9.そろそろ休憩にしないか
「構わない。何度でも召喚を行って貰う」
ジーエムの言葉に王女が言葉を詰まらせる。
そして少しして王女は何かを呟き始めた。呪文か詠唱なのだろう。
だがほんの幾つかの言葉を唱えた時点でジーエムが連れて来られた王家の者達を指差した。
途端に大きな悲鳴が響き渡る。
連れて来られた者達の中の一人、若者の中で一番年上であろう男の腕が膨れ上がっている。たぶん第一王子か庶長子なのだろう。
うわ、気色悪いぞ。あれは血流が一部分に集中して膨れ上がったのだろう。あのままだと破裂しそうだ。
王女が聞こえてきた悲鳴に呟きを止めてその様子に驚いている。
「や、止めてください。なぜ……」
「俺はそこに転がっている奴を対象にしろと言った筈だが。お前はなぜ俺を対象に魔法を使おうとしている?」
「な!?」
「俺には『見える』んだよ。お前が言う事を聞かない以上、家族がどんな目に遭っても文句は言えまい」
「わ、分かりました。ちゃんとやります。お願いですから止めてください」
なるほどな。馬鹿な事を目論んでいたらしい。
何のために召喚をさせようとしているのか分かってなかったのだろう。
ジーエムが召喚魔法を解析するためなんて考えなかったのだろうな。その解析結果から送還魔法を作り出すためだって事も。
しっかしジーエムの負担が大きいな。召喚の解析をしながら問題があると王の家族に手を下す。それも魔法を使ってだ。
脅す役は俺がやった方が良いかもしれないな。
「ジーエム、俺が王家の家族の近くにいるよ。何かあれば合図してくれ。その時は俺が『やる』からさ」
「ウォータス、頼む。召喚とやらをしっかり見ていたいからな」
「俺は何をしていたら良い?」
「ファルコンは倒れてる奴等を継続的に麻痺させていれば良いだろう。それとファルコンはなるべく力を温存してくれないか。たぶん王の救出部隊なんかが来るだろうからな。そいつ等の始末を任せても良いか」
ああ、確かにありそうな話だ。
傍にいるこいつ等王家の家族にとっては、俺達の方が人質をとって立て篭もっているように感じられるのだろう。既に何人かの死傷者も出ているしな。
馬鹿げた話だ。お前等の方が拉致監禁を行っている犯罪者だろうに。
現代地球だと人質は既に死んでいると考えて突入したりもするのだろうが、さすがに王家の者が人質だとそんな真似は出来ないのだろう。
だが時間が経つとどうだろうな。痺れを切らして突入部隊が来る事があるかもしれない。
ああ、そのための探査魔法に遠距離攻撃と範囲攻撃か。近付かれる前に倒すって事だな。
全くジーエムは友人の経験談のおかげだろうがよく考えているな。
その後も王女に召喚魔法を使わせ続ける。全て失敗しているようだ。
途中でわざと失敗するような真似をしたようだが、ジーエムからの合図で俺は妹姫であろう少女の片腕の肘から先を斬り飛ばした。
何も感じない。殺していないのだから感謝してくれとさえ思っている。
俺も壊れているんだろうな。
周りにいた家族は必死に止血を行っている。もちろん俺は何もしない。
その様子を見た王女は以降は懸命に召喚魔法を使い続けた。下手な事をしてもすぐに見破られるのに気付いたようだ。
そろそろ昼過ぎだな。特に空腹を感じている訳でもないが休憩を取るべきか。
「ジーエム、そろそろ休憩にしないか」
「ああ、そうだな。そこの兵士、日持ちのする食い物を持ってこい。言っておくが王家の者に毒見をさせるからな。それを念頭に置いて用意しろよ」
王家の家族を連れて来た後、放置したままの兵士にジーエムが告げる。
なるほど、こいつ等に用意させると毒を仕込みそうだもんな。王家の者に毒見させると先に言っておけば馬鹿な真似をしないだろう。
と言うか一週間分の食料や水はアイテムボックスに格納してるだろ。
ああそうか、ジーエムは王宮内に不穏の種を仕込むつもりらしいな。
しばらくして兵士が幾人ものメイドを伴って帰ってきた。彼女等は幾つものワゴンを押している。
しかも日持ちする物と指定したのに普通に調理された料理を十数人分もだ。
……こいつ等は何を考えている? まさかと思うが王家の家族の分を用意してきたのか? 俺たちが奴等に食べさせるとでも思っているのか?
