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『天使の背中短編集』

オアシスと寝ぼけまなこ

作者: すけともこ

長編執筆の息抜きに書き上げた短編の第3話です。

短編ですが、一度に読むには少々長めですので、お時間のあるときにゆっくりお読み下されば幸いです。

外に置いておいたフライパンに玉子を割ったなら、そのまま目玉焼きが出来上がりそうな…


そんな、暑い日のことだった。



わたしは、お城でのメイドの仕事を1日だけお休みにしてもらって、友人のシーナと城下町を散策していた。


シーナが香辛出版の記者としてエスペーシア城を出入りするようになったのが、今年の春のこと。


同い年ということもあって、わたしたちはすぐに意気投合…今では、休みを合わせてお出かけする仲になった。



繁華街のお洒落な服屋さん、小物の雑貨屋さんを見て回って…


ふと、隣を歩くシーナに視線を向ける。



…やっぱり。


今日も眠そうな顔してる。



わたしより少し小さいシーナ…


ポニーテールからはみ出た後れ毛を、1本たりとも逃すまいとヘアピンでビシッと留めた横顔…


それが、今にも溜め息が出そうなほど無表情なのだ。



「……」



シーナは表情こそ乏しいけれど、もちろんわたしと一緒にいるのが苦というわけではないみたい。


その証拠に、ついさっきお揃いで買ったシュシュを大事そうにじっと見つめている。


…それなのに、いつも眠そうなのは、なんでなんだろう。


気にはなるけど、



「シーナってば、楽しい?」



と聞くのは、本当に楽しんでいたら失礼みたいだし…


どうしていつも眠そうな顔なのか、いつか聞けたらいいんだけど。



「今日は暑っついねぇ…どっか涼しいとこないかなぁ」



直射日光の眩しさに目を細めながら呟くと、シーナも「そうだねぇ」と手でパタパタと自分を扇いでいた。



夏真っ只中のエスペーシア王国。


いつもなら、そんなに暑くなることはないのだけど…


今年は風があまり吹いていないせいか、蒸し風呂みたいな暑い日が続いている。


そんな中、涼しい場所を見つけるなんていうのは…ちょっと難しい話かもしれない。



なんてったって、ここはウェントゥルス教南風派の国なのだ。


神様が与えてくださった天気を、暑いからという理由で否定するような涼しい場所なんて…



「…ん」



そのとき、わたしは奇妙な違和感に襲われた。


それは、隣にいたシーナも同じだったらしく…わたしたちは思わず顔を見合わせた。



冬の日の早朝のような冷気が、ほんの一瞬、顔面に吹き付けてきた…?


こんな暑い日に…!?



「クミンちゃん!」



わたしを呼んで駆け出したシーナは、道端でひっそりと佇む建物を指さしていた。


どうやら、風向きから冷気の出どころを推理したらしい。


わたしも近づいて見てみると、それは建物ではなくて…



「階段…?」



地下へ降りていく階段の入口だった。


ふたりで覗いてみると、数段降りていったところにドアがあって、近くに看板が立っていた。



「喫茶…オアシス…」



シーナが薄暗さから眉間にシワを寄せて、看板の文字を読み上げた。



「シーナ、オアシスって何?」


「んーっとね…砂漠の中にある泉とか、草木が生えてる場所っていう意味だったと思う」


「なるほど…いかにも涼しそうだね」


「だよね…行ってみよう」


「うん…」



わたしとシーナは、好奇心という名の勇気とともに階段を降りて行った。


もう一度、確認するように頷きあって、扉を引いた瞬間…


あの冷気が、今度は全身に吹き付けてきた!



あー! なんて涼しいのっ!!



