初恋の事 前編
僕はものぐさが祟って、運動会の作文を提出期限のその日にも仕上げていなかったため、居残りを宣告された。
しかし、僕は部活にもいきたくなかったので、なるべく参加をより遅らせるための口実を作りたくて、集中などもせず、上の空でいた。
その時は何の通達もされていなかったから知らなかったのだが、吹奏楽部の連中が部屋を使いたいと申し出てきたのだ、断るわけにもいくまい。そもそも僕の怠惰によるものなのだから。
僕は内心快く、体裁弱々しく、いいですよと返答をした。
そこに現れた一個上の先輩、それが初恋の相手である。
その時は、この先輩と何の交流も生まれなかった。しかしさらに何回か僕のものぐさが祟った時、あちらから声をかけてきてくれた。
『いつも残ってるね』
『部活はなに部?』
『あ、あいつ知ってる?』
『いいこと教えてあげよっか』
『君名前なに?』
『へー、珍しい名字だね』
『私はね』
『携帯持ってる?』
『じゃ、携帯持ったら番号教えてね』
『ちなみにこいつはー』
ととうとう他の人物の紹介までしてきた、それから先、僕はこの先輩に4人ほどの他の女子の先輩を紹介された、いまとなっては名前など覚えてはいない。
というのも僕は名前を覚えるのが苦手であった。
この先輩は次にものぐさが祟った時に私の名前覚えてる?と僕に尋ね、僕が申し訳なさそうに否と答えると、もちろん本当に否といったわけではないが、僕の生徒手帳に名前を書き記し、他にも女子らしい動物の落書きなどを加えてくれた。
その生徒手帳を今でも大切に僕は持っている。
のならばこんな物は書いていないのかもしれない。
その4年後の引越しの際に思い出して探してみたが、存在はしなかった。
おそらく学校から押し付けられた溢れるばかりのプリントの山に紛れ、そのまま僕の知らないところで知らないうちに、灰となったのであろう。
これまた僕のものぐさが仇となった。これは僕の人生で一番悔やまれることである。
いまでもかすかに字が浮かぶ、しかしそれを照らし合わせる術を失ってしまった。過去は過去のままになってしまう、現在に蘇らなければ、過去は永遠に美化され続ける。
この先輩が僕の生活に光を差したその後も、何度か交流はあった。廊下ですれ違えば挨拶をする。ものぐさが祟れば心が浮つく。
会えることがどこか待ち遠しいそんな気持ちをいつのまにか抱き始めたことに気づけなかったのは、おそらく部活への気乗りのしなさと、この先輩への好意を混同していたからだろう。
これを読む人は、ここまで読んで、おまえはどれだけものぐさが祟って居残りをくらっているのだ、と指摘したくなるかもしれない。
僕もどうしてかはわからない。果たして全てがものぐさだったのか、はたまた一部はわざとだったのか、それすらも忘れてしまった。
ただ、この先輩に会うためにわざと残るということはあまりしていなかったように思われる。
あくまでこの先輩に会うのは居残りのついでのつもりであった。