愛なんて知らない
「フンフフンフーン♪」
シェリーはフライパンでパンケーキを焼きながら、ご機嫌に鼻唄を歌っていた。その隣のコンロでは、フワフワとした白銀の体毛に覆われた、黒い眼帯をした仏頂面のうさぎのぬいぐるみのドレールが、シェリーと一緒に皆の分のパンケーキを焼いていた。
「はい、パンケーキ焼けたよ!今日はデリンジャーとバリスとガデルが、今朝早くに裏庭で摘んでくれたバラで、ローズジャムを作ってみたんだ~♪」
コトン。と、シェリーは3枚ずつ乗ったパンケーキのお皿を、木のテーブルに座るぬいぐるみたちの前に置いていった。木のテーブルには、いくつものぬいぐるみたちが着席しており、ギルシェルル以外のぬいぐるみたちは声をあげて喜んだ。
「わーい!パンケーキだ!」
「おおおお!このてっぺんのパンケーキ、我らの形をしているぞ!」
パンケーキのてっぺんには、ネコやうさぎ、くまやリスなど、それぞれのぬいぐるみの形をしたパンケーキが乗っていた。
「ふふふ、これはね~ドレールが作ってくれたんだよ~!スゴいよねー!私魔法でも、こんな可愛いパンケーキ作れないのに~」
と、シェリーが言うと。
「いえ……そんな、とんでもないです。シェリー様の御顔形のパンケーキも作りたかったですが……できませんでしたし」
と、ドレールはシェリーに跪きながら言った。
「も~……シェリー『様』じゃなくて『シェリー』って呼び捨てていいってば!ていうか、お手伝いしてくれるだけで助かるし。それに、皆を笑顔にさせてくれてありがとう、ドレール♡」
そう言ってシェリーは、ドレールをぎゅーっと抱きしめた。いつも仏頂面のドレールだが、シェリーに抱きしめられ、少し口角を上げて嬉しそうにした。
「じゃ、いただきます!」
シェリーも、ぬいぐるみたちと一緒に木のテーブルに着くと、手を合わせた。そして、ぬいぐるみたちもシェリーと同じタイミングで手を合わせた。
『いただきます!』
バクバクとぬいぐるみたちは、美味しそうにパンケーキを頬張る。
「んー!ドレールのパンケーキふわふわ♡それに、ローズジャムもいい香りで甘酸っぱくて美味しい!デリンジャーとバリスとガデル、バラ摘み手伝ってくれてありがとう♡」
パンケーキを頬張りながらシェリーが言うと、デリンジャーとバリスとガテルはジャムやパンケーキの欠片を頬にくっつけながら「えへへへ」と照れたように笑った。
皆が楽しげに朝食を食べているなか、ギルシェルルはパンケーキを一口も食べず、不機嫌そうに皆の席から離れた。
◆◼◇◆◼◇
「はあ……皆、何故あの小娘にあんなに丸め込まれてるんだ。特に、ドレールめ。あいつは絶対、籠絡されないと思っていたんだが……」
ギルシェルルたちが、シェリーの魔法でぬいぐるみに替えられた後。シェリーは自身の家に、ギルシェルルやギルシェルルの部下たちを連れてきた。
最初は皆、シェリーに反抗していたが、シェリーの包容力や抱擁過多……愛情により、程なくしてシェリーに味方するようになった。
だが、四天王である、デリンジャー・バリス・ガデル・ドレールは、なかなかシェリーの愛情に落ちず、しばらくは反抗していた。特にドレールは、ギルシェルルに深く忠誠を捧げており、シェリーに「ギルシェルル様を元に戻せ!」と、戦いを何度も挑んだ。が、全て秒でやられ、最終的に『ぎゅーっ』と抱きしめられる刑に処されたのだった。
そうこうしているうちに、ドレールを含む、四天王もシェリーの愛情に落ち、今となってはギルシェルル以外は、シェリーの手伝いをしたり、自らシェリーのもとへと抱きしめられに行ったりするようになっていた。
「ギルシェルル様ー!」
ギルシェルルがため息を吐きながら大樹の森を歩いていると、ドレールがぽぴゅぽぴゅと足音をならしながら走ってきた。
「ギルシェルル様……パンケーキに全く手を付けてなかったようですが……私作の、ギルシェルル様形のパンケーキがお気に召さなかったでしょうか?」
「いや……」
「それとも……まだ、やはりシェリー……様のことが受け入れられないのでしょうか……」
ドレールがそう言うと、ギルシェルルはぎろっとつぶらな瞳を尖らせて、ドレールを睨んだ。
「……言葉が過ぎました、申し訳ありません。ですが、シェリー……様は、私たちと同じ『ハズレモノ』でありながら、ハズレモノの私たちを愛し……慈しんでくれてます。人間どもに化物と言われ、弾かれた私たちの心を汲み、そして……その傷を優しく治癒するように日々、やわらかな言の葉を掛け、抱き寄せてあたためてくださっています。なので──……」
「……もうよい。行け」
ギルシェルルがそう言うと、ドレールは静かに頭を下げ、ギルシェルルの前から去った。
「……愛。寒い言葉を堂々と言いやがる。……愛、か」
ギルシェルルは空を見上げ、その言葉を放つとともに、ため息を吐いた。
その時だった。
─────ピキッ!ピキキッ!!
空に長く伸びる巨大樹と巨大樹の間の空間に、透明なヒビが入り、そして。
パキーーーンッ!!!
ガラスが割れるようにして空が欠けた。
その欠けた部分から、禍々しい気配を纏った、赤黒い体をした歪な魔物が、ゲヒャゲヒャと笑いながら落ちてきた。