だ。
あたし泣いたから、氷の涙が混じっちゃったんだ……。
それが良かったみたいで、あたしはお二人の評価でライバルに勝った。
でも、そんなことはもうどうでもよかった。
あたし達はただひたすら幸せに、中年女性二人の口の中で、それはもう笑顔でとろけながら、死んでいった。