ひまりとご馳走
テレパシーというと、頭の中のものがすべて筒抜けに伝わっているように
思えてしまうけれど。
エリカちゃんがいうには、そこまではっきりと言葉のように伝わるものではないらしい。
「絵が見える」という言い方が近いらしいけれども。
「なんとなく」と彼女は、表現したけれど、イメージや感情がぼんやりと
絵のように伝わってくるということなんだそうで。
で、授業の合間にいたずら書きのようにノートに書いていた俺の絵、
ヒゲをはやした偏屈な数学の先生をデフォルメした絵だったり、ひまりと
女子たちがガヤガヤと休憩時間に話している風景を描いたものだったり、
窓から見える空を描いた絵、そういうイメージが伝わってきたんだとか。
「あんなの、暇つぶしにいつも書いてるだけだけどね。」
なんとなく照れくさくて頭をかく。
「ちょっとダルそうな感じも伝わってました(笑)」
「まぁ、ダルイからね、実際。」
とりとめもない会話をしていると、そこへ、コンコンとドアをたたく音。
「お邪魔しますね。」
そういって現れたのは、先ほどの肖像画の貴婦人だった。
「お母様。どうされたんですか?」
「あなたにもう一人お友達よ。」
そういって、ドアの陰から顔を出したのは、ひまりだった。
「こんにちは!」
無駄にニヤニヤしながら、こちらを見るひまり。
「お前、どうやって・・」
「手紙出しっぱなしにしてるほうが悪いのよ。
手紙触ったら急に見たこともないお屋敷の玄関だったんだから。」
「お前、勝手に・・」
「ちゃんとお屋敷の玄関で事情話して、奥様に断って上がったからいいじゃないの。」
「じゃなくて、勝手に俺の部屋で、手紙読むなよ。」
異世界に来てまで、コイツとこんなやり取りをするとは・・
「はじめまして。」
ひまりに会釈するエリカちゃん。
「はじめまして。夏川ひまりです。へぇ。お人形さんみたいにキレイな人!」
いつもながら、こいつは、初対面だろうとお構いなしでガンガン踏み込んでいく。
「いえ、そんな。」
思いがけず踏み込んでくるひまりに、エリカちゃんもたじろいでいる感じだ。
「でも、なんでコイツ?ほんと、バカよ。優人は。」
聞き捨てならないことをいうものだから
「バカっていいかたないだろう・・」
「あら、ごめんなさい。」
慇懃無礼な返し方で、あしらってくる。
「お二人は仲良しなんですね。」
微笑ましくこちらを見るエリカちゃん。
「仲良くなんかないよ~、ただの腐れ縁。ほら、家が隣同士だから。」
あらヤダといった感じで、手を動かしながら否定するひまり。
ホント、どこの田舎のおばちゃんなんだお前は・・
「よかったら、お夕飯ご一緒にいかがですか?」
そうおっしゃるのは、エリカちゃんのお母様。
「いいんですか~」
あっさり提案に乗るひまり。
「私も是非お夕飯一緒に食べたいです。」
とエリカちゃん。交渉成立。俺、一気に蚊帳の外・・
いい感じで、二人でしゃべっていたのにとんだ邪魔が入ったもんだ。
「なんかすいません。」
謝る必要もないのだろうが、なんとなく謝る俺。
「むしろありがたいんですよ、いつも娘と二人なものですから。
にぎやかな方が楽しいですから。」
そう話す奥様に相槌を打つようにエリカちゃんも
「最近は、お客様もあまり来ないものですから、私たちも寂しいですし。
是非食べていってください。」
と言ってくれたから、お言葉に甘えることにした。
お客は来ないというけれど、そこは、お屋敷だけあって、料理を運んでくるのは
お屋敷のメイド達であり、屋敷の中には多くの人が働いているようだ。
「本日のお料理についてご案内差し上げてよろしいでしょうか。」
丁寧に頭を下げるそのメイドは、ネコのような耳が付いている。
そういう種族なのだろうか。
「えぇ、お願いするわ、アンヌ。」
奥様がそう言うとアンヌというその猫耳のメイドが料理の説明をする。
冷製のジャガイモのポタージュスープに野菜のテリーヌ、メインの肉料理は、牛肉の赤ワイン煮込み。
ちょっとしたフレンチレストランにでも来た気分だ。テーブルにはパン。
「簡単なものでごめんなさいね。」
そう奥様は言うが、これが簡単というなら、本格的というとどんなものが出てくるのというレベルだ。
「こんなすごいの見たことないです!」
ひまりが目を輝かせている。確かにとてもおいしそうだ。
「じゃあ、お料理が冷めないうちにどうぞ。」
エリカちゃんの言葉に甘えて食べ始めると実際とてもおいしい。食事という点では
あまりこの世界でも違いはないみたいだ。
「お口に合いますか?」
心配そうに聞くエリカちゃんに
「こんなおいしいのなかなか食べられないわ。」
と満足そうなひまり。
「我が家では、私が地球から来たものですからこういう食事なんですけれど。」
と奥様がいうので
「普通は違うんですか?」 と聞いてみると
「こちらは、肉を食べる習慣がなくて。」という。
「でも、こんなおいしいお肉なかなか食べられないですよ?」
ひまりの言う通りこんな高級な肉はなかなか食べられるものではない。
「それ、本当は肉じゃないんです。」
そう微笑む奥様。
「肉じゃない?でも肉の味が・・」
そう、どう考えても上等な牛肉の味がする。
「魔法で肉の味がするようにした作物なんです。」
作物?これが?
