02
昇降口前で悩んでいた。
ここまで来たら後は教室に向かうだけなのに決まらず留まっている。
「不安なのか?」
「麻由里先輩はいつもいいところ来てくれるな」
「たまたまだ、あたしもこの高校の生徒だからな」
先輩の片房を掴みながら向かうことにした。
不思議と落ち着くものだ、あざといとか言って申し訳ない。
「教室内まで連れて行ってやろうか?」
「流石にそこまではいい、ここまでありがとう」
「祐希が礼を言うなんて雨が降りそうだな」
先輩は片手を上げつつ「寒いから勘弁してくれよ」と呟き階段を上がっていった。
ちょっと待て、あたしは礼ぐらい普通に言うんだが……。
なんかどうでもよくなったな、生徒なんだから教室に行くだけだ。
そうしたら席に座ってHRや授業に集中すればいい。
教師に叱られたりする方が面倒くさいからって意外と真面目にやっているのだから。
「来たのね」
「え……あ、おう」
そりゃ来るさ、あれぐらいで引きこもっているわけにもいかないし。
時間つぶし用の本も持ってきているし読書でもしよう。
読書に飽きたら外でも見ておけばいい、意外といい光景だからな。
だが、
「祐希」
このパターンは想像していなかった。
いきなり頭を抱きしめられたら驚く、お前は母さんかって突っ込みたくなる。
そう、これはよく母が使用する必殺の攻撃だ、それであたしは呆気なく負けてしまうのだ。
悔しいとは思うが、そこまでではない。
「一昨日はごめんなさい」
「別に怒ってなかったぞ」
「ええ、よく考えたらあなたの笑顔がクソなことぐらい昔からのことだものね」
多分、珍しく焦ったんだと思う。
結局、自分の力で友達を作れたわけではなかったから。
「昨日は本当に風邪だったの?」
「ああ、朝になったら怠くてな」
なんでこのタイミングでって何度も考えた。
それでも調子悪さが勝っていたからずっと寝ていたことになる。
で、夕方になったら寂しさを感じて家を出た結果、先輩が来てくれたというところだ。
「奈々子は大丈夫か?」
「そうね、特にあなたのことについては触れてなかったわよ」
今日はまだ来ていないのか。
いつもならこの時間にはいるはずなのにおかしい。
「というか、いつまでそうしておくつもりなんだ?」
「ずっとよ、私の心が落ち着くまでずっと」
「ん? 落ち着いてないのか?」
創作モードに入っているというわけでもなし、意味深な発言だった。
やはり奈々子と仲良くないのか? おいおい、ちゃんと仲良くしないと駄目だぞ。
って、あたしに言われたくはないだろうが、一応友達として心配になるわけで。
「あなたに嫌われたくないの」
「いや、それは逆だろ、あたしが嫌われたくないって思ってるぞ」
ひとりは寂しい。
例え理解してくれる両親がいてくれても外で誰にも理解してもらえなかったら簡単に泣く。
そうならなくて済んでいるのは奈々子のおかげであり、美麗や麻由里先輩のおかげだった。
「おはよ」
「ええ、おはよう」
返事ができなくて飲み込む羽目に。
これではあからさまに無視したように見えてしまう。
が、特に感じていないのか奈々子は席に向かってしまった、呼び止めるのも悪いよな?
