06
カレンダーを捲ってほぅと息を吐く。
「もう12月ね」
「だな」
珍しくあたしの部屋で作業していた美麗の言葉に同意した。
あたしが純や遊と遊んでいる間にもこうして時間が経っているんだなと実感する。
「いまどれぐらいなんだ?」
「まだ30ページぐらいかしら」
どれだけ長い作品を作るつもりなのか。
よくそれほどの熱量を注げるなと思った。
「それよりあなた、まだ小学生の子達と一緒にいるの?」
「ああ、友達になったからな、どこかの誰かさんが相手してくれなくて寂しいから仕方がないだろ?」
「ふぅ、そこに座りなさい」
律儀に正座をしたらそのままぎゅっと抱きしめられる。
「……私だってね、我慢しているのよ」
「我慢って言うけど、漫画を描けていたら欲も満たせているんじゃないのか?」
最近こそハイテンションにはならないが、楽しそうにしていることには変わらないのだから。
その証拠にあのSMコンビや奈々子及び麻由里先輩を描けて嬉しそうにしている。
今後必要になるからと現在もスケッチブックに残しているというのに、なにが不満なんだろうか。
「それとこれとは別よ、こういうことをしたいっていつも思うの、内容があなたと私のものだからなおさらのことね」
紙の中のあたし達が仲良くしているからか。
なんで現実もそうじゃないんだろうという気分になるのか?
こちらとしては漫画に専念するより来てくれた方が嬉しいわけだが。
「いまちょうど告白するところなのよ」
「おい待て、30ページも描いてまだそこなのか?」
「ええ、付き合い出した後がメインみたいなものだもの」
すぐに付き合うことは確定しているのか。
なんかねえのか? すれ違いで距離感が変わったりとか。
実際のあたし達はそうであったわけだが、そこまで細かく再現しているわけではないということか?
「ちなみに付き合い出した後はどうなるんだよ?」
「あなたが違う女の子と仲良くして勘違いした私が怒るの」
変にリアルで嫌だな……違う女子といたら確かに嫉妬しそうだし。
意外だったのは恋人として仲良くするとかじゃないということ。
「でも、その後は仲直りセッ○スよ!」
「R18だったのか……」
美麗は真顔で「いえ、最初はR15設定で出すつもりよ」と答えてくれた。
よく現実に存在している、しかも身近な相手との作品でできるなと苦笑。
「でも、最近ちょっと寝不足なのよ……」
「だろうな、朝無理して家に来なくていいんだぞ?」
「そういう約束だもの」
「お前は嘘ついたけどな、結局不健全な内容のやつを描こうとしているじゃねえか」
「少しだけよ、あくまで自然で微笑ましい内容のものを描くつもりよ」
そうかい、いい感じに仕上げてくれると助かる。
現実にあったことをそこそこ描くつもりならこんなこともあったなって思い出せるし。
貰っておけば歳を取った時にも懐かしさを感じられていいのではないだろうか。
「寝ておけよ」
「そうね……あなたの膝を借りるわ」
「まあいいけど」
床直は痛えなあ、でも、頼られている感じがして嬉しかった。
「おい純っ、早く来いよ!」
「ま、待てよー」
はしゃぐ小学生ふたりを麻由里先輩と眺めていた。
なにかがあっても困るから来てくれたのは助かった、先輩はあくまで別件で来ているわけだが。
「……あたしも分かっていたんだ、このタイミングで言うのは自分勝手だということは」
「海外、どうしても行かなきゃ駄目なのか?」
「ずっと憧れだったんだ、だからって変えられない」
そりゃそうだ、言うべきではなかったと謝罪をした。
それでも好きという気持ちを我慢できなかったというわけだ。
「結局は奈々子次第だな、あたし達はなにもできない」
奈々子のことを考えなければまだ告白できただけで偉いと褒められる。
ただ、どうしてここまで出せなかったのかと指摘されたら黙るしかないことだ。
相手のことを考えれば良くない行為、自分のことを考えたら勇気を出せて素晴らしい行為。
結局告白された側の奈々子がどう思うかだから難しいところだった。
「ゆうきー!」
「おーう」
たった3人で鬼ごっこするだけでよくここまではしゃげるな。
しかも冬だぞ、寒いから家の中にこもっていたいとかは考えないのか?
