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2.待たせたかの

 そこは白い空間だった。いや白霧に覆われていると言った方が妥当なのかもしれない。

 辺りを見廻すと自分以外に二人の人影があることに気付く。

 スーツを着た一人は見覚えがある。一緒にいた同僚の男だ。

 もう一人は見覚えが無い。いや、その普段着のような服には見覚えがある。駅のトイレの洗面台にいた先客だった男だ。

 まずは同僚の男に声を掛ける。


「佐藤、お前この状況が分かるか?」

「分かる訳がないだろう」


 当然のような返事が戻ってくる。

 自分達は駅のトイレに居た筈だ。なのにこんな霧に覆われたような空間にいる理由が分かる筈がない。

 普段着の男も辺りを見渡しているようだ。

 名刺を取り出そうとして今はビジネスシーンではないと思い直す。自分も混乱しているようだ。

 そして普段着の男に声を掛ける。


「失礼。自分は鈴木と申します。貴方はこの状態が分かりますか?」

「ああ、失敬。私の名は井上です。さすがに詳細は分かりませんね。私は洗面台の前に居た筈なのですが」


 井上と名乗った普段着の男にも事態が把握出来ていないらしい。

 改めて辺りを見廻す。白霧に覆われていると思ったがお互いの顔ははっきり分かる。上下左右共に延々と白い空間が続いているらしい。

 そう、下の方向も霧が続いているようだ。なのに足元はしっかりしている。まるで相当大きなガラスの板の上に乗っているような感じだ。

 背後では佐藤と井上氏がお互いに名乗り合い挨拶を述べている。


 テロにでも巻き込まれたのだろうか。

 駅のトイレに居たのだ。そのトイレのどこかの個室内に爆発物でも仕掛けられていたのか。

 ここは死後の世界なのかもしれない。

 そしてしばらく三人共に無言の時間が過ぎる。


 ふと気が付くと目の前に自分達三人以外の誰かが立っていた。

 トーガのような衣装を着けた者だ。若く見える。どころか十代半ばと言っても良さそうな年齢に思える。だがその瞳は思慮深い色をしていた。

 そしてたぶん男であろう彼は我々三人に向かって語りかけてくる。


「待たせたかの」


 どう見ても中学生か高校生のような姿から老人のような声が出てくるのに三人共に驚く。そしてこの者が見た目通りの存在でない事にも気が付いた。

 死神か閻魔様なのだろうか。もしそうなら死後の世界を覗いたなんて言う奴は嘘吐きだったらしい。

 自分も佐藤も驚きのあまり声が出ない。だが井上氏はふむふむと肯きながら、その声を掛けてきた相手に返答する。


「いいえ。貴方のような方に声を掛けられるだけで光栄です」

「ほう。儂が何者か分かっとるのかのう」

「確信は出来ません。ですが想像は可能です」

「ふむ。混乱して喚き出すと思っておったのじゃがの」


 井上氏とその老人声の若者との間で進む会話を耳にしながら隣に立つ佐藤の顔を見る。佐藤も呆然とその様子を眺めているようだ。

 我々は井上氏と謎の存在の会話を黙って聞き続けた。


「私は井上と言います。いろいろ伺いたい事はありますが、まず初めに。あの場にはもう一人若者が居たと思うのですが」

「最初の質問がそれかの。お主は現在の状況を理解しているようじゃな」

「先にも言ったように完全に把握出来ている訳ではありません。ただ推測が可能なだけです」

「ふむ、そうじゃな。彼の者は別の場所で別の者に話を聞いておるじゃろ」


 二人と言って良いのか分からないが彼等の言っている事は不明だ。まるで現状を理解しているかのような井上氏と、それを面白そうにしている何者かの会話。

 確かに高校生らしい者があのトイレに居た記憶が蘇る。そうだ、その者が便器に近付いた瞬間に床が発光したのだ。その高校生が何かをしたのだろうか。


「なるほど、ここを出たら合流するのですね。では次に伺いたいのですが……我々三人は『還れる』のですか?」

「ほう。あの若者はどうでも良いのかの?」

「たぶん私達は彼に巻き込まれただけだと思いますから」

「本当に現状を把握しているようじゃのう」


 井上氏の言葉に再度驚く。

 巻き込まれただと? やはりあの光は爆発なのか? もしかしたらあの高校生の殺害が目的だったのか?

