5.馬鹿な事を考えるな
佐藤、いやウォータスとの話し合いで俺がメイジ担当と言う事になった。
いや、確かに魔法使いになれるならなりたいとは言ったけどさ。
ウォータスの「俺達は全員が魔法使いじゃないようだがな」って言葉はどういう意味だったんだろう。
俺達の話し合いの横でジーエムは管理人に何かを頼んでいるようだ。
ジーエムは小声で話しているつもりらしいが、管理人が何かをしているのだろうか。その会話内容が聞こえていた。
「すみませんが私には強靭な精神力を頂けませんか」
「ほんにお主は……二人に負担を掛けたくないという事じゃろうな」
「人を殺すような真似をあの二人にはさせたくありません。私の友人の者達も普通に生活はしていますが……どこか歪んでいます。やはり何らかの影響が残っているのでしょう。壊れるのは私一人で十分です」
人を殺す!? 何を言っているんだ、ジーエムは。
そんな事する筈がないだろう。出来る訳がないだろう。
ウォータス、いや佐藤の顔を見る。佐藤は何かを考え込んでいるようだった。
そして佐藤は俺に小声で話しかけてきた。
「俺達は召喚の巻き添えって言われたよな。つまり邪魔者や余計な付属物としか思われない筈だ。中世ファンタジーのような世界だと、いや元の世界と変わらなくてもたぶん俺達の人権なんて考えもしないだろう。即座に殺されるかもしれない」
「な!? いくらなんでも有り得ないだろ」
「優しい世界なんてのは御伽噺の中だけさ。俺達の世界にだって何十人もを数十年も拉致したままの国があっただろ」
「……それはそうだが」
「井上さんは分かっているのだろうな。たぶん人を殺す事が必要なのも、それを行う事で何かが壊れるのも。たぶん異世界に行った友人達の話からな」
「だけど俺にはそんな真似は出来そうもない……」
「ああ、お前はそれで良いと思うよ。幸い俺には妻はいるが子供はいない。井上さんは覚悟があるようだしな」
「え!? お前も人を殺せる力が、精神が欲しいってのか!?」
「必要ならな。……お前だけはそのままでいてくれ。井上さんや俺が狂った時に止められる存在のままでいて欲しい」
佐藤は何を言っているんだ? 人を殺しても何も感じない精神力?
そんなの持っている時点で狂っているのと同じじゃないか。
駄目だ。そんな力を持たせるわけにはいかない。
それなのに二人を止める事が出来ない。佐藤の言葉に納得している自分も確かにいるのだ。
佐藤は俺をその場に残して井上氏と管理人の傍に寄っていった。
なにか紛糾しているような言葉が聞こえる。だけど管理人ももう言葉を伝える気は無いのだろう。
会話内容は不明だった。俺にはそれを聞く権利すらないのだ。
一人立ち残って考える。
俺はきっと臆病なのだ。
その精神力が必要だと頭では理解している。それでも望んだりは出来ない。
自分を殴ってやりたいと考えもするが、あの二人に任せてホッとしている自分がいる事も分かっている。
俺は本当に卑怯者なのだ。
井上氏は麻痺や睡眠の魔法が役に立つと言っていた。
佐藤は俺に魔法使いの役を譲った。
たぶん二人には分かっていたのだ。魔法使いは直に相手を、人を傷付けるような行為をせずにすむ役目なのが。
思わず苦笑が湧いてくる。
オタク趣味の奴を馬鹿にする気は無い。だが少し下に見ていたのも事実だ。
だが人間的にはどちらが下なのだ。あの二人は様々な創造物からたくさんの事を学んでいる。それを行う覚悟すらある。
俺は救いようのないほどの馬鹿だったのだ。
どうやら向こうでの話は付いたようだ。
佐藤、ウォータスが俺に向かってウインクしている。馬鹿野郎、男にされたって嬉しくもないぞ。
けれどその様子を見て俺も覚悟が出来たよ。
確かに俺は臆病な卑怯者だ。だけど俺だけ蚊帳の外なんて真っ平だ。
自分だけが助かりたいなんて気はないさ。もう一蓮托生なんだ。お前等と一緒に俺も壊れてやるよ。
管理人に声を掛けると井上氏も佐藤も必死に反対を始めた。
まともな人間が一人はいてくれと懇願すらされた。佐藤には「お前には子供もいるだろう、馬鹿な事を考えるな」とさえ言われた。
だけどな、子供を持つ俺が実は一番腸が煮えくり返っているんだよ。
もし帰還に二十年以上掛かったりしたら娘は結婚しているかもしれない。花嫁衣裳も見れないんだ。
次の子ですら成人しているんだぞ。わかるか? 自分の子供達の成長を一切見れないんだぞ。
数年程度だって問題だ。井上氏が言ってたよな、七年失踪で死亡扱いって。