ただまあこれが小学生だな、ゲームばかりしていたあたしの世代とは違う。
スマホだって持っていたやついたからな、そういうやつは大抵人気だったりしたが。
「ほい遊、次は鬼だぞ」
「手加減してくれよぉ……」
「ふっ、手を抜くことだけが素晴らしいことではないんだ」
途中で先輩にも参加してもらった。
考え込んでも気が滅入るばかりだから運動もした方がいい。
「なかなか楽しいな」
「だろ? 最初はこの歳になってとか思っていたんだけどな」
純と遊が楽しそうにしていたらこっちまで楽しくなる。
気になるのは、こちらとばかりいて同級生と仲良くできているかどうか、というところだろうか。
テストで高得点取れただの、気になる女子を誘えただの、球技大会では活躍できただの。
聞いている限りでは楽しい小学生生活といった感じだが、どうなんだろうな。
「純、遊、ちょっと来い」
「「なんだよ?」」
「あたしならいつでも付き合ってやるけどさ、なるべく小学生の仲間と遊べよ」
姉みたいな立場としては不安になるのだ。
実はずっとふたりだけでいたりしたら悲しいだろ?
「ちゃんと遊んでるよ? みんな放課後はじゅくに行くから無理なんだ」
「そうなのか。でも、純も遊も真面目に勉強してるもんな」
あたしが正にひとりでいるしかなくてゲームばかりしていたから感心している。
やはり真面目なようだ、文句も言わず自分から勉強に向き合おうとするんだからな。
「うんっ、姉ちゃんが教えてくれるおかげで高得点取れたぜ!」
「おれは100点取りたいな、せっかくゆうきが教えてくれてるんだから」
「ふたりが頑張った結果だ、ふたりが素晴らしいんだ」
頭をわしゃわしゃと撫でた。
奈々子みたいに嬉しそうな顔をしてくれるから余計に愛おしくなってくる。
「でもな、悪いことしたら怒るからな?」
「「そんなのしないよ」」
「そうか」
すぐ暗くなるから早めの解散に。
ふたりと別れて、こっちは先輩を送って帰ることにした。
「子どもは嫌いなのかと思っていたがな」
「最初はそうだった、なんだこいつら生意気なって思ってたぞ」
助けてやったのにあの言い様、しかもそのうえで馬鹿にしてくるまであった。
けれど子どもらしい不安を抱えていたり、真面目に取り組む様を見て意見を変えたのだ。
好きだと言われたのは驚いたけどな、流石にあのチョロさではこの先不味い。
だからいまから大人な対応をできるようにちゃんと言っておこうと考えている。
「いまはあいつらが可愛く感じすぎて辛い!」
「確かに可愛いな、上手に甘えてくれるもんだ」
「奈々子も求めてくれるけどな」
「はぅぇあ!?」
わっ!? あっ! この人の好きなやつの話をしたからか……。
想像通り、「あ、あたしには求めてくれたことないぞ……」とショックを受けているようだった。
「頭を撫でてみたらどうだ?」
「そ、そうか、そういうのもいいかもしれないな」
先輩は行動力が高く、早速「してくる!」と駆け出していった。
そういう意味ではなく単純に友達として一緒にいればいい。
「祐希先輩! こんばんはっ!」
「おう、こんばんは」
この後輩にもすっかり慣れたものだ。
相方はぎゅっと腕に抱きついている、もちろんこちらを睨みながら。
「美麗先輩とは一緒じゃないんですか?」
「ああ、あいつは創作活動で忙しいんだ。お前らは? まだ家に帰ってないみたいだけど」
「今日はこの子の家で泊まるのでお菓子とかを買ってきたんです、おすすめはこのチョコ棒ですよ! 安くて長くてコスパがいいです!」
確かにそうだ、サクサク感を味わえるのもいい。
「喧嘩はするなよ、それじゃあな」
「待ってください! たくさん買ってきたので1本貰ってください!」
「お、さんきゅ、気をつけて帰れよ」
最近は自分も勉強を頑張っているから糖分摂取は必要だ。
「美味い、純達には歩き食いしているところを見せたら不味いけど」
