7.本当に何も感じないな
異世界物のラノベやウェブ小説でクラスごとの召喚や複数人の召喚の場合、主人公一人だけが召喚主の目論見に気付いて逃げ出す物が幾つもある。
残る者の事は何も考えずに。
あの高校生もそんな感じだったのだろうな。
そりゃ小説なんかだと残った者は愚かな奴ばかりだろう。だが現実でそんな訳がないだろうに。
それにクラス召喚なら一緒に来たのもガキばかりだろうが俺達は見た目でも三十過ぎと分かる社会人だぞ。俺とファルコンはスーツを着ていたんだ。
まあ良いけどな。彼は主人公らしくハーレムを築いて魔王を倒すか仲間にするかして平和な世を作れば良いだろう。そして永遠にこの世界で暮らしてくれ。
俺達は元の世界に還るからさ。
しっかしハーレムねえ。複数の女性を平等に愛するって、本当にそんな事が出来るのかな?
俺なんか妻以外の女性を愛するのは不可能だぞ。そりゃ良い女に目を奪われる事もあるけれど心から愛する女なんて一人しか持てないぞ。
それが可能なら離婚なんて起きないと思うんだがな。
惚れた他の女が一番になるから前の女が邪魔になるんだろ。同じだけ愛しているなら愛人として囲っても良いだろうに。金銭的に無理なのかもしれないけどな。
女性の方だって自分が最も愛されていたいのだろう。他者と同レベルで愛されるなんて納得出来ないのだろうな。
オンリーワンでいたいのにワンオブゼムなんて耐えられまい。
考えると異世界物に出てくる女性達は大勢の中の一人で満足出来るような本当の意味での聖女に違いないな。
(ファルコン、ウォータス。とりあえず俺がこの晩は寝ずに見張りをするから休んでくれ)
(寝ずの番? 何でそんな真似を? それって必要なのか?)
(ファルコン、言っただろ。俺等は邪魔な付属物でしかないって。寝ている間に殺されるかもしれないぞ)
(ウォータスの言う通りだ。今の状況ならば警戒し過ぎと言う事はない筈だ。運良く俺は真ん中の部屋だ。最悪の事態になっても癒す事が出来るしな)
(なら部屋の扉に何か立て掛けて置けば良いんじゃないか。そいつが倒れればジーエムも気付きやすいだろ)
(名案だ、ウォータス。ファルコンも同様にしておいて貰えるか)
(了解だ。でもジーエムは寝ないでも大丈夫なのか)
(一晩寝ない程度なら平気だ。三徹くらいは慣れている)
(おいおい、ブラック勤務かよ)
そういやジーエムは平日の晩、帰社時間帯だったのに普段着だったっけ。
一体どんな仕事をしてるんだ?
結局朝まで何も起きなかったようだ。
普通に朝食を出されたし毒も仕込まれていなかった。ジーエムは毒物検査のスキルも持っているし、彼の治癒魔法ならあらゆる毒物が解毒可能なそうだ。
あの高校生は寝坊しているとでも思われているのだろう。扉を叩いても返事が無いし、部屋の中に入れもしないらしい。なのに何も言われない。
そこまで俺達は馬鹿だと思われているのだろうか。
少しすると再度大広間に呼び出される。昨日の返事を求めているのだろうな。
三人で待っていると慌てた様子で一人の兵士が駆け込んで来た。
ようやくあの高校生がいなくなっている事に気付いたのだろう。
たぶんここは王宮だ。その王宮内を隈なく探し廻っても彼が見付からない事で焦っているのだ。
そろそろ俺達も動く時が来たようだ。
しばらく慌しい時間が過ぎる。そして王が奥の方から現れた。傍らに昨日と同じく王女を連れ添って。
既に大広間の壁沿いに板金鎧を着て槍を持った兵士が並んでいる。
昨日より数が多いようだ。五十人はいそうだな。
王が昨日とは異なる尊大な態度で話し掛けてきた。
「貴様等の仲間が一人逃げ出した。行き先を知っているな?」
「知らんよ。それに彼は仲間でもなんでもないさ。俺達は奴のただの巻き添えなのだからな」
ジーエムも昨日とは違う態度だ。全く遜った様子が無い。
王も王女もジーエムの言葉にギクリとしているようだ。俺達がただ巻き込まれただけの付属物だと分かっているのだろう。
王と共に周りの兵士達も驚いている。王に対してなんて口の聞き方だと苛立ってもいるようだ。