「はぁ……」
「抱きしめながらため息つくなよ」
「ちょっと教室から出ましょう」
「いいけど」
そういえば普通に触れてるなこいつ。
どうして自分も拒絶しなかったのか、よく分からない。
移動先はまたあの場所、恐らく不良とかじゃなければ来ない場所。
「なあ、なんで奈々子とふたりきりでいないんだ?」
「一緒にいたら見づらいじゃない、遠巻きからでしか見えないのもあるのよ」
「告っちまえばいいのに」
「は?」
「キスできてあれだけ喜んでいただろ? 好きなんじゃないのかよ?」
それとも推しとかってやつはそういう目で見られないのかね。
そんなことを言っている内に誰かに取られて終わるだけだというのに。
頭がいいんだからそんぐらい分かるだろうに過信して悠長にやっている。
あいつは毒を吐くけど正直に言ってくれるからって密かに人気だったりするんだ。
しかもなにを考えたのかは知らないが、ファーストキスをこいつに捧げてくれた女でもある。
「はぁ、あなたなにも分かっていないのね」
「は? なんだよ?」
「いい? 奈々子は尊い存在なの、その奈々子を恋愛対象として見たら失礼だわ」
だからファーストキス奪っておいてなにを言ってんだこいつ。
じゃあするなよ、手を出すなよ、色々と約束を破っているんだぞ。
「おい美麗、触れるのは駄目だぞ」
「当たり前よ、奈々子には――」
「じゃなくてあたしにだ、お前は他の女に手を出しただろ」
壁に寄りかかって固まった彼女を見つめる。
「……やっぱり怒っていたのね」
「安心しろ、こちらに一切触れないのであれば協力してやるから」
ま、頼んでくるかどうかすら分からないままだが。
「ならいいわ」
「そうか」
本人がこう言うなら仕方がないな、それにあたしが決めたルールだ。
「ごめんなさい、勢いでしてしまって」
「キスのことか? どうせ価値ねえし気にしなくていいぞ」
教室に戻る。
ここはいつだって自分の心情とは裏腹に賑やかでいい。
いっそのこと騒がしいぐらいの方が好きだ、細々としたことを考えているだけ無駄だという気分になるからな。まあなかなか狙い通りの結果になってくれないのが現実と言えるが。
「祐希」
「さっきは無視したみたいになって悪かったな」
「ううん……それより怯えちゃってごめん」
「どんな謝罪だよ、気にするな」
頭を撫でたら嬉しそうな顔をしてくれる奈々子が好きだ。
全ては彼女が来てくれたことで始まった、美麗はともかく麻由里先輩と出会えたのは大きい。
「美麗となに話してたの?」
「奈々子と同じようなことだ」
もっとも、こちらは傍から見たらマイナスな話かな。
完全に関係がなくなったわけではないだろうが、いままで通りとはいかないだろう。
「二渡さん」
「おう」
また来客か。
廊下に出てみたら知らない女が立っていた。
派手なようにも見えるし、そうでないようにも見える、人によって評価が変わりそうな人間だ。
「祐希様!」
「は?」
いやまあ、確かに二渡祐希だが。
それでも様付けで呼んでもらえるようなことはしてないぞって――突っ込める雰囲気ではなかった。
目をキラキラさせてこちらを見てくるやつを前に、こちらは突っ立っていることしかできなかった。
曰く、キスをされていても無表情なのがすごい、だそうだ。
なんでも、自分がされるとどうしても表情が蕩けてしまうから困っているらしい。
恋人ならそれでいいんじゃねえか、そう言っても彼女は聞く耳持たずだった。
つか、こちらとしてはバレバレだなと冷や汗をかいたぐらいなんだがな。
「どうすれば祐希様みたいな無表情娘になれますかね?」
「様はやめろ、それとこんな風になってもいいことないぞ」
なにを考えていても怒っているのかと聞かれる。
喧嘩をした際なんかには余計に長引く原因になってしまう。
こいつみたいなキラキラとした笑みを浮かべられる方がよっぽど人間として可愛くていい。
「またまたー、美麗先輩としていたじゃないですか」
「付き合ってないんだ」
「えぇぇぇえ!?」
両耳を手で覆う。
そんなに驚くことでもない、寧ろあたしに恋人がいる方が違和感がすごい。
そういうのとは無縁で、だからといって求めているわけではないというままでいいのだ。
「不純ですよ不純! おかしいですよそれは!」
「ああ、まあな」
「ということはつまり無理やりやられて喜んでいるということですよねっ? なるほど、そういうプレイもいいかもしれないです」
なんだそりゃ……。
つか喜んでないぞと伝えつつ頭を撫でようとした時のことだった。
「その子から離れてっ」
「ぐぅっ!?」
自分の背中にめり込む声主の拳。
痛みから逃れたくて思い切りしゃがんだら、あたしの上を声主が通り過ぎていった。
「大丈夫っ?」
「こら!」
「ひゃっ」
ふぅ、守ろうとする姿勢は素晴らしいことだが勘弁してもらいたいぞ。
いてぇ、一切遠慮なく殴ってきやがった、こいつ仮に恋人なら別れた方がいいと思う。
「祐希先輩になにしてくれてるの!」
「え、だ、だって、この人が――」
おいおい、だからって床に押し付けなくてもいいだろ……。
果てしなく冷たい顔で見下ろしているやつを止め、殴ってきたやつを立ち上がらせる。
「どいてください、その子にお仕置きしなければならないんです」
「それはいいが暴力はやめろ」
「へ? いつもやっていることですよ? その証拠にほら、嫌がってないですよね?」
仮にそうでも――いやなんだこいつの顔、なんで恍惚としてやがるんだ。
それどころかはあはあと息を荒くしてやつを見つめている、「蹴られたい……」とも呟いていた。
これは関わってはいけないやつらのようだと慌てて逃げたな、こんな経験は初めてだぞ。
「なにしていたの?」
「ちょっと変態連中に絡まれててな、美麗はなにをしていたんだ?」
「あなたを待っていたに決まっているじゃない、帰るわよ」
母でもまた描きたいのだろうか?
