15.どうやら耐えられなくなったようだな
この世界に連れて来られて四日目の朝だ。
ウォータスとジーエムを起こす。
ジーエムの話だと運がよければ昼までには送還魔法が創れるらしい。ならば今日中に元の世界に戻れそうだ。
妻や娘そしてお腹の子は大丈夫だろうか。
既に行方知れずになって三日目だ。同僚の佐藤も一緒に行方不明になっているなら何かの犯罪に巻き込まれたと考えているかもしれない。異世界への召喚なんて思いもしないだろう。
心労のあまり倒れたりしていないよな。安静にしてくれているよな。既に安定期には入っていた筈だが心配で堪らない。
時間が経てば経つほど王家の連中への怒りが深まっていく。
還る前に皆殺しにしてやりたい気分だ。少なくとも召喚、いや拉致監禁を示唆した王とそれを実行した王女を許す気はない。
ウォータスやジーエムが止めようとしても必ずこの二人だけは始末してやる。
王家の連中の方を見る。
結局晩飯も食べなかったようだ。やはりあの王母の苦しみながら逝く様を覚えているからか。いくら毒入りでないと思っても信じられないのだろうな。
丸二日間飲まず食わずだ。相当辛い筈だがよく我慢出来るものだ。
なんだ? 連中がなにかほざいてやがる。
せめて妊婦と幼い子供は開放して欲しいだと? ふざけるな。俺の妻だって身重だし、娘なんてまだ三歳だ。
お前等の身内が罪を犯しているのにまだ自分達が被害者だと思っているのか?
俺達がこの世界を去るまでは諦めて待っていろ。
「ファルコン、済まないが一匹兵士の麻痺を解除してくれないか」
「ああ、良いけどさ。また朝食の用意をさせるのか?」
「食べないのは奴等の勝手だ。二日間絶食状態で目の前に食事を出されたらどうするのだろうな」
ジーエムが俺に対して兵士を一人動けるようにして欲しいと言ってくる。
おいおい、ジーエムよ。俺より酷いんじゃないか。
王家の連中だって食事の用意すらされないなら諦めも付くだろう。なのに毒入りかもしれない食事をわざわざ用意させるなんてさ。
ウォータスも肯いている。二人共俺と同じく相当怒っているのだろうか。
食事を用意に行かせた兵士が寸胴を持って戻ってくる。
まあ別の兵士に変更されていたら寸胴を下ろす前に俺が麻痺させる。そうなるとまた鍋の中の食事がぶち撒かれる事になるからな。
俺はその兵士が何かを喋り出す前に麻痺状態にする。
ジーエムとウォータスは寸胴の中身の食事を盾を裏返して作った鍋に少しずつ注いでいく。また何かの伝言カプセルなんかが入っているかもしれないからな。
ジーエムによると毒は入っていないらしい。
王宮の連中もさすがに王家の奴等の容態が気になっているのだろう。二日間も絶食状態なのだから。
「どうだ? また何か伝言が入っていたか?」
「ああ、ファルコン。目の前でこれだけ握り潰されているのに良く続けるものだ。まあ連絡手段なんてこれしかないのだから仕方がないのかもしれんが」
「ジーエムよ。今回のって俺達に対する伝言っぽくないか?」
「そうだな、ウォータス。相変わらず上から目線で俺達に王族の解放を指示している。奴等は相当の大馬鹿のようだ」
ジーエムの言うように王宮の奴等の考えている事が分からない。
なんで俺達から要求や条件を聞き出そうと思わないんだ? 俺達がお前等の一方的な命令を聞くと本気で思っているのか?
王制の国家だろ? よく分からんが領地を治めている貴族とかいるんだろ?
領内で反乱や一揆なんて起こった事もないのか? 善政を敷いているのか?
いや、それなら民の意見を聞いたりしているだろう。なのに俺達の意思を確認しようともしないのはどういうことだ?
反抗的な奴は武力で潰したりしているのか? まさか王に追従するような奴だけを政務や軍務に就かせているのか?