「な!? 貴様等、我が王に向かってなんて口の利き方だ!」
周りを囲んでいた兵士の一人がこちらに槍を向けて威嚇してくる。
昨日と変わらずにスーツ姿と普段着の俺達だ。相手は警戒もしていない。
そしてジーエムが槍を向けてきた相手に指を伸ばす。
特に何かが起きた様子も無い。なのに槍を掲げた相手はその場に崩れ落ちた。
周りの兵士達は何が起きたのか分からずに少し呆然としているようだ。
「ふむ。本当に何も感じないな。これが壊れていくって事か」
ジーエムの呟きが聞こえてきた。
思わず王が喚く。
「き、貴様等何をした!?」
「特に変な事はしてないぞ。俺達に剣、いや槍か、を向けた相手を処分しただけだが。それがどうかしたのか?」
「いや済まん、ジーエム。俺にも何が起きたか分からないんだが……」
ファルコンの言う通りだ。なぜヒーラーが治癒魔法で人を殺せるんだよ。
唖然としていた他の兵士達も王の怒鳴り声を聞いて慌てて槍をこちらに向けて構えだした。
「ファルコン、まずは他の連中を麻痺状態にしてくれるか? その後で詳しく説明するから」
「あ、ああ。分かった」
そう言ってファルコンが腕を振るいながら一回転する。この大広間全体をカバーするように。
そして壁沿いに立って槍を構えていた全ての兵士と、さらに王と王女までが崩れ落ちる。全員が身体を動かす事も喋る事すら出来ないようだ。
その様子を眺めてからジーエムが通信技能で語り始める。たぶんこいつ等に俺達の情報を知らせたくないのだろう。
(ファルコン、治癒魔法ってどんな魔法だと思う?)
(そりゃ人を癒すんじゃないのか)
(そうだな。だがそれに必要なエネルギーはどこから来ると思う?)
(え? 魔法のエネルギーじゃないのか)
(もちろんそれもあるだろう。だが細胞増殖や造血に使うエネルギーは治癒魔法を掛けられた本人の物が使われるのさ)
(どういう事だよ?)
(健康体に無理矢理治癒魔法を使うとどうなると思う? 過剰血流が起きたり、異様に血圧が上がったり、逆に体力切れで過貧血とかな。お前等も過労死って知っているだろう)
(つまり……治癒もやり過ぎると人を殺せるって事か)
(ああ。普通ならセーブされるのだろうが俺はリミッターを外せる。そのための解析でもあるのさ)
ジーエムとファルコンの会話に思わず溜息を吐く。
まったくなんと言えば良いのか。なるほど俺とファルコンがファイターやメイジを選んでも文句を言わない筈だ。
ジーエムは治癒魔法でも人を殺せる可能性を模索していたんだ。そしてそれを実践したんだ。
たぶん昨夜の見張りの時に解析研究していたのだろうな。
「ジーエム……そこまで読んでいたのかよ」
半ば恐れを伴って思わず呟きが口から零れる。
確かにジーエムは異常なのだ。自分で言っていたように。
普通ならこんな状況を想定していた筈が無い。自分が召喚や異世界転移をされるなんて思い付く訳ないだろ。
だけど彼の友人達はそれを経験している。ジーエムもその話を信じている。だから色々考えていたのだろう。
「ウォータス、言っただろう。対人が主体になるってな」
ジーエムはなんでもないような調子で俺の呟きに答えていた。
そしてファルコンに頼んでいる。
「ファルコン、一匹だけ兵士の麻痺を解除をしてくれないか。そいつにやって欲しい事があるからな」
「分かった」
そう言ってファルコンが一人の兵士を自由にする。そいつはのろのろと立ち上がる。恐怖に顔を引き攣らせている。
その兵士に向かってジーエムが話し掛ける。
「状況は分かるな。お前が変な真似をすると王や王女も死ぬ事になるぞ。場合によればお前の妻子や親兄弟、一族郎党全てを滅ぼす事になる。理解しているな」
その兵士は辺りを見回すと慌てて首を縦に振った。
それはそうだろう。昨日の鑑定で俺達は能無しと思われていただろうしな。まさか触れもせずに五十人もの兵士を無力化出来るなんて考えていなかった筈だ。
続けてジーエムがその兵士に命令する。
「王の家族を連れて来い。王妃や側妃、前王と子供、赤ん坊まで含めてな」