「なら半分ちょうだい」
「ほい」
「ありがと、あむ――うん、美味しいわ」
あいつらと遊ぶ前に送ったのにこんなところでなにやってるんだか。
で、どうやら本気で小学生と遊んでいるあたしを描いていたらしい。
男はいらないと言っていた彼女にしては珍しい、流石に見た目は変えるが小学生を出すみたいだな。
「あの子達と遊んでいたあなたが可愛くて良かったわ」
「いや、あたしは全力で高校生の力を見せてやっただけだ」
大人げないと言われてもいい、鬼になった瞬間にあのふたりのどちらかにタッチしていた。
タッチされた瞬間の顔ときたら、ふっ、でもそのおかげで褒められた時が最高になるのだ。
「でも、残念ね」
「なにがだ?」
「だって私達の間には子どもが作れないじゃない」
なんだそりゃ、付き合ってもねえのに気が早すぎる。
いま彼女にできるのは自分の作品を完成させるということだけ。
「送る」
「よろしくね」
こちらができることはそんな彼女をちゃんと見ておくことだけ。
風邪を引いたり倒れたりしないようチェックしておかなければならない。
なんなら作業期間中は彼女の家に泊まっていてもいいぐらいなんだけどな。
ペンを置いてんーっと伸びをする。
いつもこうだ、集中しているとあっという間に0時を越えてしまっているのだ。
「声が聞きたい……」
時間を考えず電話をかけていた。
でも、この時間はあの子寝ているからと期待してはいなかったのだが、
「……もしもし?」
応答されてしまい逆に数秒なにも言えない状態になった。
「ごめんなさい、声が聞きたかったの」
「お前まだ作業中だったのか? 体壊すぞ」
そうは言っても……逆に時間がなさすぎるのだ。
学校に行って授業を受けて帰ってきて、家事をして食事や入浴を済ましてからでしかできないから。
そう考えたらつい遅くなってしまうのも仕方がない、おまけに今回のテーマ的にも同じこと。
「このまま通話状態のままでもいい?」
「寝るという選択肢はないのかよ?」
「いますっごくいいところなのっ」
仲直りして仲良く寝ようとしているところだった。
よく考えてみたら不健全なシーンはいらないと思ったのだ。
するとしてもキスぐらい、生々しくしすぎなければギリ健全と言える。
「じゃあ付き合ってやるよ、そのかわりにビデオ通話にしてくれ」
「なんで?」
「お前の顔でも見て時間をつぶさなければ暇すぎだろ」
「分かったわ」
ふふ、髪の毛がぼさぼさなところを見るに、やっぱり寝ていたところだったんだ。
「ごめんなさい、起こしてしまって」
「気にするな、だけど1時間ぐらいだぞ?」
「ええ」
描くペースはかなりゆっくりめ。
普段のなら妥協でもできるけれど……今回のは絶対にしたくない。
ついでに言えばこれは意味のないことだ、なぜならアップロードしたりはしないから。
大体、これはまんま祐希だ、そして相手は自分。
読者も作者なんか見たくないだろうし、そもそも見せたくなかった。
「すぅ……は! 美麗、少なくとも話をしてくれ」
「あ、そうね」
紙の中の私達は幸せそうな顔で笑っている。
けれど実際の祐希は傍から見たら少し怖いぐらいの真顔だ。
無表情がいいだなんて口にしたものの、できることなら笑ってもらいたいという欲がある。
あとはこれだけアピールしているのに気づいてくれていないこと。
麻由里先輩が不器用なりに頑張っているというのに、いや、絵ばかり描いてる自分も悪いけれど。
「純くんに告白された件だけれど、なんで断ったの?」
彼女は呆れたような表情を浮かべて「そりゃそうだろ、あいつが小学生だからだ」と答えてくれた。
ん、こういう表情は簡単に出るのにどうして、恥ずかしがり屋というわけでもないし……。
「美麗、今日からお前の家に住むわ」
「えっ?」
それはあたしにとって理想の生活。
こうして疲れている時でも寝顔を見ればあっという間に疲れも吹き飛ぶ。