母は甘いから悪いことでなければ協力してくれる。
だからエスカレートしないかきちんと見ておかなければならない。
「どこ行くつもり?」
「あたしの家に行くんじゃないのか?」
「今日は私の家に来なさい」
「まあいいけど」
美麗の家に入るのはこれで3度目。
特になんてことはない綺麗な家だった。
「これを着てちょうだい」
「メイド服? つか、終わりなんじゃなかったのか?」
「誰もそんなこと言っていないわ、早く」
あたしなんかがこんなの着たらただただ痛いだけだろ……。
それでも着ちゃったよ、なんか滅茶苦茶着るのは簡単だった。
「祐希……」
「あたしはなにをすればいいんだ?」
「なにもしなくていいわ、ただそのままでいてちょうだい」
学校以外ではスカートなんて履かないからかなり落ち着かない。
おまけに抱きしめられたままだから身動きも取れないし。
「ごめんなさい……」
「まだ気にしてんのかよ」
意味はないがこちらからも抱きしめた。
こいつは浮き沈みが激しすぎる、コントロールしてやる必要がある。
たったこれだけで落ち着くというのなら何度でもしよう、なんたって友達だからな。
「最低なことをしたわ、罰を与えてちょうだい」
罰ねえ、そんなことする人間だと思われていたのなら悲しいね。
「じゃあ脱げ、目の前で全部」
「え……」
「冗談だよ。気にしなくていい、あたしなら大丈夫だ!」
こんな状態が続くぐらいならまだ変態モードもとい、創作モードの方が良かった。
麻由里先輩と違って上手く必要な言葉を言ってやることができないのが難点ではあるが、相手が暗い状態よりかは対応しやすいというのがあるから。
「友達でいてくれればいい、ひとりぼっちになりたくないんだ」
「……あなたってそういうところがあるわよね」
「当たり前だろ、こんな話し方でも中身はただの人間だからな」
どうでもいいが、メイド服を脱ぎたい。
とんでもない恥ずかしさを感じている、誰かが見ていたら軽く終わる。
あたしみたいな女女していない人間がこういうひらひらなやつを着用するのは似合わない。
「あ……触れてしまっているわね」
「いまさらかよ……もういいよ、好きにしろ」
誰となにをしてようが彼女の自由だ。
裏を考えようとしなければいい、そういうことを考える方がマニアックで変態だ。
「絵を描くわ」
「おう、座ってていいか?」
「ええ、お願いね」
上品さとかはないので深く腰掛け真面目な顔で自分を描く彼女を見つめていた。
今日はやけに落ち着いているな、いつもなら色々な部分をたくさん見ようとして瞳がよく動くのに。
「あんまり乗らないのか?」
「いえ、そんなことないわ」
「見せてくれ」
それで見せてくれたのだが……いや、美化しすぎだろこれ。
意外だったのは全然別キャラクターになっていないということだった。
普段ならあたし達を参考にしていても完全に違うキャラクターになっていたのに。
「本当のあなたを描きたくなったの」
「でも、なんににも使えないだろ?」
「壁に貼るわ」
どんなプレイだよそれ。
だったら写真でいいと思う、それとも、やはり多少は美化しておかないと嫌だということなのか?