 爆弾か何かは分からない。だが偶然傍に居た我々が巻き添えになったとでも言うのか。

 井上氏が声を上げようとした俺の方に振り向いた。


「ああ、申し訳ない。貴方達には理解し難いかもしれませんね。たぶんあの高校生の彼が召喚されたのでしょう。私達はそれに巻き込まれたのではないかと推測していたのです」

「……なるほど。そう言う事ですか。私達はモブ、いえエキストラですね」


 井上氏は何を言っている?

 それに佐藤もその言葉を聞いて何故か納得しているようだ。

 召喚? モブ? エキストラ? 一体何の話をしているんだ。

 俺だけが付いていけていないらしい。混乱して詳しく訊こうとする俺に対して佐藤が話し掛けてくる。


「後で説明するよ。とりあえずは井上さんと俺に任せてくれないか」

「あ、ああ。分かった」


 そう言うしかないようだ。俺だけが完全に部外者のようだ。

 井上氏が謎の存在に再度質問をしていた。


「話を遮って申し訳ありません。改めて伺いますが私達は還れるのでしょうか」

「可能性はゼロではないとしか言えんのう」

「私の名は佐藤です。私も質問をさせて頂いても構わないでしょうか」


 そして佐藤も口を出す。思いっきり遜った口調だ。

 そんな態度が取れるのならば上司や取引先での遣り取りにも使えよ、との愚痴が湧いてくる。

 お前の態度を謝るのに俺がどれだけ頭を下げたと思っているんだ。


「構わんよ。何かのう」

「貴方が私達の前に現れた理由を伺っても?」

「帳尻合わせの為じゃよ」


 井上氏はそれを聞いて考え込んでいるようだ。もしかしたら何かを察しているのかもしれない。

 佐藤の奴は良く分かっていないらしい。当然俺には全く意味が分からない。

 再び佐藤が詳細を訊こうとしたようだが、井上氏がそれを止める。そして井上氏は謎の存在に問い掛ける。


「このままその別の世界に行くと不味いと言うことですか。さすがに能力を削られるのはご勘弁願いたいのですが」

「本当にお主は普通の人間なのかのう。この程度の言葉で良く思い至るものじゃ。逆じゃよ。力を与えねばならぬ。もっともお主は予期はしておったようだがの」


 その会話を聞いて佐藤は納得したようだ。俺には何も理解出来ないのだが。

 その謎の存在は改めて俺達二人を眺めて、それから井上氏に語り掛ける。


「ふむ。どうやら片方は半ば状況が分かっておるようじゃな。もう片方は全然理解しておらんようだがのう」

「それは仕方がありません。私がおかしいのです。そうですね。貴方は心を覗いたり出来ますか? 可能ならば私の記憶を見て貰えれば分かると思います」

「ほう。普通は心を読まれるのは嫌がると思うのじゃが。確かに出来ない事もないが儂もそんな真似をする気は無いのだがの」

「口頭での説明は難しいでしょう。たぶん記憶を見て頂ければ私の異常さに納得して貰えるかと」


 井上氏の異常さ?

 確かにこの状況が分かっているようだが、だからと言って狂人とも思えない。どちらかと言うと冷静に対応出来ているように見える。

 少しの時間井上氏を見つめていた謎の存在が笑い声を上げた。


「ふむふむ、ほっほっほ。お主は、いやお主の友人達はずいぶん面白い経験をしたようじゃな。なるほどそれを聞いておれば、お主がこの状況に驚かないのも無理がないのかもしれぬの」

「ええ。そう言う理由で多少の耐性があると思って頂ければ」

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