それに規則正しい生活を送れる気がするのだ、電気とかを点けてたら可哀想だし。
「そ、それならいまからにしましょう!」
「ぷっ」
え? なんだか物凄く優しそうな表情を浮かべられてしまった。
「あははっ、受け入れようとしてくれるんだな」
「あ……」
要求すると絶対に戻してしまうから目は逸らさずスケッチブックに描ききる。
これだ、この表情を待っていた、そして、こんなことだけで疲れがどこかに飛んだ。
深夜でなければうぉー! と叫びたいぐらいの気持ちがあった。
「そんなアホみたいな顔してどうした?」
「ありがとう」
「ん? おう、じゃあそろそろ寝るか」
「ええ、おやすみなさい」
それでもいまはここで終わり。
そこまで焦る必要がないと気づけたからだ。
寧ろこれで彼女との時間を減らす方がアホらしいと考え直したのだった。
純や遊に悪影響を与えないような人間になる。
変な人間と絡んでいると言われないためにもまずは言葉遣いを直そうと考えた。
「ゆうき、ここはこれで合ってるよな?」
「すぅ――はい、純くんは偉いですね」
や、やればできるっ、気持ち悪いが仕方がない。
そもそも女なのにああいう話し方をしていたのがおかしいのだ。
敬語は相手が誰であろうと不快にさせない話し方、これほど便利なことはない。
「は……え、か、かぜでも引いてるのか?」
「いいえ、あなたは素晴らしいからです、あなたを前にしたら誰だってこうなります」
そ、そんな目で見てくれるな純っ、あたしもあたしなりに良くなろうと頑張っているのだ。
その証拠に最近は勉強やコミュニケーションに力を入れている。
おかげで教室で話せる人が増えた、まず間違いなく純達のおかげ。
「ふ、ふつうにもどってくれよぉ」
「大丈夫ですよ、こんな話し方をしていてもいつものあた――私です」
よく考えてみたら見ているだけでは時間がもったいない。
夜は通話をすると決めているためいまの純とやるのが1番だろう。
誰だって側で頑張っている人がいてくれれば自分もとなるから。
完全に暗くなるまでやった、純は呆然としていたが……諦めてくれっ。
「手を繋ぎましょうか、危ないですからね」
「……いつものゆうきが好きなんだ」
うっ、小学生手強い。
話を聞く限り付き合っているやつらがたくさんいるそうだ。
あたし達が小学生の頃もそれはあったが、どんどんと早くなっているらしい。
早い内から異性といる喜びを知るのはちょっとな、いいのか悪いのか分からないな。
「……純達に悪影響を与えないような人間になりたかったんだ、年上としてな」
「おれらはもう小6だからだいじょうぶだよ」
「いやでもこの話し方は女として――」
「格好良くていいじゃんか! それなのに優しくて、そういうところがいいって……思って」
なにこれ、青春物語か?
相手が小学生じゃなければ確実にいい感じの雰囲気だ。
それで自信を持って自分を貫けるようになったあたしが益々好きになって、みたいな。
……ちょっとグッときてしまったことは美麗には内緒にしておこう。
「純、他の子を探せ」
「……実はいっしょにいてくれてる女子がいるんだ」
「いいじゃねえか、同級生なら話も合いやすいだろうしな」
そっちを優先するようになったらこの時間もお終いか。
なんだか寂しいな、どちらにしても中学生になれば部活があるし会うのは無理だけど。
「いっしょにいるとうれしそうにしてくれるんだ」
「素直になれなくて冷たくしてないだろうな?」
「してないよ、素直になれないともったいないことばかりになるから」
素直に気持ちを吐くのも大切だ。
相手が分かってくれることを期待して待つだけじゃ変わらないことが分かった。
相手は自分ではないからこそぶつけていくしかないのだ、それがまたなかなか難しいんだけどな。
「でも、おれはゆうきが――」
「純」
「……分かってるよ、無理だって言いたいんだろ? そうか……」
だからきっちぃって!