両手を広げて歓迎したくなるほど、冷たくてひんやりとした風…


胸いっぱいに吸い込むと、コーヒーを焙煎しているいい匂いがしてきた。



ああ、もう香りだけで幸せ…


なんて感動を味わう暇もなく、わたしとシーナは女性店員さんに案内されるままボックス席へと座らされ…


いったいいつ頼んだのか、気がついたときには目の前にアイスコーヒーが2人分置かれていた。



「……」



ひんやりとした空気の中で、シーナはミルクのみ、わたしはミルクとガムシロップを2つずつ入れたアイスコーヒーを、ストローでぐっと吸い上げた。


わたしにとってはほどよい甘さのアイスコーヒーをゴクゴク飲みながら、さりげなく店内を観察する。



広くもなく狭くもなく、メイドたちの大部屋と同じくらいかな…


地下にあるわりに昼間みたいに明るくて…けっこうお客さんが入っているみたい。



しかも、そのお客さんたちは、城下町ではあまり見かけない人たちばかりで…


なんと、だれもこの涼しさに驚いていないのだ!



だれもがフツーにやってきて、フツーに冷たい飲み物を飲んでいる…


みんな、ここの常連さんなのかな…?


でも、こんなところに喫茶店があるなんて、全然知らなかったけど…?



アイスコーヒーをちみちみ飲みながら、ふとシーナを見ると…


彼女は、とある一点を身動きもせずにじっと見つめていた。



その視線の先には…2人連れのお客さん。



ひとりは、わたしたちより少し年上くらいの…たぶんノーメイクで普段着の女の人。


もうひとりは、暑い日でもかっちりスーツを着込んだ男の人。


そして、テーブルには紐で綴じられた分厚い原稿用紙の束…



ああ、なるほど。


名前はわからないけど、女の人は作家さんで、男の人はその担当の編集者さん? なんだ。



そっか、それで…


作家を夢見るシーナは、ふたりに釘付けなんだね。


…んー、でもなぁ、それにしても。



「やっと目が覚めてきたみたいだね」



ちょっと尖った声になってしまったのは、きっとシーナがさっきとは別人のようにおめめパッチリで、ワクワクしているように見えたからだろう。


シーナはというと、最初はぽかんとしていたけれど、



「もしかして、顔に出てた? ごめんなさい!」



と、謝罪の言葉とともにペコッと頭を下げた。


そして…ついにわたしは、シーナの常時寝ぼけまなこの秘密を知ることになるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



シーナは、物心ついた時から「楽しみにすること」をやめたのだという。


子どもの頃、大好きな本の新刊が出る前日から楽しみにしていたシーナは、当日ゆっくりと本が読めるように、宿題やら家事の手伝いやらを、前日のうちに片付けていた。


そして、寝不足気味で迎えた、新刊発売当日…


なんと、楽しみにしていた新刊は、シーナが本屋さんに到着する数分前に完売してしまったのだ!



完売…本屋さんの在庫もすべて空っぽ…お取り寄せには数日かかる…


……


まだ学校と家が世界のすべてだった頃のシーナには、数日が一生に思えたという。



すべての苦労が水の泡…


その日やるはずだったことは、前日に片付けてしまっている…


本当なら、この時間は新しい本を読んでいたはずなのに!


そう思うと…自由時間がたくさんあっても、何も手につかなかった。



「…もう少し大人だったら、すぐに気持ちを切り替えて、小説を書く時間にできていたと思う。でも、あの頃のわたしには無理な話…で、もう何も考えられなくなって、ひとつの結論に至ったの」



