16.悪夢か
ジーエムとファルコンも気付いたようだ。
王女が召喚魔法の対象にしていた王の元に駆け寄っている。そして何度も身体を揺さぶっている。
どうやら王家の連中もその様子に気付いたらしい。
とうとうくたばったのか。ジーエムが言っていたしな。失敗した召喚魔法の影響を喰らうって。
ファルコンは自分で止めを刺したかったようだが構わないんじゃないか。
自分が娘に示唆して使わせた召喚魔法で、しかもその娘の手によって死んでいったんだ。凶悪な犯罪者の末路としては妥当だろう。
ああ、そうか。ジーエムはこれを見越して、既に解析も終わって見る必要もないのに召喚魔法を王女に使わせ続けたのか。
俺は傍にいる王家の連中が王の傍に駆け寄ろうとするのを止めている。
「おとうさま!? おとうさま!」
王女は必死に王の身体を揺すりながら叫んでいる。どうやら自分が原因である事に気付いたようだ。
そのまま冷たくなっていく王の身体の前でへたり込んでいる。
「……あはははは! 夢よ! これは悪い夢なんだわ! あはははは!」
王女は狂ったように笑い声を上げる。本当に狂ってしまったのかもしれない。
俺はジーエムに声を掛ける。ファルコンには意味が分からないだろうがジーエムになら通じるだろう。
「悪夢か。なあ、俺達のパーティ名なんだがナイトメアでどうだ?」
「そうだな、ウォータス。俺達は三人だから複数形になるか。『ナイトメアズ』と呼ぶべきだろうな。……お前等は悪夢のような者達を召喚したんだよ」
狂ったように哄笑を続ける王女に向かってジーエムが告げる。
王女はその言葉を聞いた様子も見受けられない。虚空に向かって何かを呟き続けている。
信じたくないのだろうな。自分が父親に止めを刺した事を。
結局こいつは最後まで自分の行為が間違っていた事に気付かなかったようだ。
倒れている兵士達はまだ全員が生きているようだが、その目には諦めが漂っている。王家の者達も同様だ。
こいつ等は召喚自体が間違いだったと気付いているのだ。
俺達三人は王と王女の傍に近寄っていった。
足元には王だった者の遺体が転がっている。後は王女だけだ。
元々こいつはあの高校生を召喚しようとしていたのだ。再度俺達だけを召喚し直す事も出来るのかもしれない。
不安要素は潰しておいた方が良いだろう。
俺は王女にアイテムボックスから取り出した槍を突き刺そうとした。
だが槍が突き刺さる直前に王女は崩れ落ちる。
ジーエムの方を見ると彼は王女を指差していた。
ふう、結局全部ジーエムがやったのか。
俺もファルコンも幾人もを傷付けはしたが結局一人も殺していない。この世界で人を殺したのはジーエムだけだ。
あの管理人に言ったように、壊れるのは自分だけで良いと考えていたのだ。
足下には王と王女だった者の亡骸が倒れている。それを少し見下ろした後に俺達はその場から離れる。
入れ替わりに王家の者達が寄って来ていた。何人かはこちらを睨んでいる。だが俺が見詰め返すと視線を逸らしていた。
ふん、この二人の死因が何だったのかは理解出来ているようだな。
俺達はアイテムボックスから昼食を取り出して食べている。二人の死など全く気にもせずに。
そして通信で会話を行う。
(ジーエム、連中の昼飯を用意させなくて良いのか?)