まだ1年生だったり中学生だったりしてたらマシなのに。
「……その子と仲良くしてみる」
「おう、頑張れよ!」
この時間が続けばいいのにと願ってしまうのは自分勝手だろうか。
純からすれば残酷な時間か、つまりこれは他の女にも求める美麗に苦しんでいた自分と同じだと。
必死に抑えて純を家まで送った、あまりに遅くになると純両親から疑われるし。
「美麗、いま大丈夫か?」
時間は早いが連絡。
なんか色々な意味で寂しいからしょうがない。
声が聞きたいと言った彼女の気持ちが分かった、どうしようもない時はこうするしかないと。
「ええ、もう少しで作業を終えるところだわ」
「……早くにかけてごめんなさい」
「え゛」
「って、喋り方を丁寧にしてみたんだ、そうしたら純にやめてくれって言われたけどな」
自分で選んでおきながら背筋がぞわぞわしていたから助かった。
寂しく感じたことなどを説明しておく。
弟が家から出ていくような感じなのだ、そりゃ寂しいだろうと自分でも思った。
「美麗、あたしはお前の特別になれるか?」
「残念だけど、それはいま答えられることではないわ」
「ふっ、聞いてみただけだ、純が女といてみるって言うからさー」
きっと仲良くしていた場合の姉の気持ちもこんななんだろう。
「よし、今日の分はもう終わりね」
「早くねえか?」
「もうあとちょっとだからゆっくりやろうって決めたの」
それなら夜まで通話したままでも大丈夫か。
もちろん午後22時ぐらいには寝かせるつもりだが。
こいつは描く作業に集中し始めると他のことを疎かにするから見てなければならない。
「まったく純め……あたしが好きだとか言っておきながら他の女にかよー」
「断ったのはあなたでしょうが、いまからでも受け入れたら?」
「……いいのかよ?」
好きなんじゃねえのかよ。
女をそういう対象に見ようとしている時点でお手本にはならない、か。
「そんなに寂しいの?」
「可愛かったからな、純も遊も」
お前と違って甘えてくれたから。
あたかも好きなように見せてくれていても実際は違う。
真顔はこいつだ、笑っているのは創作活動をしている時のみ。
しかもそこから先で必要なのはあたしではなく、あくまで想像上のあたし。
「お前よりもな」
「それは当然でしょう、小さい子の方が元気なんだから」
「まあいい、これからどうするつもりなんだ?」
「後はご飯を食べてお風呂に入るだけかしら」
だろうなという答え。
あと、いまさらになって外でなにしてるんだと気づいた。
家に帰ってゆっくりしながらでもいいのに、ま、先程の寂しい気持ちは吹き飛んだが。
でも、結局のところこいつが必要としているのはやはり中身ではないのだろう。
また過去に考えた通りになってしまう、たまたま二渡祐希の見た目が好みなだけだったんだとな。
「あなたまだ外にいるの?」
「ああ、純を送った帰りなんだ」
「早く家に帰りなさい、また風邪を引いてしまうから」
「だな、それじゃあな」
で、家の中に入ったら母がわざわざ出てきてくれた。
「遅かったわね」
「ちょっと美麗と電話してたんだ」
「美麗ちゃんと? そう……」
ん? なんでそんな複雑そうな顔でこちらを見つめてくるのか。
とにかく体が冷えたからコタツに下半身を突っ込む。
「今日父さんは遅いのか?」
「いえ、19時頃には帰ってくるはずよ」
「ならその時まで寝るかなー」
どんな精神でもいつでも等しく温めてくれるこの最強くんに任せて。
「美麗ちゃんと喧嘩でもしたの?」
「え? いやほら、最近純と一緒にいただろ?」
「そうね、あそこまで丁寧に接しているのを見て驚いたけれど」
「そいつがさ、同級生の女と過ごすって言うからさ、弟が離れるみたいで寂しいんだよ」
「小さい子が好きなのね」
「いまは嫌いじゃねえよ」
高校生にもなると小学生と絡む機会なんてなくなるからな、なかなか悪くない時間だった。
残念だが年上として応援してやるしかない、頑張れよ純!
とまあ応援はこれぐらいにしておくとして、いまはこの温かさだけに集中する。
……美麗の馬鹿やろう、という気持ちが寝る直前まで止まらなかったのは言うまでもない。
「おはよ」
「律儀なやつだな」
気温も同じ、いつまでも寒いままだ。
一緒にいても嬉しいと思えないのも同じ。
「今日から放課後はあなたとゆっくりするわ」
「いいぞ、教室に残るか」
純にはとりあえずそちらに集中しておけと言ってあるので大丈夫。
遊は……ま、純が来ないのであれば来ることもないだろう。
「あ、それならあなたを描くわ」
「漫画とは別件で?」
「ええ、薄暗い空を背景に1枚描いておこうと思って」
「そうか、ま、いくらでも描けばいい」
絵の対象になっているのなら変に動く必要もないだろうからな。
色々なことを考える必要もなくなる――と、考えていたあたし。
「ちょ、ちょっと待て、1枚どころじゃねえじゃねえか」
もう19時を越えていてもやめようとする気配が伝わってこない。
それどころかまだ描かなければならないという意思だけは伝わってきていた。
「はっ! ご、ごめんなさい」
「というかお前さ、手元見なくても描けるってやべえな」
「そう? この技術は便利でいいわよ? あなたも体得してみたら?」
無茶言うな、そもそもあたしが絵を描いたら幼稚園児より酷いぞ多分。
なのにこいつときたら……どうして見なくてここまで丁寧に描けるんだ。
「最後に1枚、ここで脱いで」
「は」
ついに頭がイカれたのか?