「うちの庭でね、育ててるんです。」
補足するようにエリカちゃんが口を開く。
「動物が動物を食べるのは、残酷だっていう考えで。でも、肉の味がするもの
は食べたいからというので、母が育ててまして。」
「私、聞いたかもしれませんけど、皆さんと同じ世界から嫁いできたものですから。
一番つらかったのが食事で。お肉はない、野菜も味が薄い。本当にマズくて。
だから、自分で作ることにしたのよ。」
「そうなんですね~。」
聞いているのか聞いていないのかという感じでエリカちゃんと奥様に相槌を打ちながら、パクパクと食べるひまり。こいつにとっては、肉が肉じゃなかろうとそれが誰がどう作ろうとそんなに大きな問題ではないんだろう。
すっかりひまりのペースに皆巻き込まれている気もするので、ここは俺が話題を変えるか・・
「奥様も召喚されてこちらへいらしたんですか?」
「メアリーでいいわ。どうも奥様って言われると恥ずかしいのよね。」
「メアリー様は・・」
「様もいいわよ。なんか偉そうじゃない?メアリーで結構。」
「いや、そういうわけには・・」
「そう、そうよねぇ。アンヌなんかもいくらいっても、様つけるしねぇ。
ねぇ、アンヌ?」
「主人を呼び捨てにする使用人は、いません。」
「あら?いいじゃない。それくらい気にしないのに~。」
なんというか、おしとやかなエリカちゃんの母だというのにこのメアリー様は、ちょっと
雰囲気が違うというか。とにかくよくしゃべる。
まぁ、エリカちゃんも唐突なところがあるような気がするから、そこは母譲りなのかもしれないが。
「メアリー。」
ホントに呼ぶバカが一人。ひまり、お前・・
「そうそんな感じ。これくらいでいいのよ。で、何?ひまり。」
「お肉、まだもらえたりします?」
おかわりの催促かい。お呼ばれしてガンガン食べるかねぇ、普通。
「まだまだあるわよ。でも、デザートも用意しているのだけれど食べられるかしらね。」
嬉しそうなメアリー様。これくらいグイグイ言っても良いのかもしれないけれど。
ちょっと俺にはハードルが高い。
「ホントですか~。うれしい。でも、デザート別腹なので、おかわりも食べられます!」
ホントに遠慮って言葉がないのか、お前は・・
「あ、そうそう。なぁに、優人。何か聞きたかったようだけど。」
「メアリー様はどうやってこっちに来たのかなぁと思いまして。」
「似てるのよ、あなたたちと。まぁ、私がもらった側ですけどね、手紙を。」
「手紙って。ご主人からですか。」
「えぇ、そうなるわねぇ~。ちょうどあなたたちくらいの時だったかしらねぇ。」
メアリー様が言うには、メアリー様は、元々フランスの伯爵家の令嬢だったのだそうだが
旦那さんが魔法修行の一環で近世フランス滞在中にメアリー様に猛アタック。
「そんなに旦那に興味はなかったんだけど、あの人美味しいものをくれるから
ご飯目当てに付き合ってるうちにって感じだったわね~。」
「わかる~。大事ですよね、美味しいご飯。」
「でしょ~。」
話に加わってくるひまりとメアリー様がワイワイとやりだしたので、エリカちゃんに
話を振ってみる。
「でも、エリカさんは、なぜ日本だったの?しかもこの時代の日本だなんて。」
「まぁ、母はフランスの人なんですけど。父が好きだったんです。
日本のゲームとかアニメとか。」
「へぇ。お父さんそんなものにも興味があるんだねぇ。
そういえば、ご飯はいつもお母さんと二人でって言ってたけど。
お父さん仕事が忙しいとか?」
そんなことを言うと、ひまりが俺の耳をつねり、耳元で「バカ」という。
「ごめんねぇ、エリカちゃん。こういうバカなのよ。」
「いえ。気にしないでください。」
そういって、俺の方に微笑むと
「亡くなったんです、去年。」といった。
考えれば想像がついたことだが、俺はそういうのに全く気付いていなかった。