(無理だな、ファルコン。この大広間にいる連中の全員が王と王女が亡くなった事を分かっている。そんな奴を外に出したら王宮中に知れ渡るだろう)
(なるほどな。やけになった王宮の連中が何をするか分からないと言う事か)
(そうだ、ウォータス。既に王家の者が三人も亡くなっているんだ。奴等がどう思うか見当が付くだろう)
(実際に俺達が手に掛けたのは一人だけだと思うんだけどな)
(ファルコン、奴等はそう考えないだろう。王宮の連中が用意した料理の毒を呷った王太后にしろ、自分の娘の魔法の犠牲となった王にしろ、俺達のせいだと思っているだろうな)
(全く逆恨みも甚だしいな。いや、俺達が遠因だとは分かっているけどさ)
どうやらジーエムは兵士を起こして昼食を運ばせるつもりは無いらしい。確かに王と王女の死亡を外に漏らす訳にいかないしな。
王家の連中はせっかく朝に食事に毒が入っていない事が確認出来たのに昼は抜きになるのか。
まあ俺達が還ってからゆっくり食事を取れば良いさ。王家の者が三人も亡くなった状態で食べる暇があるのかは不明だがな。
しっかし王が亡くなって、先王は片腕を焼かれて、王太子らしい奴は片腕が膨れ上がってるんだろ。妹姫は片腕が斬り落とされているし、王妃も詳しくは分からないが倒れているんだ。そいつ等の治療が最優先になるんじゃないのか。
王母も王女もいなくなったし一体誰が対応するんだろうな。残っているのは未成年の子供達と側妃らしき連中だろ。
王弟なんかが主導したら後が大変そうだ。ここの王家はもう終わりなのかもしれない。継承権争いを見る事が出来ないのが残念だよ。
昼飯を食べ終えるとジーエムが送還魔法のテストに入るそうだ。
召喚魔法が対象を目の前に連れてくる物だとしたら、送還魔法は目の前の対象を送り出す事になるらしい。
最初は実際に魔法が発動するかを調べるために目の前の物を少し離れた場所に移すだけのようだ。
しっかしその対象にするのが王と王女の遺体かよ。いや有効利用かもしれないけどさ。もう「者」ではなく「物」でしかないのだしな。
あーあ、どうやらジーエムは死屍に鞭打つ気が満々のようだ。まあ手頃な人間サイズの「物」なんてそれしかないのかもしれないけどよ。
俺はアイテムボックスから取り出した槍で脅して王家の連中を王と王女の遺体から引き離そうとした。
だがその場を離れようとしない。王家の連中の内の一人は「死者まで貶める気ですか!」などと声を上げている。
いい加減分かれよ。お前等にとっては家族であり、この国の最高権力者だったのかもしれないけどさ。
この手の国ならたぶんあるだろうと思いながら俺は槍をかざして告げる。
「この国にも磔や晒し首なんて刑罰があるだろ。こいつ等は王と王女として亡くなったんじゃない。拉致監禁の犯罪者として被害者の俺達に処分されたんだよ」
王家の連中は処分という言葉に驚いたようにその手を二つの遺体から離した。
そして俺は手にした槍で追い払う。連中は大人しく引いたようだ。
そしてジーエムが魔法を発動する。
凄いな。王と王女のいる辺りの床が発光したと思ったら、すぐ別の場所に二人の遺体が現れている。
前に考えたように本当にテレポートのようだ。
そしてそれを見たジーエムが何かを呟いている。
「対象指定が甘いな。やはり複数を送るなら範囲指定でないときついか……」
なんだったっけ。現地テストか現地調整だったかな。うちの会社の技術屋の連中が言ってた気がするがはっきり覚えていないな。
ジーエムが行っているのはそんな事に近いのだろう。
しかしジーエムは凄いな。
あの管理人に貰った力なら何も唱えずに魔法を使えるのだろう。実際ファルコンは呪文や詠唱なんてせずに魔法で麻痺状態にしていたからな。
でも今使っているのはあの王女の召喚魔法を解析して創り出した新魔法だ。呪文や詠唱を必要としているこの世界の魔法を元にしているんだ。
なのに何も唱えずに済む魔法に変更している。
もしかしたらこの世界の魔法の真理に到達しているのかもしれない。このままこの世界にいればジーエムは大賢者なんて呼ばれるような存在になれるのかもな。
数回あの二人の遺体を魔法で移動させる。どうやら遺体に欠損なんかの問題は起きていないようだ。
その様子を確認してジーエムが告げる。
「さて、次は生きた人間を対象にテストする必要があるな」
いや、分かるよ。当然本番は俺達が対象になるんだ。物ではなく生きた人間での確認が必要な事も十分理解は出来るさ。
だがそれを王家の連中に向かって言うのかよ。その辺に転がっている兵士が対象でも良いんじゃないのか?
王家の連中が無茶苦茶怯えているぞ。