先程から誰も通りがかっていないが、そういう時に限って人間というのは来るもの。
おまけに教師が来たのなら「早く帰れよ」と言ってくるのが普通だろう。
……あたしが好きな真面目な顔、これが見られるのなら――って、いやいやいや!
「む、無理だ……」
「放課後の教室でイケないことをしようとしている百合カップルが描きたいのよ!」
「おま、なに開き直って叫んでんだよ……」
そんなの妄想でいいじゃねえか。
もう1冊の方は自由に描いてくれてんだから。
どんな観察眼だよって言いたいぐらいリアルすぎて恥ずかしくなったぐらいだ。
「カップルって……相手は?」
「架空のキャラクターよ、ついでにこれはあなたでもないわ」
「じゃあ……あたしじゃなくていいじゃねえか」
下着だって可愛いやつってわけじゃないし。
質感とかだって、いまの技術で描いたキャラの方が魅力的だろうし。
「……もう十分描いただろ」
「お願い!」
……上だけという約束で従ったのだが。
寒い! あと、なんか虚しい、だってこういう時しか求めてくれないんだからさ。
幸い、人が来るなんてこともなく20時前には学校を出られたけど……。
「「はぁ……」」
なにこいつもため息ついてんだよ……。
失うものがないやつはいいよな、こっちは下手すりゃ露出狂扱いされていたというのに。
いや、あれだと苛めの現場に見えるか? そうしたら、そうしていてもイメージが下がることはないか。
苛められてひん剥かれた女を心配している図だと勘違いするだろうし。
「駄目ね私……」
「そういうのが1番最低だ、謝ったってもう半裸になったことには変わらない」
「でも、あなたにだけリスクが大きすぎたわ、私も同条件で挑むべきだったかしら」
「じゃあ脱げよ、いまここで」
「そ、外……だけれど」
「あたしも外で脱いだだろ、家を出れば全部外だ」
なんてな、風邪引いても嫌だからそんなことはさせない。
それでもそわそわと過ごすことになったからでこぴんして歩きだした。
「美麗、今日はお前の家に泊まる」
「え、そ、そこでということ?」
「見ても意味ねえだろ、単純に……一緒にいたいだけだ」
協力してやったんだ、これぐらい要求したっていいだろう。
だから1回家に帰って着替えを持ってきた、そこから許可も取らず彼女に家に向かう。
「ほら開けろよ」
「え、ええ、そうね、家の前で突っ立っていても仕方がないものね」
いつ来ても綺麗でいい場所だ、彼女の寝室を除いて、ではあるが。
兎にも角にも冷えたから風呂だ、勝手に溜めて、勝手に入浴を済ます。
そうしたら次は飯よりも休憩だ、先程のあれは精神的に疲れすぎた。
「ちょ……っと」
「なんだよ、同性が寝っ転がるぐらい問題ねえだろ、体だって綺麗だ」
行動が全てワンテンポ遅れている。
本来ならそれがあたしの立場なんだ。
「美麗、お前が好きだ、だからあたしを見てくれよ」
転びながら言っているのをどう捉えるかねえ。
適当だと片付けるのか、それとも即断るのか。
「……いやその使っている枕の下にあなたの絵があるのよ」
「は?」
あ……確認してみたらぐしゃぐしゃになってしまっている紙が。
いやこれ美麗のせいだよな? 頭だって動かしてねえしあたしのせいだけじゃない!
「なんでこんなことを?」
「……夢に出てきてくれるかと思って」
「はぁ? 馬鹿だろ、現実で求めてくれよ!」
いつだって側にいるだろうが。
ああいう願いだってあたしは聞いてるんだから。
ならこれぐらいのこと可愛いだろ、遠慮なく言ってくれればいいのだ。
「……本当に求めていいの?」
「あたしが求めたんだ、お前が受け入れるか断るかの2択でしかない」
あたしはもう吐いたんだ、ここで答えず逃がすようなことはさせるつもりはなかった。