もふもふ元魔王VSダークデレッサ
── 20分ほど前 ──
「……そろそろ、限界みたいね。ルッシー……どうしよう」
ギルシェルルが一口も付けずに置いていったクマの形をしたパンケーキを見つめながら、シェリーはひとりごちた。
「ギルシェルル様、パンケーキ食べてくれなかったなー……でも大丈夫だよ、シェリー!ギルシェルル様もきっともうそろそろ、シェリーがとても素敵な女の子だって気づいてくれるよ!」
と、キツネのぬいぐるみの姿をしたデリンジャーはシェリーにそう言い、ニッコリと微笑んだ。
「……そうかな?そうだといいな。ありがと、デリンジャー」
シェリーはそう言うと、デリンジャーを抱き上げてぎゅーっと抱きしめた。抱きしめられるとデリンジャーは「えへへ♡」と照れ笑った。
すると。
「──ん?」
「どうかした?シェリー……って、うわっ!?」
シェリーが天井を見上げた時だった。一瞬ガタガタと、家が揺れた。
「地震かな?」
「……誰か結界を壊して、入ってきたみたいね」
「え?なんか言った?」
「私ちょっと行ってくる!」
「え?ちょ、シェリー?!」
シェリーは玄関の傍に立て掛けていたペロペロキャンディー形の大きな杖を持ち、外に飛び出した。
◆◼◇◆◼◇
「なっ!?ギャアアアアあっつうううっっ!!!」
ギルシェルルの口から突然放たれた黒い炎のようなものは魔物を覆い、魔物の体を焼いた。魔物は黒い炎を払おうと、体をジタバタとさせる。
その間にギルシェルルはドレールのもとに駆け寄り、白目を向いたドレールをおんぶして魔物から離れた。
「おい、ドレール!大丈夫か?!しっかりしろ!」
「う……ぐ……こんな……醜態を、ギルシェルル様に晒してしまい……誠に申し訳ないです。ギルシェルル様の足手まといにはなりたくないので、どうか私のことは捨て置いてくだ……さ……」
ドレールはそう言って、ガクンっと再び気絶した。
「……ドレール、醜態を晒しているのは私の方だ……すまない。元魔王がこのザマとは……──だかドレール、お前のお陰で勝算が見えたぞ!」
ギルシェルルは、白目を向いて倒れるドレールにそう言うと、暴れながら黒い炎を払う魔物をぎろりと睨んだ。
(……あの小娘の魔法で、私の魔力の全てを封印されていたが……もしかしたら───)
「クソがぁ……よくもやりやがったな、このクソぬいぐるみ~……バラバラに切り刻んでヤルァアアア!!!!」
ギルシェルルの放った黒い炎を体から払うと、魔物は怒声を上げながらギルシェルルの方に走ってきた。するとギルシェルルは、もふもふの手を上から下に斜めに振り下ろしながら「漆黒斬!!」と叫ぶと、その振り下ろした手から黒い斬撃のようなものが出てきて、それが魔物の体を切り裂いた。
「グハァッ!!」
「クッ!浅い!」
(──だが、これで判った。恐らく、小娘のかけた魔法は解けかかっているんだ。魔力が使えるなら……こやつに勝てるやもしれん!!)
「クソぬいぐるみがぁ!!!流血の雷!!!」
「漆黒矢!!」
魔物は手から先ほどの赤黒い雷のような呪文を放ち、ギルシェルルはもふもふの手から禍々しい暗黒光線を放った。ぶつかり合う、魔物とギルシェルルの禍々しい力。
ドーーーーーンッッッ!!!
「ぐわっ!!」
「くっそ……!」
2人の放った力は互角だったようで、2人の間で弾けそして、その弾けた力の風が、2人を森の奥に吹っ飛ばした。
「くっ……魔力が使えるのは分かったが──」
ギルシェルルは俯せながら、先ほど暗黒光線を放った右手を見る。まあるい手の先が無くなり、真っ白い綿が飛び出ていた。
「この布綿の体で、私の魔力を使うのは厳しいか……」
ギルシェルルがフラフラと立ち上がろうとした時だった。
─ドックンッ─
「う”っ!?……ぐぅっ……」
ギルシェルルの心臓が大きく鼓動を打った。
──なんだこの感じ……体が熱いというか、全身の端が弾けそうというか。もしや、元の体に戻ろうとしているのか?
ギルシェルルがそんなことを思っていると。
「ゲッヒャヒャヒャヒャヒャ!!良いねえ~ぬいぐるみ魔王!!つえーじゃねぇか!やっぱお前、俺様の家来になれよ!」
「貴様のような下等な化け物の家来になるくらいなら、死を選ぶといっただろうが」
「チッ!うっせぇな~……化け物化け物ってよぉ。俺様はなあ……」
魔物はそう言いながら、掌からバリバリとした赤黒い何かを出した。刺々しい剣のようだ。魔物は手から剣を出すと。
「『化け物』って言われるのが、イッチバン大嫌いなんだよ!!」
と声をあげながら、ギルシェルルに向かってきた。ギルシェルルも左の手から真っ黒い剣を出し、魔物とぶつかり合った。
「オリャアアアアアッッ!!」
「ハアアアアアアッッ!!」
魔物とギルシェルルの剣がガチャガチャとぶつかり合う。が。
「ぐっ!」
ギルシェルルは剣とともに後ろに吹っ飛ばされた。
「はぁっ……はぁっ……くっ!……本当に腹立たしい体だ」
剣を支えに立ち上がる、ギルシェルル。
この体が戻れば、こんな下等な化け物などすぐに殺せるというのに……早く、早く戻らぬか、私の体!元の私の体に戻れば──……戻れ……ば?
ギルシェルルがそう、心の中で思っていた時だった。
『ルッシー♡』
『今日もかわいいね~ぎゅーっ♡』
『大好きだよ、ルッシー♡』
脳内に、いつかのシェリーの声や笑顔……そして、ギルシェルルの体にシェリーが抱きしめた時の体温が思い起こされた。
そして、ギルシェルルはぽつりと言った。
「……元の姿に戻れば、あの小娘はもう……私のことを愛さぬだろうか……?」
そう言って、ギルシェルルがはっ!と我に返った時だった。
「ズオリャアアアアアッッ!!」
ギルシェルル目の前に、魔物の剣が───
ズバンッ!!
「……が……ぁ……」
ガチャンッ!と、自身の剣とともにギルシェルルは倒れた。ギルシェルルのもふもふの体が……魔物の手によって、縦に真っ二つに斬られたのだ。
「ゲッヒャヒャヒャヒャヒャ!!ぬいぐるみとはいえ、元魔王!!その元魔王を真っ二つにしてやったゼ!!」
そう言いながら、魔物はギルシェルルの半分の体をグリグリと踏みつけ、高笑った。
その時だった。
「飴玉砲!!」
森の奥からそんな少女の声がしたかと思えば、ギルシェルルを踏みつけていた魔物を白い光線が吹っ飛ばした。
白い光線を放ったのは、ネコミミのフードを被ったシェリーだった。