すべては、楽しみにしすぎたことがいけなかったのだ。


楽しみにしなければ、その楽しみが無くなったとき、こんなにイライラしたり落ち込んだりせずに済むはずだ…と。



「…で、必死に心に予防線を張ろうとして、ときどき無表情になっちゃってるらしくて、よく妹に心配されるんだよね」


「なるほど…それで、いつも眠そうだったんだねぇ」



シーナの気持ち、わからなくもないなぁ。


もう氷が溶けきって薄味になったアイスコーヒーをすすりながら、うんうんと頷いてみせる。



わたしも、楽しみにしていたことが突然目の前から消えてなくなったら、すっごく落ち込むもんね。


…何事にも、心の準備が大切なんだ。



「クミンちゃん…ごめんね」



わたしがまだこくこくと頷いていると、シーナは眉を八の字にしてわたしを見つめていた。



「妹に心配されてから、楽しくなさそうな顔にならないように気をつけていたんだけど…嫌な思いさせてたら、ほんとに…」


「気にしないでよ! わたしは、シーナがいつも眠そうな顔してる理由がわかって、スッキリしたんだから!」



わたしは、頭を下げようとするシーナを遮って、にっこり笑ってみせた。



「だって、シーナが眠そうになっていればいるほど、楽しみにするのを我慢してるってことでしょう? わたしと一緒にいるとき、シーナってばいつも眠そうなんだもの。だから…シーナが眠そうなほど、わたしは嬉しいよ!」



わたしと一緒にいられること、楽しみにしてくれてるってことだよね、シーナ。


…なんて、正面から聞くのはちょっと照れくさくて、遠回しな言い方になってしまったけれど、



「…ふふっ、うん。ありがとう、クミンちゃん」



シーナは困ったような顔で笑っていた。


わたしの言いたいこと、伝わったかな。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



…いつの間にか、シーナが見つめていた作家さんは店を後にしたらしい。


テーブル席には、スーツの男性と原稿用紙の束が残されていた。


わたしたちのアイスコーヒーは、もう溶けた氷まで飲み尽くされて…後には何にも入っていないグラスだけ。



そろそろ行かないと…灼熱地獄へと戻らなきゃいけないのは辛いけど、これ以上の長居はお店の人に申し訳ない。


会計を済ませて、地下から地上へ一歩踏み出した瞬間…



「ぐあぁぁぁーっ!」



と、思わず声が出るほど眩しくて熱い西日が石畳を照りつけていた。


大好きな人を見つめる、女の子の熱視線…って、こんな感じかなぁ?



「うぅわぁ…これはもう、別世界だね…外ってこんなに暑かったっけ??」



そう言いながら手庇をつくるシーナの左手を見て、わたしは思わず「あっ!」と声を上げた。


もぅ、うっかりさんなんだからっ!



「シーナ! お揃いで買ったシュシュは!?」


「へっ!? …あ! 大変! 忘れてきちゃった!」



わたしの大きな声にビクッと飛び上がったシーナだったけど、すぐに忘れ物に気がついてくれて、この暑さもなんのその、ドタドタと階段を駆け下りていった。


一陣の風が吹き抜けた先をちらっと覗いて見ると、シーナはもう『喫茶オアシス』のドアを開けて中に入っていくところだった。


お店の人が見つけて預かってくれてればいいけど…なんて心配していたわたしは、ふと違和感に襲われた。



おかしい…


何かが変だ…


でも、いったい何が…?



あ。


そっか、涼しくなかったんだ…



『喫茶オアシス』のドアを開けた途端、吹き付けてきた冬の早朝のような冷風…


それが、先ほどシーナがドアを開けたときには何も感じなかった。


しかも…不思議なことに、シーナもなかなか帰ってこない。



いったい『喫茶オアシス』の中で何が起きているのか…


気になったわたしは階段を降りて行き、『喫茶オアシス』のドアを引いた。



最初に目に入ったのは、ポニーテールのシーナの後ろ頭だった。


あとは…なぜか、薄暗くて何も見えない。



わたしが来たことに気がついたらしいシーナは、ゆっくりと後ろを振り返った。


そして、引きつった顔のシーナが指さした部屋奥には…


かろうじてうっすら見える床の上に、例のシュシュがぽつねんと置かれていたのだった。



薄暗い地下倉庫らしき場所に、シュシュがひとつ…



「……」



わたしとシーナは、しばらくの間、声もなく顔を見合わせていた。


いったい何が起きたのか…



『喫茶オアシス』は、確かにここにあった。


わたしたちは一緒にアイスコーヒーを飲んだ。


店の中に入ったのだから、シーナの忘れ物も当然中にあったわけで…


でも、なぜかここは全然喫茶店じゃなくなっていて…あれ…?


