ガラスケースの中でドロドロに溶けていく無数の死体たち
あたしたちはアイスクリーム。
アイスクリームショップ『フォーティーワン』のあかるい店内で、ガラスのショーケースの中で、みんなで人気を競い合っている。
今は真夏だから、冷たいあたしたちは大人気。
お客さんたちはみんな、汗をかきながらお店に入ってきて、あたしたちを幸せそうな笑顔で見てくれる。
「わぁ、ポッピングミントかわいいね」
「オレンジソルベ美味しそう!」
「どれも美味しそうで目移りしちゃう」
買って!
あたしを買って!
そしてその唇と舌でとろけさせて!
あたしはバニラ。基本系。
人気は一番にはなれないけど、毎日そこそこは売れる。
お客さんの口でとろけて死ぬのがあたしたちアイスクリームの幸せ。
連続した小さな死と、バルクの中が空っぽになる最期の死。
死ぬことがアイスクリームの最大の幸せ。
人間だった頃はこんなことはありえなかった。
つまらないOLだったけど、車に轢かれて死ぬ時は、とっても嫌だった。
『死にたくない』
『つまらなくてもいいから、生きたい!』
あんなことを思ってたのが嘘みたい。
アイスクリームに生まれ変われてほんとによかった。
だって美味しく食べられて、とろけて死ぬのって、最高に気持ちいいんだもん!
━ ━ ━ ━
今日はみんなつまらなそうだ。
外は嵐。
観測史上稀にみる巨大台風が接近だそうで、店長がお店を閉めてしまったのだ。
「つまんないねー」
「早くお客さんに会いたい」
ストロベリーチーズケーキちゃんもフロストモカくんも、みんな退屈で口が動く。
「しょうがないよ。お客さんを危険な目に遭わせるわけにいかないだろ」
「明日になればまた、幸せにとろけられるって」
しっかり者の抹茶さんとモカコーヒーさんがみんなを元気づけようとする。
「そうね、明日になれば」
「きっと、明日になれば」
みんなが明日に期待を寄せた時だった──
ガタン……
機械の音がした。
正しくは、機械の音が、止まる音がした。
店内をうっすら照らしていた照明が消え、エアコンが止まる音もした。
みんながざわざわざわめき出す。
「なっ……、何? 何?」
「何が起こったんだろう?」
人間からアイスクリームに転生したのはあたしだけだ。
わけのわかってないみんなに、あたしは説明した。
「停電だよ。嵐できっとどっかの電線が切れたのかも」
「テイデン? 何、それ?」
「何か怖いこと?」
「アイスクリームにとって、悪いこと?」
あたしはショーケース内の空気の流れを感じ取り、安心させたくて大声で言った。
「大丈夫! 予備電源がちゃんと入ってる! お店の中は暑くなりそうだけど、ショーケースの中には冷気がしっかり流れてるよ。大丈夫!」
外は真夏の昼間。相当暑いことだろう。
でも天気が悪いのが幸いして、ギラギラ太陽はカーテンを貫通して入って来たりしない。
「安心していいんだね、バニラちゃん?」
後ろからオレンジソルベくんが聞いてきた。
「前世が人間だったアイスがいると助かるよ。君が『大丈夫』って言ってくれることほど頼もしいことはない」
ところが──
「ねぇ……。なんか暑くなってきてない?」
「そんな気がするね」
みんながまたざわめきはじめた。
確かに……なんかショーケースの中の温度が上がってきてる……。
「うっ!? ぼく、溶けはじめたよ?」
「あっ……? あ、あたしも!」
おかしい……。
なんで!?
停電ごときで商品を溶かしてしまって、アイスクリームショップが成り立つの!?
店長!
バイトのお姉さん!
警備員さん!
誰でもいいから早く来て!
溶けはじめた。
あたしたち、みるみる溶けはじめた。
ショーケース内の温度もどんどん上がっていく!
「いやだ……!」
「こんな死に方、いやああぁ!」
「死ぬのはお客さんのお口の中で死にたぁい!」
パニックになりはじめた。
かくいうあたしもパニックだ。
「みんな、落ち着け!」
チョコレートくんが頼もしく、みんなを励ます。
「みんなで冷やし合うんだ!」
あたしたちは身を寄せ合って、互いに残るわずかな氷点下の体温で、体を冷やし合おうとした。
でも無理だった。あたしたちは、店員さんの手とディッシャーがなければ、自分のバルクの中から動くことは出来ないのだ。
みんな、それぞれ、孤独なのだ。
同じショーケースの中にいながら、自力ではけっして触れ合うことが出来ない。
「ドロドロだ!」
チョコマーブルくんが叫んだ。
「おれ……ドロドロになってる! ヒヒヒ!」
「あああああ……!」
チョコミントちゃんが絶望の声をあげる。
「ミントアイスが溶け出して……チョコがみんな……上のほうへ……!」
「分離してる!」
大納言あずきさんが悲鳴をあげる。
「乳脂肪分と……水分と……あずきが……! 分離していくううぅ……!」
「死にたくない……!」
あたしも喉を枯らして叫んだ。
「こんな死に方、したくないっ!」
まるで人間に戻ったみたいだった。
死ぬのがこんなに恐ろしいなんて……。
━ ━ ━ ━
次の日になってもまだ、あたしには意識があった。
他のアイスクリームたちは皆、死んでしまったようだ。
無念と呪いのようなものがショーケース内を満たしていた。
扉の鍵が開く音がし、店長と奥さんが並んで入ってきた。
「うっわ……!」
「まるで殺人事件現場みたいな光景!」
ドロドロに溶けたあたしたちを眺め、二人の息が止まっている。
ショーケースを開けてみろ。
その時が貴様らの最期だ。
ほんとうにその息止めてやる。
よくも……よくも……あたしたちを……
このまま冷やし直しても元の美味しいアイスクリームには戻らないんだぞ!
とはいえあたしは所詮アイスクリーム。
呪うなんてことは出来ないのだった。テヘ……