交換日記と転校生
激動の1日だった。というか半日もたっていない。
憧れなんですと言われたのが、夏期講習最終日の夕方。
手紙を読んだのが、家にかえってきてすぐだから、夜7時過ぎ。
で、魔法の国アルスにいたのが、体感2時間くらい・・なんだけれど。
戻ってきた今、時計の針は、7時半を指していた。
あれは、夢だったのだろうか、ほっぺたをつねるが、痛い。
慌てて部屋の窓を開けて、向いのひまりの家の窓をたたく。
「ひまり、いるか?」
「いるよ!」
そういって、窓が開く。
「おめでとう、ご婚約。」
ニヤリと笑って、こちらをからかう。
「夢、じゃなかったんだな・・」
「そうみたいね。」
どうやらホントのことだったようだ。
「これ、もっていってください。」
そういって戻り際エリカに渡されたのは、交換日記帳だった。
「これ、3人で書きませんか?」
そういうエリカは、嬉しそうだったが、これって普通2人で書きあうものな
気がするのだが。そこは、突っ込まないでおいた。
それに、ひまりも乗り気だったから、断るすべがないというか。
「お前、これ書く?先に?」
「優人先書いてよ、私、夏休みの宿題やらないといけないから。」
そういうやつでしたねぇ、君は。全部は残してないけど、そこそこ宿題残して
最終日仕方なくやってるんだったね。
ということで、仕方なく先に書いて、明日学校でひまりに渡すこととした。
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翌朝。
交換日記を書くのに、結構時間がかかってしまったから、なんだか眠い。
書いたこともないから、何をどう書いたらとなったわけで。
で、新学期初日。夏休み明けだから、休みの間会えなかった顔に合えるという意味で
は、新鮮といえなくもないが・・昨日起こったことを思えば、あまりにも退屈で退屈で
今にも眠ってしまいそうだ。
「新学期早々、お前、随分疲れてんなぁ。」
話しかけてきたのは、秋原翔だった。
平々凡々とした俺とは比べ物にならないこの学校の有名人と何故だか気が合う俺は
いつもこいつとつるんでいる。
スポーツ万能、成績優秀、そしてさわやかなイケメンということなし。
まぁ、ちょっとばかり癖は強いのだが。スポーツ万能だが、「体育会的なノリは
嫌だ、ボウズとかもありえねぇし。」とかいって、特定の部活には入らず
時々運動神経を見込まれて助っ人をしていたり、突然時代遅れなソフトモヒカン
に髪型を変えてきたり。
そして、勉強もかなりできるのだが、俺みたいに塾に行くわけでもなく
「授業聞いてりゃわかるっしょ。」とかいってるわりに、授業中はよく寝ている。
良くも悪くも常識の範疇に収まらない男なのだ。
「別に疲れてねぇよ。」
「疲れんぞ、それ、クマじゃね?」
そんな他愛もない会話をしていると、ひまりが大きなあくびをしながら、
教室に入ってきた。あいつも寝不足のようだ。
そして、その後ろから担任の中吉先生が入ってくるのが見えた。
福岡出身で興奮するとたまに博多弁が出る彼は、陰で「博多中吉」と
あだ名をつけられている。
「ここ絶対テストに出るからね。」というときに、絶対が「じぇったい」
と訛って聞こえたりするのだ。
細身でどことなく風貌も某男性芸人に似ている。
「何?あの美人?」
翔がそんなことをいうので、おいおい、何言ってんだ?
と思って振り返ると。
「はい、みんな席ついて。」
そういって、皆に声をかける中吉。その横に。
「じゃあ、新学期から、うちのクラスで学ぶた転校生を紹介するぞ。」
「はじめまして、封魔エリカです。」
唐突に目が覚めた。
うちのクラスの転校生として、エリカが紹介されていたのだ。
眠気もすっかり飛んで、思わず、立ち上がり、エリカを見つめる。
ニコリと会釈するエリカ。
「おいおい、優人。どげんした?」
「あっ、すいません。」
そういって、すっと座るとクラスの皆から笑い声。
そして、ひまりがこっちを向いてニヤリと笑っている。
こいつ、知っていやがったな。クソ、上手いこと嵌められた気分だ。
「それじゃあ、席は、そこね。」
そういって、中吉が指さしたのは、ひまりの隣の席だった。
「ラッキー。俺の斜め前の席だ、あの美人。」
振り返って、そんなことを言う翔。
こいつが俺の目の前の席なので、エリカと俺の席も割と近い。
そのエリカの隣に、ひまり。
「今日からよろしくね。エリカ。」
「こちらこそ。」
そんな会話をしている二人。
「何?あの美人とひまり知り合いなんだな。」
翔が面白がって見ている。まぁ、俺も知り合いなんだけど、というか一応フィアンセ
らしいが、間違ってもそんなことコイツに言えねぇな。大体信じられるはずもないだろうし。
そんなことを考えていると、エリカがこちらに微笑んで。
「おはようございます、優人さん。」 と声をかける。
「お、おはよう。」と返す俺。
驚いた顔で俺とエリカを見る翔。
そんなやり取りをしていると、ひまりがこちらに歩み寄ってきて
「あんた、忘れてないわよね。」
と俺の耳元でそんなことを言う。お前、それ今言う?
「えっと、あのさ、ひまり、さ・・」
「交換日記帳よ、私の番なんだから、ちょうだい。」
小声で話しているつもりなんだろうが、小声に向かないひまりの声は
当然俺の目の前の翔にはよく聞こえているわけで・・
完全に誤解している目を向ける男が一人・・
「こら、夏川。さっさと席つきなさい。」
中吉に注意されるひまり。
「今じゃなくていいだろ、さっさと戻れよさっさと。」
「何よ、ケチ。」
はは、どう説明したものか。
そんな先の思いやられる感じで、新学期の初日が始まった。