「ちょっと裾を捲くってちょうだい」
「結局そういうのかよ」
「もちろん真面目に描いてからよ」
ま、美麗らしくてこの方がいいか。
その後も色々と要求してきたが暴走はしていなかった。
至って普段の彼女のまま創作意欲だけ高まっているような感じか。
奈々子に気持ち悪いと言われないための対策かもしれない、一応考えてはいるんだなと感心した。
いつだって私は探している。
漫画に使えそうだからとかだけではない、単純に興味を抱けるそんな存在を。
私にとってそれが彼女だった、しかもここまで協力的でいてくれる優しい人。
こういうことを頼んで嫌そうな顔をされなかったのは初めてだったのだ。
「美麗、お前まだ気にしてるんだろ」
「……そんなことないわよ」
凄く反省している。
絵が描きたい時の私は自分でもコントロールできてないから。
それなのに後悔しているとか自分勝手なことを言ってしまった。
奈々子のそれを奪おうとしてしまったのも影響している、だから今日は気をつけている形になる。
「無理して我慢しなくていい」
「え」
「あたしならいくらでも協力してやるからさ」
だから他の子にはやめろと。
その約束さえ調子に乗って破ろうとしてしまったのに。
彼女の中では私がしたことになっているのだろうが、実際はしていなかった。
汚してはならないからと考えもあった、奈々子にはいつだって笑顔を浮かべていてほしいからだ。
「……下から描いていい?」
「じゃあ立てばいいのか?」
「ええ……」
SMは読者に需要がある。
R18を描く際は完全に別キャラにしているから問題はない。
単純にラッキースケベシチュエーションとしても使える。
ただ、どんなことをしようが彼女は真顔だからそれが逆に良かった。
中にはいるのだ、冷たい顔でもなく無表情で無機質さを好む人達が。
でも、私は知っている、内側はそうではないことを。
その後は後ろ姿を描いたりもした、髪が長いのもポイントが高い。
「ん……でも慣れないな」
「そのままでいて」
「と言われても……」
時間がそこそこ経過するともじもじするところもいいかも。
本当はふたりの絡みを見たかったりもする。
麻由里先輩と彼女ならいいバランスになる気がするのだ。
先輩は逆に表情に出やすいタイプだから対比が素晴らしいものになることだろう。
が、残念ながら協力してくれるという流れになったことが1度もない。
「ありがとう、参考になったわ」
「ああ……着替えてくる」
重要なのはなんでも露出すればいいというわけではないこと。
さり気ない色気がまたくすぐるのだ、全裸よりもよっぽど。
「なんで付いてくるんだよ……」
「別にいいでしょう?」
脱衣シーンはも重要。
ただ、今回は別になにも持ってきていなかった。
着替えている彼女をただ見たかっただけ。
「もう真っ暗だな外は」
「そうね」
冬はあっという間に暗くなってしまう。
そして寒い、だからこそ描ける可憐な姿というのもあるけれど。
「送るわ」
「いやいい、危ねえだろ」
基本的にこれだ。
……単純だからかもしれないが、格好いいと思ってしまう。
複雑なのはこちらに頼ってくれないことだ、弱い存在扱いされているのかもしれない。
「それならまだいてちょうだい、ご飯も作るから」
「飯は母さんが作ってくれたやつを食べるからいい」
母親思いなのは素晴らしいこと。
でも、こういう時ぐらい選んでくれてもいいと思う。
一応頑張って練習しているから不味くはならない、食材にも失礼だから努力したのだ。
まだ紀恵さんには勝てないのは分かっているものの、食べてほしかった。
「……分かった、美麗が作ったやつも母さんが作ってくれたやつも食べるよ」
「それならいまから作るわ」
今日はシチューだったのでそのまま作る。
オリジナリティは微塵もないが、闇雲にアレンジすればいいわけではない。
これは漫画作りにも言えることだ、たまにはベタベタな作品だって読者は求めてくれるから。
「いただきます」
いや、これは手料理すらないじゃない!