俺の愛する妻が他の者と再婚する可能性もあるんだ。我が子が赤の他人を「お父さん」と呼ぶようになるかもしれないんだ。
俺が死んだって言うなら諦めも付くさ。だけど俺はこうして生きているんだ。
召喚の巻き添えでこんな状況だと? 喚び出した奴等を皆殺しにしてやりたいと思うのは当然だろう。
実際にその場にならないと人を殺せるかなんて分からない。しかし今でも殺意だけならお前等二人よりはるかに高いと思うぞ。
俺が懇々と説き続けると二人も諦めたようだ。
結局三人共に精神の強靭化を受ける事になったのだ。
善悪は判断出来るし、情けだって持っている。こちらに害をなす相手に容赦がなくなるだけのようだ。
それでも平気で人を殺せる狂人になっている事には違いないのだろうがな。
「ならウォータスがファイター、ファルコンがメイジと言う事だな」
「ああジーエム。そう考えてもらって良いだろう」
「ならば俺がヒーラーやその他諸々を担当するよ」
佐藤、いや普段からウォータスと呼ぶようにした方が良いだろう。咄嗟の時に本名を呼ぶ愚を犯したくないしな。
ウォータスがジーエムに答えていた。
やはり二人はなるべく俺に人殺しをさせたくないのだ。ウォータスが実際に武器を取るファイターの役目をする気のようだ。
ただジーエムが計算通りと言った顔をしている気がするのはなぜだろう。
管理人に各々に必要となる技能を与えられていく。
俺の場合だと探査魔法と麻痺や睡眠を広範囲でばら撒けるデバフ系の魔法、そしてある程度の攻撃魔法。
ウォータスは範囲や遠当ての攻撃が出来たり盾で仲間を守れる力と様々な武器を自由に扱える力。
ジーエムは癒しの力。さすがに死者蘇生は無理のようだが欠損部の再生すら出来るらしい。後は様々な支援や解析の能力のようだ。俺の攻撃魔法のような戦闘力まで手が廻らないようだが良いのだろうか。
ジーエムの提言で一週間分の食料と水を用意して貰い各自のアイテムボックスに格納していく。
更にウォータスは各種の武器もアイテムボックスに入れていく。
三人全員が戦闘も魔法も治癒すら可能な万能の力を持てれば良いのだろうが、管理人もそんな力を与えるつもりは無いらしい。
と言うより差分エネルギーではそこまで力を与える事は出来ないのだろう。
「それからジーエム、異常抵抗の高耐性が必要だと思うのだが」
「ああ、ウォータス、なるほどな。相手側が状態異常の攻撃を使う事を考慮する必要があるな。あるかどうか分からんが隷属なんて使われると厄介だしな。やはり三人寄ると文殊の知恵と言われるだけはある。俺だけだと見過ごしている事はあるのだろうな」
ウォータスがジーエムに話し掛けている。
やっぱり俺だけ付いていけないのが悔しい。三人寄ればなんて言ってくれているが俺だけは何の役にも立っていない。
やはりこういった状況での知識の無さが問題なのだ。
良いさ。この先絶対に役立ってやる。
「ほんにお主等は面白かったの。二度と会う事は無かろうがこの先も頑張ると良かろう」
「ええ。貴方には感謝しています。たぶん貴方にとっては私達は蟻やミジンコ、いえバクテリア並みの存在でしょうに」
「ほっほっほ。ほんにお主は面白いのう。そこまで分かっておるのか」
「ええ。ですがそんな者達を気に掛けて頂けた事をありがたく思っています」
必要になりそうな能力を受け取ると最後に管理人が話し掛けてきた。
それに井上氏は丁重な礼を返している。
蟻以下の存在? そりゃ万物の霊長なんて驕る気は無いが、管理人にとっては備品以下の存在なのかよ俺達は。
確かに力の差は凄いのだろう。世界間の移動に割り込んだり、簡単に力を与えたり出来るのだから。ジーエムに行ったように過去の記憶も覗けるようだ。
それこそ神と言っても良いのだ。そしてその神にとってはきっと人間も動物も、いや虫や草木すら同列の存在なのだろう
それでも感謝はしている。
管理人はジーエム、井上氏の存在を面白いと思っているようだ。
いや井上氏がわざわざ興味を引くようにしているのだ。自分から記憶を覗かせるような真似までして。
時間は掛かるかもしれない。それでも管理人は気に掛けていて、しかも還る手段を考えてくれるのだ。
そして別れの時が来る。白霧が濃くなってきているようだ。
次に気が付いた時は別の世界にいるのだろう。
なんとしても早く元の世界に戻ってやる。
どんな障害があろうとも。例え何人も殺す事になろうともだ。