05
「ね、姉ちゃん」
「ん? よう、今日も元気そうだな」
小学生だったらちょっと生意気そうなぐらいがいいかもな。
真面目系もいいが、あまりになよなよしていると苛められてしまうから。
「どうしたんだ?」
「姉ちゃんと遊びたくて」
「あたしと? いいぞ、なにするんだ?」
美麗はどうしても抜けられない約束ができて別行動中。
それなら少年と遊んでやるのもいいかもしれない、なかなか小学生といられるってないだろうし。
「……持ち上げてほしい」
「よいしょ……っと、もしかして寂しいのか?」
聞いたらしゅんとした顔になってしまった。
「根拠はないけど大丈夫だ」
「……でも、最近なんか不安になるんだ」
「なんでだ?」
あんなことをするぐらいだから悩みなんてないと思っていたが。
どんな人間であれ弱い部分は存在しているということか、美麗にもそれがあるのかね?
「勉強とか運動能力が周りの子より下……だから」
「だったら頑張ればいい、あたしが付き合ってやるよ」
もう2度とあんなことやらないように見ておきたい。
1度でも関わった人間に危ない目に遭ってほしくないんだ。
「え、でも……姉ちゃんは勉強ができなさそう」
「できる、今日から毎日やろう」
……怒らない怒らない、あの時怒鳴ってしまったからそのお詫びだ。
「ば、場所は?」
「あたしの家だな、その方が気楽でいい」
相手の両親に会ったら気まずいし、どういう関係かって気になることだろう。
そういうリスクがなくて済むのはこちらの家だけだ。
「じゃあ……今日から」
「おう、行くぞ――って、名前は?」
どうやら純という名前らしい。
歩幅が小さいから抱きかかえて家まで移動する。
「さて、どこが分からないんだ?」
「算数……かな」
「とりあえずやってみろ、分からなかったら教えてやるから」
にしても、随分と大人しくなったものだ。
これが素なのか? 無理やりやらされていただけなのか?
しかも不安だとか言っておきながらほいほいと解いていきやがる。
「褒美をやらないといけないな」
「えっ?」
「純は頑張っただろ? なにしてほしい?」
やはり褒めて伸ばすのが1番だ。
なにより自信に繋がる、小学生ならなおさらのことかもな。
「な、なでてほしい」
「そんなのご褒美って言わないだろ、いつでもしてやるよ」
「な、なんだよ、なんでいきなり……優しくなってるんだよ」
「あの時はお前らが危ない遊びをしていたからだ。怒鳴って悪かったな、純」
なんか弟ができたみたいだった。
もし本当の弟だったならずっと一緒にいようとすると思う。
舐められないようにちゃんと鍛えて、褒める時はとことん褒めて。
「じゃ、じゃあ……だ、だきしめてほしい」
「ませてるな」
「だ、だめ……なのか?」
「いや、別にいい。来い」
こいつは一応異性だからな、なんか美麗達を抱きしめるのとは違うが。
「純、一緒に頑張ろうぜ」
「……うん」
「なんだよ、急に大人しくなりやがって」
あ、でもあたしに抱きしめられたりなんかして同級生が魅力的に見えなくなってしまったらどうする?
年上とかって普通でも魅力的に見えるものだからな、あたしでも格好いいと思ったことがあるぐらいだから純も例外ではないかもしれない。
「も、もういい」
「そうか」
ま、なるべくやりやすいやり方とか教えておいた。
終わったら家まで送って「また明日な」と挨拶をして。
「ゆ、ゆうき!」
「どうした?」
「す、好きだ!」
帰ろうとした足が止まる。
振り返ったら不安そうな顔の純と目が合った。
まさかこうなるとは思わなかった、あの時怒鳴りやがってと嫌うところだろうに。
「悪い、受け入れられない」
意味のない保留は残酷だ。
結局それは自分のことしか考えていないという表れで。
最後はなにも子ども扱いしなかった、頭も撫でなかったし、できる限り笑顔なんてことも考えない。
「そ……っか」
「ああ」
その気持ちはありがたいとかも言わない。
「じゃあな、風邪引くなよ」
「うん……ばいばい」
きっつっ!?
自分が振られたわけじゃないのになんだこれっ。
何度も告白されているやつはいつもこういう気持ちになっているのか?