ま、まあ、だからこそ美味しいのだから気にせず自分も食べよう。
「なんか一緒に食ってると同棲しているみたいだな」
「こういうことは初めてじゃないでしょう?」
「なんだろうな、お前だから落ち着くのかもな」
麻由里先輩は優しすぎるから私は中途半端でいいそうだ。
……褒められている気がしない、なかなかに複雑な気持ちになった。
食べ終わったらすぐに洗い物をして、でも、別れの時間が近づいていることに気づいて寂しさがまた出てきてしまった。多分、リビングへ戻ったら終わってしまう、できることなら戻りたくない。
創作を捗らせるためだけに一緒にいるわけではないのだ、これは恐らく祐希は分かっていないこと。
だからあんな言葉を吐き出せるのだ、誰が好き好んで離れるかという話だろう。
きっかけが奈々子だから気にしているのか、不安になってしまっているということなのか?
「なにぼうっとしてるんだ」
「私はあなたの側にいるわ」
「おう、でもまあそろそろ帰らないとだけどな」
「だから側にいるって……」
「駄目だ、真っ暗だからひとりで帰らせたくない。じゃあな、あ、飯美味かったぜ」
無情にも扉が閉められてひとりになった。
寂しい、利用する場所しか点けてないから真っ暗だし。
先程着てもらったメイド服から彼女の匂いがしたからそれを抱きしめてずっと転がっていた。
「っくしゅっ……祐希……」
自らの手で壊しかけてしまったもの。
けれど彼女が優しいおかげでなんとか繋がったままでいられている。
だからって甘えすぎてはならない、か。
「続きを描きましょうか」
待ってくれている人達がいる。
思考停止してはならない、いつだって動いていなければ駄目になってしまうから。
彼女へのお礼は今後生きていく中で考えていこうと決めたのだった。
今度は逆に美麗が風邪を引いてしまったようだ。
奈々子が心配そうにしていたので放課後になったらすぐに向かった。
にしても、寒そうな格好をしていたのは寧ろこちらの方だと思うのだが……。
意地でも送らせなかったし、外で過ごすようなことをする女じゃない。
「……悪いわね」
「気にしないでよ、親友なんだからっ」
「ええ、ありがとう」
途中で買った風邪の時に必要になるアイテム達を渡しておく。
「それじゃ帰るわ」
「え……」
「余計に悪化するかもしれないだろ?」
寂しくなるのだとしても、それは奈々子に任せておけばいいだろう。
こういう時にいてほしいのはただの友達ではなく親友レベルの人間だ。
「奈々子頼んだぞ」
「え、うん、分かった」
そもそもこちらは届けるために来ただけだから。
連日入り浸るのは良くないし、なんか気恥ずかしかった。
調子に乗って抱きしめたりなんかしたからそうなる。
対象から外されれば興味さえ示してもらえなくなるのに、なにをやッているんだという話だろう。
「さみぃ」
単純に絵関係以外でなにもしてやれないというのもあったのだ。
静かだったのはそういうことかよ、どうして気づいてやれなかった……。
まあとにかく、こちらも風邪を引かないようにしっかりしておかないと。
ちゃんと温かいものを食べて、風呂に入って、暖かくして寝る!
元気でいればいつかまた美麗のためにしてやれることもあるだろう。
「ただいま」
「おかえり!」
「ぐふぉっ、きょ、今日はどうしたんだ?」
そんなにぶつかってきてもなにも落ちないが。
そのままキャッチしてリビングに連れて行ったらもう父もいた。
「今日は俺の誕生日だぞ!」
「あ、忘れてた……おめでとう」
「うぅ、娘が覚えていてくれていないとは……」
今日は豪華で気合が入っていることはすぐに分かった。
今度なにか買いに行くか、たまには良さそうな酒とかでもいいかもしれない。
「親父それ……」
「そうだっ、今日ぐらいは高いの飲んで酔わないとな!」
たった100円差ではあるが父が幸せそうならそれでいいと考えておいたのだった。