冬のアイスクリーム
あれから何度目のアイス生だろう。
転生しても転生してもあたしはアイスクリームになっている。
いつもバニラだった。
アイスクリームショップ『フォーティーワン』店内の冷凍ショーケースの中で物心つくたびに、プラスチックの4リットルバルクの中にあたしの意識が白く湛えられていた。
繰り返す吉夢……。あるいは淫夢。
人に買われ、舐められ、溶かされるのは何度味わっても甘美なひとときだ。
特に最期の一掬いをバルクからディッシャーでこそぎ取られ、死を迎える時に感じる幸福の、なんという鮮烈さ!
毎日を退屈に送っていたOLの頃になんか戻りたくない。
一生あたしはアイスクリームとして、転生を続けたい。とろける時を繰り返したい。
いつか転生が途切れ、そのまま何もなくなってもいいと思っている。
でも、ひとつだけ、不満はあった。
「ポッピングミントをカップでください」
「クッキー&クリームとピスタチオミルクをワッフルコーンのダブルで」
仲間たちが次々とお客さんに買われていく。
『みんな〜! さよなら!』
『いっぱいとろけてくるからね!』
楽しそうに、嬉しそうに買われていくアイスクリームたちを見送る。
ああ……いいな。
ポッピングミントちゃんも、クッキー&クリームさんも、ピスタチオミルクくんも……お客さんの唇に愛されて、舌の上でとろけて、幸せに死んでいくんだな。
自分のことでもないのに頬が緩み、幸せのお裾分けをもらったように笑顔になってしまう。
あたしは、バニラ。基本系。
ここで買わなくても、スーパーでも食べられるフレーバー。
ぶっちゃけ、人気がないのだ。
一番初めに転生した時は、あたしの初々しさがお客さんにも伝わったのか、やたら人気が爆発して、お店の人気フレーバーランキングで一位を獲った。
でも、その時だけだった。そのあとは何度転生しても、なかなか注文がなくて、なかなか最期を迎えられない。
いいな……。
いいな……。
あたしも人気のフレーバーになって、あっという間に最期を迎えたいな。
死ぬ時に感じる幸せの量って、ハンパないんだもの。
人間でいた時はもちろんこんなことはなかった。
死ぬのは怖いことで、車に轢かれて最期を迎えた時、思ったことはただひたすらだった。
『死にたくない……』
『死にたくないよぉ……』
それがアイスクリームに生まれ変わったら一変した。
どうかどうか! 早くとろけさせて! 早く消えさせて! あっという間に死にたい!
死ぬのって、最高に気持ちいいんだから!
「ぼくはもう3ヶ月以上も死ねてないからね……」
お店で一番不人気のオレンジソルベくんが後ろのバルクの中から言った。
「バニラちゃんなんてまだいいほうだよ。はっはっは」
「オレンジソルベくんは生まれ変わったら何になりたい?」
聞いてみた。
「やっぱり人気のポッピングミントちゃんになってみたい?」
「ぼくはいつまでもオレンジソルベでいいよ。はっはっは」
強がりを言ってるようには見えなかった。
「だって、今はこの通りだけどさ、夏になったら結構人気が出るんだぜ?」
そう。オレンジソルベくんのシャーベットな爽やかさは今の季節に合ってない。
冬に売れるのはこってり系。夏には人気の落ちるラムレーズンさんなんかも冬には引っ張りだこだ。お酒が入ってるから温まる感じのとろけ方をするのかな?
かくいうあたしだって、冬にはそこそこ人気が上がる。
でも……、出来れば一番になりたいな。
次々とお客さんに買われ、嬉しそうに手を振りながらお店を出て、幸せそうに死にに行く人気のフレーバーさんたちを羨ましがって見送っていたら、話しかけてきたアイスがいた。
「そう羨ましそうな顔すんなって」
振り向くと、チョコレートアイスくんがそこにいて、余裕の笑みを満面に浮かべていた。
チョコレートアイスくんはあたしの仲間だ。基本系だ。人気はあたしよりも少し下だ。
でも……チップドチョコとかチョコクッキーみたいにアレンジされてるのも含めたらあたしより人気があるといえる。
「ふん! あんたなんかにあたしの気持ちなんてわかんない!」
ツンとしてやったけど、やたら馴れ馴れしくベタベタしてきた。
「もうすぐさ。もうすぐしたら、俺らの季節がやって来るぜ」
何を言ってるのかわからなかったけど、なんだかその言葉に期待させられて、思わず好意的な笑顔を見せてしまった。
冬でもあたしたちを愛してくれる人間さんは多くて、特にクリスマスはお客さんで店内がごった返す。
あたしとチョコレートくんはケースから出されると、お店の奥へ連れて行かれた。
「混じり合おうぜ、バニラちゃん」
「あの時の言葉……こういうことだったんだね」
あたしは嬉しくて涙が出た。
あたしとチョコレートくんは結婚して、クリスマスのアイスケーキになった。
「一緒に死のうな」
「うん。幸せになろうね」
かわいいアニメキャラでデコレーションされたあたしたちは、箱に入れられた。
やがて車の揺れが止まり、家の中に招き入れられて、しばらくは冷凍庫の中で待機させられたけど、そのうちご両親と三人の子供の笑顔の前で箱を開けてもらった。
「わぁ!」
「しゅごい!」
「美味しそう〜!」
みんなあたしたちを見てニコニコしてくれた。
あたしとチョコレートくんも手を繋ぎ、見つめ合ってニコニコした。
「冬は俺たちにとって最高の季節だろ?」
そう言いながら、チョコレートくんがあたしの薬指に指輪をはめてくれた。
「うん! 一緒に幸せに死のうね」
お父さんの舌で、お母さんの舌で、子供たちの舌の上で、あたしたちは幸せにとろけていった。