6.割り切り良過ぎるだろう
気が付けばそこはヨーロッパの宮殿の大広間のような場所だった。
相当の広さがあるな。どこかの劇場くらいはあるんじゃないか。
見廻すと板金の鎧を着て槍を持った兵士が何十人も並んでいる。
その大広間の中央に俺達はいるようだ。
床を見ると魔法陣のような物も見当たらない。たぶん設置型の召喚ではないんだろう。
ファルコンもジーエムも傍にいる。少し離れた位置には召喚対象であろう高校生も立っている。
どうやらあの例えで言うところの三十二階の管理人に聞いているのだろうな。事情が分からずに喚き出したりもしていない。
試しに通信を行ってみるか。
(あー、聞こえているか?)
(うおっ。なんだ? 頭の中で声がするぞ)
ファルコンは驚いた様子で辺りを見回している。
それに比べてジーエムは冷静なままだ。驚く様子も無く立っている。
(こちらジーエムだ。ファルコン、あまり不振な真似をするなよ)
(あ、ああ。これが通信って技能か。すごいな、声も出さずに会話が可能とは)
(おっと、ジーエムにも伝わっているのか。個別の会話は出来ないようだな)
(ああ、グル-プ間通話のような物だろう。鑑定を試してみたが周りを囲む兵隊の名も技能も分かったよ。あの高校生の技能もな。だが彼の名前は分からないし、どう見ても技能が少なすぎる)
(ジーエムよ、それはこの世界の情報だけが見えるって事か?)
(そうかもしれない。それにファルコンもウォータスも何の情報も見えない。元の世界に属する事や、元の世界の管理人に貰った技能は分からんのかもな)
(それは大きなリードになりそうだ。俺もファルコンもジーエムもこの世界の者には無能と思われるだろうし)
ファルコンは首を捻っている。
俺とジーエムの会話の意味が分からないのだろう。だから俺が勧めたラノベやウェブ小説くらい見とけって言うんだ。
そりゃこんな事態になるなんて思ってもいなかったけどな。
(すまん。ジーエム、ウォータス、お前等が言っている事が全く分からん)
(そうだな。この通信が傍受される事もないし、持っている技能を鑑定される事もないって事だな)
(それがリードになるのか?)
(ファルコン、相手の情報は分かるのに俺達の事は不明なままだぞ。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、って聞いた事くらいあるだろ。優位に立っているのは間違いないだろうさ)
(そうだな、ジーエム。あの高校生の情報すら『見える』って事は、つまりこの世界の管理人に与えられた技能も見えるって事だもんな)
(はー、なるほど。お前等って頭良過ぎるんじゃないか)
(ファルコン、単に知識の差に過ぎないさ。ウォータスも俺も経験こそ無いがその手の事を知っているに過ぎないからな)
全くだ。単に趣味で読んでいただけの物が役に立つとはな。
そりゃどんな本にだって一つくらいは意味のある情報はあるさ。ラノベやウェブ小説だって黒色火薬の配合比だったり石鹸の作り方だったりな。
さすがに俺は細かく覚えてないけどジーエムだと理解しているんだろうな。
読んだ事のあるリプレイなんかだと異国の神とか武具の名前が常識のように出てくるしさ。
しっかしこのパターンか。
この場所から考えるとたぶん召喚したのは王族とかそれに近い奴だろう。
それで学校のクラス召喚のように他人を巻き込んでも構わない召喚となると……九十パ-セントくらいの確率で召喚者は悪人だろうな。
ならば遠慮する必要もないな。好きに暴れさせてもらおうか。
奥の方から二人ほど近付いてくる。
こいつ等が召喚主かな。いかにも王様と言った風情の者とその娘の王女様と言ったところか。
話しかけてくるがその言葉は日本語じゃないな。でも理解は出来る。言語理解の技能は働いているようだ。
ジーエムが代表者になって良いかと高校生に話し掛けている。
高校生ならラノベやアニメ、ウェブ小説をよく見ているかもしれない。でもジーエムの方が年配だし向いていると思うぞ。
どうやら高校生も納得しているようだ。
ジーエムから通信が飛んでくる。
(ファルコン、ウォータス。真偽判定は行っていてくれよ)
当然だ。こいつ等は信用出来ない。全ての言葉の裏を探ってやるさ。
やっぱり王族だったようだ。王と王女で間違いない。
ある程度の質問が進んだところでファルコンから通信が飛んでくる。
(……なあ、こいつ等の言ってる事って嘘ばっかじゃないのか。それとも俺の真偽判定って壊れているのか?)
