初恋の事 中編
初めて会い名前を知ったその後しばらくまでは、この先輩のひととなりなど知らなかったのだが、この先輩はどうやら偉大な先輩らしかった。
その後行われた合唱コンクールでは指揮者をしており、圧巻の指揮により指揮者賞を取っていた、彼女と親交のある僕の同級生曰く彼女は一年の時にも指揮者賞をとったらしく、あの様子だと三年時もとるだろうとのことであった。
しかし三年のコンクールの時は彼女は指揮者賞を取れなかった。
僕の目に映ったこの先輩はしなやかな手と体全体を使って指揮をし、僕は紛れもなく指揮者賞をとるだろうと思っていた。それがこの世の理かのようにすら思えた程だった。
採点をした教員のことを嫌っていたこともあり、僕はおそらく三年連続同じ生徒に取らせるのは他の生徒にかわいそうだろうと、あるまじき忖度をしたのだろうとあるまじき邪推をした。
彼女はその上、学業も優秀であった、容姿に関しても少なくとも僕の目には端麗に映った。
というのも僕はあまり恋愛のことを他人に相談しないので、他人からの意見を知らないのである。
しかし他人がどう評しようとも僕から見たこの先輩はまさしく学園のマドンナである。
一方僕はどうだったかというと、その頃にはもう部活には通わず、同じ部活の連中を避け、勉強もできるず、決まってつるむ友達もいず、その時その時で違うグループを行き来する、まさしく幽霊である。
スクールカーストにあてはめれば、底辺であろう。
縁というのはやはり甚だ不思議なものである。
そんな僕だからか、周りの友達も僕が偉大な先輩と仲睦まじいのをみて、不思議そうに
『先輩の彼女か? やるじゃん』
などと茶化してきたりもした。
その時の僕は浮かれていたに違いない、あっちが迫るから仲良くしているだけだなどと大口を叩いて、あしらった。
そういう風に客観的に、交際のことを言われてしまうと、不思議なもので、本格的に異性としてこの先輩を意識し出してしまうのである。
もし付き合えたら自分の生活はどう変わるんだろうか。あちらは自分のことどう思っているのだろうか。と淡い妄想を描いたりするのである。しかし自ら告白する勇気は全く持ちあわせていなかった。
僕はこの時に、ドラマやらで得た自分の中にあるもやもやとした美学に実際の恋愛というものを取り込むことで、おそらく美学というものの基礎を作り始めたのだと思う。
一人の男として女性にどう接するべきか、どう生きるべきか。
もしくはその時はどのような人間ならばこの先輩から好かれられるだろうかということを考えていたのかもしれない。
どちらにせよ、その時に定めたことは、
1. 深追いはしない。
2. 束縛はしない。
である。
恋愛は人を盲目にする。これはまだ中学生の自分でもわかっていた。だからこそ、その盲目を野放しにせず、戒めるためにこの二つを打ち立てたのである。
それが起こったのは秋の終わり頃だっただろうか。少なくとも雨が降っていて、その雨が寒さをよりいっそう感じさせた。
僕は次の授業のため教室移動をしていた。
すると向こうから、この先輩と前に紹介された先輩二人の三人が廊下を歩く僕に近寄って、この先輩はこう話しかけてきた。
『調子乗ってんじゃねえよ』
僕は唐突すぎて、またその三人が即座にその場を立ち去ったため、いかなる言葉も口から出すことができなかった。僕はいったいあの時どのような顔をしていたのだろうか。
いまだになぜか真相はわからないが、その友達をあしらった時の文言を実は聞かれていたのかもしれないと僕は思っている。
むしろそうでなければ合点がいかない。
理不尽にも程がある。
そのあとものぐさが祟っても、あの先輩は僕に接してはこなかった。
僕もあんなことを言われてしまっては自分から接することはできない。
それから、この先輩との関係は完全に断たれた。と思われた。
しかし、二年の冬にまた僕らは接点を結ぶことになる。