「お前は俺の言う事を聞いていなかったようだな。まあ良い。ちゃんと毒見をして貰おうか」
ジーエムが兵士に告げる。そしてメイドたちを下がらせる。
彼女等は何か言おうとしているが無視して大広間から追い出していく。
そしてジーエムは倒れている兵士が持っていた盾を取り上げる。盾は円形で刃を逸らせるためであろう中心から膨らんでいる。
それから拾った盾を裏返した。まるで大鍋のようだな。
そこにメイドが持ってきた全ての料理をぶち込んでいく。一緒に持ってこられたワインやスープも纏めてだ。
そしてジーエムは同じように兵士から取り上げた槍で掻き混ぜる。
うわ、肉やパンやスープやワインすら混ぜた物だ。すごく不味そうだ。
ジーエムはワインが入っていたグラスにその料理の残骸を掬い取る。
そしてそのグラスを王家の家族の前に突き出しながら言った。
「さて、俺が言った事を聞いていたな。お前等の内の誰かに毒見をして貰う。食事を用意した奴がきちんと理解しているならただ不味いだけの物だ。だがそうでなかった場合は……」
王家の家族達はそのグラスを怯えたように見ている。誰一人そのグラスを受け取ろうとしない。
ジーエムは俺が片腕を切り落とした少女に声を掛ける。
「血が足りていないだろう。栄養補給をしてはどうだ」
グラスを差し出された少女は首を横に振りながら後退りする。
その目は恐怖に染まりきっている。
「誰も名乗り出ないのなら俺が適当に選んで無理矢理飲ませるが。それでも構わないのか?」
ジーエムの言葉に一番齢を取っているであろう女性が進み出る。
前王の王妃、現王の母といったところだろう。
「わ、私が飲みます。だから他の者は見逃してください」
自分の夫と子や孫の不幸を見たくは無いのだろう。
それに兵士がきちんと伝えていれば毒など含まれていないはずだ。
彼女はおずおずとジーエムが差し出したグラスを受け取った。少しためらった後で一気にグラスを飲み干す。
しばらくは彼女はなんともない様子だった。
だが急に喉を掻き毟りながら盛大に吐血する。そして倒れこんだ後は痙攣で身体を震わせている。
「おばあさまぁ!!」
その場にいた家族達は大きな悲鳴を上げて、彼女の身体を揺すっていた。
既に事切れているようだ。それでも必死に声を掛け続けている。
俺とファルコン、ジーエムはその様子を冷めた目で眺めていた。
ジーエムがその家族達に冷たく告げる。
「そこの兵士が伝えなかったのかもな」
兵士は慌てて首を横に振る。「俺は伝えた!」と声を張り上げている。
真偽判定でもその言葉に嘘はないと思える。
「事前に毒見をさせると宣言している。なのに毒が仕込まれていた。ならば王家の者を排除したがっている奴がいるのかもしれんな」
その言葉に王の家族達はギョッとしたような顔をする。
もちろん毒殺の対象は俺達だろう。例えばメイドに給仕をさせて俺達にだけ毒を喰わせるつもりだったのかもしれない。
全ての料理をごちゃ混ぜにして毒見させるなんて考えなかったのだろう。
誰が指示したのかは知らないがお粗末な物だ。想像力が無さ過ぎるだろう。
ジーエムの予測通りに事が進んでいるな。王の家族に自分達を排除しようとしている者がいると思わせている。本当にいるのかもしれないがな。
生き残った王族達によって、この王宮内は疑心暗鬼に捕らわれるだろう。
前王妃が毒で亡くなった原因が臣籍に下った現王の兄弟や、降嫁した姉妹に因るものかもしれないと。もしくは宰相のような権力を持った者の仕業かと。