しかも絶望だろうな、小学生はストレートにぶつかるからこそ反動もでけえだろうし。
「うぅ……胃が痛くなってきた」
つくづく非モテで良かったと思った。
「驚いたな、いつの間に小学生に好かれていたんだ?」
「やめてくれよ……いまきついんだ」
「あからさまに悲しそうな顔をしていたな」
「ああ……だからこそだよ」
にしてもよく発見されるな。
今日は麻由里先輩か、ああでもこの人が来てくれてちょっと楽になった。
「勇気があるな、素晴らしいことだ」
「あたしもそう思うよ」
でも、好きになったやつが悪かった。
決して誰かを好きだとかそういうのはないが、残酷だが小学生の時点でない。
そういうつもりで優しくしていたわけじゃないんだ、すまねえ……。
「……あたしはずっと言えないでいるからな」
「好きな人がいるのか?」
「……奈々子だ」
え……まじかよ。
で、その割にはふたりきりで行動する頻度が少ないと。
やっぱり好きなやつとはなかなか積極的になりづらいんだな。
「言わないでくれ」
「言わねえよ、自分で言わなければ意味ないからな」
「ああ」
……仮にもしあたしが美麗のことを好きになったら居づらくなるのか?
だが、あたしと美麗は全然違う気がする、少なくとも先輩達よりやりやすいかも。
もう十分衝突はした、言いたいこともちゃんと言った、美麗もそれを受け入れた……と思う。
寧ろあれだけ描いていてそういう意味で好きでなかったら逆に怖い。
「祐希、あたしは勇気が欲しい」
「頑張れ」
手に入れたいということなら結局これしかないのだ。
先輩は最終年、しかも真冬、もうあまり時間はないから。
「……適当に聞こえるのになぜか力が貰えた気がするよ」
「なら良かった」
こちらはとりあえず美麗の作品が完成できるように協力しよう。
あたしと美麗の物語、それはやっぱりそう捉えてもいいのか?
「そんなところに突っ立ってなにやっているのよ?」
「告白された」
「へえ、誰に?」
「純だ、あの時助けた少年」
初めてが小学生か。
なんだかんだ言っても嬉しいかな。
一応プライドとかもあるだろうから言わなかったけど。
「私の作品に男の子はいらないの」
「そんなこと言ってやるな。用は済んだのか?」
「ええ、今日は本格的に描くわ、だから一緒にはいてあげられないの」
「別にいい」
「でも、これだけは分かっていてちょうだい」
美麗は足を止めてこちらを見てきた。
こちらも足を止めて同じように見つめる。
「私はいつでも側にいるわ」
「そうか」
何度も言われてからやっと気づいた。
物理的には無理な時間でも精神は一緒にいると言いたいのだと。
あの漫画を見ているとなおさらそう思う、それこそ力を貰えたような気がしたのだった。
「なあ姉ちゃん、女子といるのっておかしいことなのか?」
当たり前のように家のリビングで勉強していた純が唐突にそう言った。
「いや、おかしいのはお前だな」
「なんでだよ?」
「普通振られた後に一緒にいようとするか?」
「それとこれとは別だ、勉強するって約束だっただろ?」
小学生が強すぎる。
振られた後にこのような態度で一緒にいることなど不可能だ。
「あ、質問の答えだがな、おかしくないぞ」
「だよなっ? なのに女子といるといちいちさわぐやつがいるんだ……」
「気にするなよ、だからって馬鹿にしたりしたら駄目だぞ?」
黙りすぎても駄目だが、大声で言い返したりすると相手を調子に乗らせるだけだ。
静かに説得するようにぶつかっていくしかない、おかしくないよって言っていくしかない。
どうせみんな後々異性とはずっぷり関わるようになるのだ、自分の首を絞めるだけだからな。
「うん、そんなことはしないよ。それに俺は姉ちゃんといるのおかしいなんて思ってないし」
「ま、待て、それってもしかしてあたしといるから言われてるのか?」
「うん、よくあんなババアといられるなって」
小学生らしい思考、言動だな。
「よし純、そいつのところに行こう」
「ぼ、暴力はだめだぞ?」
「そんなことはしない、アピールしに行こう」
――数分後、あたし達は小学校の前にいた。
いまここにいるのはあたしと純ともうひとりの少年だけ。
「おい純、またババアといるのかよっ」
「姉ちゃんはババアじゃない!」
なるほど、いつもこれを繰り返しているということか。
「なあ」
「な、なんだよババア!」
「まあ確かに君に比べたらババアだな、でも、あたしは女だ」
「だ、だからなんだよっ?」
「毎日純と楽しくやっているんだぜ? こういうことしたりな」
しゃがんで後ろから抱きしめる。
少年の心を弄ぶようで悪いが、こういう方法しか思いつかなかった。
ババア扱いは堪えるものの、まさか小学生相手に怒鳴るわけにもいかないし。
「どうだ? 羨ましいか?」
「う、うらやましくなんかねえよ!」
可愛いなあこいつ、羨ましくないとか言っておきながらこっちをガン見してやがる。
