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翌日、出社すると、仲良し三人組は由紀恵を相手にせず、いつもの無視をした。由紀恵にはその方が気が楽だった。
手弁当の昼飯の後、銀行で金を下ろした。
定時に退社した由紀恵は一旦アパートに帰ると、銭湯に行った。食事を作る時間はなかったので、帰途、スーパーで惣菜を買った。炊飯器に残っていたごはんをよそうと、きんぴらごぼうとひじきの煮物をおかずにした。
一張羅のモスグリーンのワンピースを着ると、和弥の出勤時間を見計らって電車に乗った。
「ラブリー」の階段を下りると、
「いらっしゃいませ!」
昨日と同様にホストたちが出迎えた。席に案内されると、指名をした。
間もなく、ヒロシが手を振りながら駆け付けた。
「ユキエつぁん、いらっしゃい。ご指名ありがとさん」
由紀恵の前に座ると、ヘルプにオーダーした。
「ピーチ百パーの美味しいのを注文したわ。昨日のより甘くて美味しいわよ」
「ヒロスさんに任せるって。ヒロスさんも何が飲んで」
「サヨコのボトルを呑むから大丈夫よ。酔っ払ってから空にしても誤魔化せるわよ。『あら、サヨコさまがお召し上がりなされたではございませぬか。何をお戯れを?おっほっほっほ……』」
口に手を当てて、ヒロシが女みたいな仕草をした。
「ハッハッハッ……」
由紀恵がゲラゲラ笑った。
「失礼します」
ヘルプは由紀恵の前にグラスを置き、ヒロシの前にはマイボトルと、ウイスキーが入ったグラスを置いた。
「じゃ、乾杯!」
二人はグラスを持った。
「後で踊ろうか」
「昨日みでぐ教えで 」
「オッケー、教えてあげる」
「いらっしゃいませ。ご指名ありがとうございます」
背後から来た和弥が、深々と頭を下げて、由紀恵の来店を歓迎した。
「じゃ、また、後でね」
ヒロシが気を利かせて席を立った。
「来てくれて嬉しいな。昨日は嫌な思いをさせてごめんね」
横に座った和弥が由紀恵の顔を覗き込んだ。
「何も……気にすてね」
「ユキエちゃんは大人だな。どんな字を書くの?ユキエって」
「……由来の由さ、紀元前の紀さ、恵む」
「……いい名だ。僕の漢字は知ってる?」
「うん。……名刺さ書いであったはんで」
「失礼します」
ヘルプが和弥のヘネシーと、ブランデーが入ったグラスを置いた。
「再会を祝って乾杯」
二人はグラスを当てた。
「素敵な色だね」
由紀恵の服を褒めた。
「……どうも」
恥ずかしそうに俯いた。
「でも、店内だと暗くて、折角の色が映えない。ね、今度、外でお茶しよう。その素敵な服の本当の色を見せてくれ」
安いシャンプーの匂いがする由紀恵の耳元に囁いた。
「……ええ」
終電を気にして、何度も安物の腕時計に目をやる由紀恵の勘定を和弥は安くしてやった。
閉店後、和弥のヘルプの一人が由紀恵のことを話題にすると、「あの子、まだバージンじゃない?」と、言った。和弥は、フン、と鼻で笑うと、売上を上げる手練手管を弄した。
翌日、待ち合わせた喫茶店に行くと、由紀恵は和弥が褒めたモスグリーンのワンピースを着ていた。
「やっぱ、明るいとこで見た方が綺麗だ」
その言葉を、由紀恵はどっちに受け止めたのか?……もしかして、顔だったりして。和弥はそう思って腹の中で笑った。いずれにせよ、由紀恵は恥じらうように俯くだけだ。
ラブホテルに誘うと、由紀恵は後ろからゆっくりとついてきた。和弥はぐずぐずしている由紀恵にイラつくと、強引に腕を引っ張った。――
ホテルから出ると、近くの定食屋に入った。由紀恵の頬はほんのりと紅潮していた。
「何するか……。嫌いなものはない?」
メニューを手にした和弥が訊くと、由紀恵がゆっくりと頷いた。
「最近は野菜不足だから、野菜炒め定食にするか」
決めると、メニューを由紀恵に手渡した。
(ったく。自分の目の前にあるメニューを見ろよ。……“同伴するまでは相手を怒らせるな”それが俺たちの鉄則だろ?)
和弥は苛立つ感情を抑えた。
「……同ずものでい」
由紀恵がボソッと言った。
(時間をかけた割には答えがそれかよ。バリエーションに乏しい女だな)
注文すると、タバコを一本抜いた。
「由紀恵ちゃんも野菜不足?」
「和弥さんと同ずものが食ったがったはんで」
その返事に、オエッとなりそうなのを和弥は我慢した。
「由紀恵ちゃんは、料理は得意なの?」
和弥のその問いに、由紀恵は異常な反応を示した。いつも俯いている由紀恵の垂れた細い目が輝いたのだ。
「自炊すてらはんで料理は色々作れるの」
と、歯を覗かせた。
「へえ。例えば?」
「和食だばなんでもでぎる。……筑前煮、だす巻ぎ卵、ぶりでご、肉じゃが――」
「スゴいな」
永遠に続きそうだったので、話を終わらせた。
「今度、ごちそうしてくれる?」
その言葉に、由紀恵は笑顔で頷いた。
同伴した由紀恵をヒロシに任せると、和弥は他の指名客の挨拶に回った。
「何か、いいことあった?」
ヒロシが意味深に訊いた。
「何もね。ヒロスさんに会えだはんでだびょん」
ピーチカクテルに口を付けながら上目をやった。
「そったらまた、うれしいことを」
「嘘でねって」
「おらもユキエちゃんと話すのが楽しいだ」
そう言って、グラスを傾けた。
「ほんとに?」
「嘘じゃねえってば」
「ハッハッハッ」
二人は笑い合った。