なんで喫茶店じゃなくなっているの…?



「……」



きっと目の前でぽかんと口を開けているシーナも、わたしと同じことを考えているに違いない。


なんて、ふたりで瞬きを繰り返していると、



「おい、そこで何をしている」



突然聞こえてきた男の人の声に、わたしとシーナは文字通り飛び上がった。


わけがわからないことが目の前で起こっていて理解が追いついていないのに、さらに何か起ころうとしているなんて、もう手に負えない!



パニック! クミン、パニック!!



あれ…でも…この声…


聞いたこと、あるなぁ…



わたしは、ゆっくり階段を降りてこちらへやって来た声の主を見て、ほっとした。



「あぁ、やっぱり…びっくりしたぁ〜。コリアンダー騎士団長、驚かせないでくださいよぉ」


「ん…? なんだ、クミンじゃないか。で、そちらはお友達の記者さん。ふたりとも、どうしたんだ。こんなところで」



エスペーシア王国騎士団長コリアンダーさんは、逆光に目が慣れていないのか、眉間にシワを寄せてわたしたちを交互に見ていた。


そんな不信感の塊みたいな騎士団長に、わたしは今までのことを語って聞かせた。



ここに喫茶店があったこと、中はとんでもなく涼しくて冬みたいだったこと。


でも、すぐに戻って来たのに、今は跡形もなくなっていたこと。


そして、シーナの忘れたシュシュだけが残されていたこと…



「だから、ふたりでびっくりして動けずにいたんです!」



と、わたしはかなり真剣に語ったのだけど…



「あーっはっはっはっ!!」



コリアンダー騎士団長は、抱腹絶倒の喜劇を観劇したお客さんのように、わたしの話を盛大に笑い飛ばした。



「何を言ってるんだ! ここはなぁ、お前さんたちが生まれる前から、もう長いこと地下倉庫として使われている場所なんだ。こんなとこに喫茶店なんてあるわけないだろう! はっはっはっ」


「で、でも! でも…わたしのシュシュは、あの中に、あって…」



騎士団長の傍若無人な振る舞いに堪えきれなくなったのか、普段は人見知りが激しくて無口なシーナが珍しく口を開いて、しかも反論した!


…と、わたしはびっくりしていたのだけど、騎士団長は笑って取り合ってくれない。


それどころか…こんなことまで言い出した。



「記者さん、あんたは毎日かなりの寝ぼけまなこで城内を歩いているだろう? だから、夢の中でも忘れ物なんてするんだよ」



コリアンダー騎士団長は、これ以上は構っていられないのか、笑わずにいるのが限界なのか、そのまま階段を上がって行ってしまった。



「……」



シーナの横顔は、大人に言い負かされた子どもみたいに悔しそうだった。


…いや、実際そうなんだけど。


しかし、



「…クミンちゃん」



わたしを見つめたシーナは、怒りを鎮めるように短く息を吐くと、



「わたし、これからはいつでも笑顔でいられるように努力する!」



なんて、声も高らかに宣言した。


わたしはというと「あ…うん」なんて頷いて、それで終わってしまった。



シーナ、寝ぼけまなこって言われたの、そんなに嫌だったんだね…


って、そっち!?


もっと『喫茶オアシス』の謎について考えたりとか…



わたしは、なんてツッコもうかと言葉を探しながらシーナの顔を覗き込んだ。


シーナは…なんだか楽しそうに、ニコニコしていた。



もしかして…もう謎を考えてて楽しくなっちゃってるのかな。


そんなシーナを見ていたら、なんだかわたしまで楽しくなっていて…


気がつけば、ふたりで笑い合っていた。



おわり

最後までお読み下さり、ありがとうございます。

短編は、どれも「長編パンデロー以後、長編シーナ以前」の期間の内容になっています。

現代社会と繋がっていると思われる『喫茶オアシス』は、またいずれどこかで登場するかと思われます…たぶん。

他作品や長編作品も合わせてお読み下されば幸いです。

感想やアドバイス等も絶賛受付中です!

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