「ま、女子といることはおかしいことじゃないぞ」
「……俺はこいつとちがって……」
なるほど、つまり女子といられる純がずるい! というやつか。
「ならあたしが友達になってやるよ」
「い、いいのか?」
「ああ、友達ならな」
純を抱きしめるのをやめて少年の頭を撫でる。
「だから純に悪く言ってやるな」
「……純、悪かったよ」
「…………」
が、肝心の純がなにも答えず。
どうしたのかと確認してみたら顔を真っ赤にして固まっていた。
「ふっ、初な奴め」
「俺、帰るよ」
「待て、友達なんだから送ってやるよ」
固まったままの純を抱きかかえて帰路に就く。
「へえ、球技大会でサッカーをやるのか」
「うん、純と同じチームなんだよ」
「バスケじゃ嫌だったのか?」
「クラブでやってる上手いやつがいるんだ。それに、サッカーは結構女子が応援に来てくれるから……」
「なんだ、興味ありまくりだな」
あたし達の代にも異性といるのがださいとか言っているやつらもいたな。
単純な男嫌い、女嫌いはいなかったように思える、周りばかりずるいという心理だろうか。
あたしはそんなの気にしなくても友達がいなかったから分からなかったな。
寧ろ男子でも女子でも来てくれって願っていたのに小6まで来てもらえなかった。
「姉ちゃんは純が好きなのか?」
「好きだぞ、恋愛的な意味ではないけどな」
「だったらああいうことしないであげてくれ」
「そうだな」
驚いた、小学生に諭されるとは思わなかったぞ。
「あ、ここだから」
「そうか、それじゃあこれからよろしくな」
「うん、姉ちゃんといるとなんか元気になるよ」
「それなら良かった、じゃあな」
さて、あたしはこの固まったままの少年を送らないと。
にしても、よくこんな冬に川に入っていたなと思う。
短い時間体を浸しただけで滅茶苦茶冷たかったぐらいなのに、子どもって怖いな。
「おい純、着いたぞ」
「はっ! あれ、もう家の前だ……」
少年を下ろしてしゃがむ。
「純、あいつと仲良くしろよ?」
「うんっ」
「いい子だ、それじゃあな」
「ばいばい!」
やべえ、まじ可愛い。
もうわしゃわしゃと頭を撫でて可愛がっていたいぐらいだ。
漫画に専念している美麗とはあまりいられないからこういう癒やしも必要だろう。
「ただいま」
「おかえりなさい」
おかしな状態から解放されたことで母が戻った――というか、元々の認識に直ったと言うべきか。
こちらが黙って見つめていたことで「ど、どうしたのよ?」と困った感じの母がいる。
「母さんがいてくれるとありがたいよ」
「おかしいわね……病院に行く?」
「そういう失礼なところも母さんらしくていいな」
急激な変化に人間はすぐに対応できない。
ただ、女児バージョンだった方が甘えやすくてよかったなと内心で苦笑する。
その後はいつもと同じ――ではなかった。
「――で、こんな時間にどうした?」
午後22時過ぎに奈々子がやって来た。
せめて連絡してからにしてくれれば迎えに行ったのにと思わなくもない。
「麻由里ちゃんに……告白された」
凄えな、元々もう動くつもりだったんだろうな。
「その反応は、嫌ってことか?」
「ううん、そういうことじゃないよ。ただ、知り合ってからもあんまりふたりきりで行動したことがなかったからさ、なんでだろうなって気になって眠れなくて祐希の家に来たの」
人間は一緒にいたことがない相手だって気になったりするものだ、あまりおかしくはないと思うが。
それにこちらはふたりきりになったことが少ないだけで関わりがあったわけで、その間にいい部分を見つけて好きになるなんておかしくないことで。
「同性をそういう目で見られないということはないのか?」
「うん、それは大丈夫だよ。でもさ、麻由里ちゃんは卒業したら海外に行くって言うから……遠距離になったら寂しくて嫌だなって」
仮に愛があっても段々と薄れていく。
会えないと寂しさから他の人の温もりを求めることもあるかもしれない。
まだ友達レベルで留めておいてくれればいいが、中には……だからな。
でも、好きだという気持ちはなかなか抑えられないからな、そうだと分かっていても告白したんだ。
「それでもなるべく早く答えてやってくれ」
「うん、それはそうするつもりだよ」
ひとりだとまた寝られないからということで泊まっていくらしかった。
「ねえ祐希、美麗とはどうなの?」
「あいつはいま作業期間だからな」
「そうじゃなくてさ」
うーん、どうなんだろうな。
そういう話を1度もしたことがないから分からない。
自分とあたしがメインの漫画を描くぐらいだから信じてもいいのか?
「ま、奈々子はとりあえず麻由里先輩のことに集中するべきだな」
「はーい」
こちらは美麗とあまりいられないから寂しさを少年達と過ごすことでなくしたいと思う。
勉強ばかりではなく、たまには遊びにも付き合ってやらなければなと考えながら過ごしたのだった。