(ファルコン。壊れていないだろう。俺も殆どが嘘だと分かっているからな)
ファルコンやジーエムの言うようにこいつ等の言葉の殆どが嘘だ。
魔王を倒して欲しいというのは本当だろう。
だがその理由は嘘だ。
魔王が攻め寄せている? ただの領土争いじゃないか。それに先に手を出したのはお前等だろう。魔王を倒した勇者のいる国として覇を唱えたいと言う下心ありありじゃないか。
魔王を倒したら送還方法が分かる? 冗談も大概にしろよ。召喚は出来ても送還は不可能だろう。
俺達はお前等が持っている技能が分かるんだよ。下手な嘘は見破れるんだ。
そもそも魔王ってのもお前等が勝手に呼んでいるだけじゃないか。
ジーエムの質問は的を射た物ばかりだ。
さすがはジーエム、GMを名乗るだけはある。会話能力は相当高そうだ。
しかも相手に警戒を与えずに知りたい事は全て聞き出している。
確かに俺やそこの高校生より代表者に向いている。ファルコンが代表に立っていたら大惨事だっただろう。
最終的に一晩考えさせて欲しいという事で話は落ち着いたようだ。
だけど喚び出した側の中にも鑑定持ちはいたのだ。俺の鑑定で掴んでいる。
そいつはあの高校生が召喚対象だと判っている筈だ。
そしてそいつは俺達が技能持ちだと分からないに違いない。俺達は巻き込まれた付属物としか思われていないだろう。
そして各々が部屋に案内された。
扉の外には複数の兵士が立っている。部屋を個別に分けて相談させないつもりなのだろう。通信が出来る俺達には無意味なのだがな。
備え付けられたベッドに寝転がりながら通信スキルを発動する。
(で、どうする?)
(ウォータスか。まあ自分達で還る手段を探すしかないだろうな)
(ジーエム、あいつ等は送還方法知らないようだぞ)
(ファルコン。俺が何のために解析の技能を貰ったと思っている? 召喚魔法を解析して作り出すさ)
(……ジーエム。あんたそこまで考えていたのか)
(ウォータス。奴等が送還技能を持っていればそんな必要もなかったが仕方ない。奴等を脅してでも手に入れるさ)
怖いな。
ジーエムの友人達がどんな連中だったかは分からない。だが確実にジーエムも影響を受けているようだ。
その友人達が普通に生活していても歪んでると感じるのは相当だろう。いや友人であるジーエムだけが感じられるのかもしれない。
人を殺せるくらいの強靭な精神力? もしかしたらジーエムには端からそんな物は必要なかったんじゃないのか。
ふと思いついてファルコンに頼み事をする。
(なあファルコン。お前は探査魔法が使えたよな。あの高校生がどうしているか分かるか?)
(あん? 部屋に居るかどうかしか分からないぞ)
(それで良いよ。調べてくれるか)
(了解、ウォータス。ちょっと待っていてくれ)
(ああ。彼が主人公なら考えられるか)
(そうだよ、ジーエム。あの高校生もただの馬鹿じゃなさそうだったしな)
しばらくしてファルコンから通信が入る。
(部屋には居ないな。部屋の外にいる兵士は何も気付いていないようだ)
(やっぱり逃げ出していたか。連絡出来る状況じゃないとは言え、俺達に黙ってと言うのは納得いかないな)
(構わんさ。ファルコン、ウォータス、あの高校生に関しては無視しても良いって事だ。魔王を倒そうが野垂れ死にしようがな)
(冷たいな、ジーエム。まあ俺達を見捨てて逃げるような奴だしな。こっちも気にする必要は無いって事だな)
(……なあウォータス、ジーエム。割り切り良過ぎるだろう。お前等には強靭な精神って不要だったんじゃないのか?)