もしそうならば本当に愚かとしか言いようがないな。
俺は盾を裏返した鍋を王家の連中の前に置く。もう何も言う気は起きない。食べるかどうかも気にしない。
そういや人間って何日間水分を取らずに生きていけるんだっけ? 三日? 四日? 水分さえ取っていれば一週間は持つんだったか? ジーエムならその手の事も知っていそうだな。聞いてみようか。
そんな事を考えながら連中に背を向けた。
「へえ、どうやら耐えられなくなったようだな」
ウォータスの言葉に後ろを振り返る。
先王が一番最初の食事の配達時に渡された食器の中から匙を取り出し、鍋から食事を掬おうとしているようだ。右腕は俺に焼かれたからか、慣れない左手で行なっているせいで零しまくってる。
家族のために毒見をするつもりなのだろう。どうせならもっと早くすれば良いものを。ギリギリまで待つなど馬鹿な事をするものだ。
本当に毒は入ってなかったと気付いたらしい。しばらく待っても先王は平気のようだ。
兵士の持っていた盾を裏返しただけの鍋だ。衛生的には最悪だろう。まあそんな事を気にする余裕も無くなっているのだろうな。
全員が必死になってスープを啜っている。まるで飢えた獣の群れだな。
ああ、ジーエムもウォータスも俺と違って優しいのだな。二人には連中を飢え死にさせる気がなかったらしい。
俺達はアイテムボックスから出した食料で腹を満たす。そして俺はジーエムに言われて王と王女を連中から連れ出した。
もう王家の連中も何も文句を言う気はないらしい。自分達の方が拉致監禁を行っている犯罪者だと分かっているのだろう。
しかし既に召喚魔法の解析は済んでるんだろ。ジーエムは最適化も終わってると言ったよな。なんで王女を連れ出す必要があるんだ?
首を傾げているとジーエムからの通信が入る。
(ファルコン、俺達が何をしているのかを悟らせないためだ。何の意味もないが昨日と同じ事をさせているだけさ)
(つくづく酷いな、ジーエム。まあ同情する気は起きないけどな)
(当然だな。こいつ等に二度と召喚なんて行わせないつもりだろう、ジーエム)
(ああ、ウォータスの言う通りだ。こんなふざけた真似を今後起こす事など考えないようにしておくべきだろう)
(本当に懲りてくれるのかね)
王族の連中は反省しているように見える。だが未だに王女はなぜ自分がこんな目に遭うのかと思っているようだ。
ふざけるな、こいつはまだ自分の間違いに気付いていないのか。
やはり王と王女は放っておけないようだ。
食事を終えたジーエムが王女に召喚を使わせる。ジーエムはその様子を観察しているように思えるが実際は碌に見てもいないのだろう。
ウォータスは王家の連中の傍に立っている。昨日と同じだ。ジーエムの合図ですぐに王家の誰かを害せるようにしているのだ。もっとも王女もそれが分かっているのか一昨日からは不穏な動きはしていないのだが。
俺は随時探査魔法を放って周辺を調べている。後は大広間内に麻痺をばら撒く程度だ。
昨日同様に時間が過ぎていく。
一時間おきにジーエムが王女に召喚魔法を行わせる命令が聞こえる程度だ。
王家の連中は二日ぶりの食事に満足したのか大人しくしている。何人かは寝てすらいるみたいだ。
倒れている兵士連中は気の毒だな。連中も二日間の絶食状態だ。一滴の水すら口にしていない。こいつ等は俺達が還るまで持つのかな。
王はまだ生きているようだ。だが呻き声の一つも聞こえない。既に意識が無いのかもしれないな。
俺が手を下す事は出来ないのかもしれない。どちらにせよくたばるのなら構わないけどな。
午前十時くらいだろうか。ジーエムから通信が送られる。
(こちらジーエムだ。おおよその送還魔法は組めたと思う。昼迄は微調整と言ったところか。昼飯の後から数回テストを行うつもりだが良いか?)
(おう、ジーエム。早いな。了解だ、任せる)
(ウォータスだ。俺も了解した。テストか。考えたら当たり前だな)
ウォータスの言うようにテストは当然だよな。新規に作成した魔法を試しもせずに使う訳がないか。しかも自分達に使う魔法だしな。
でもリミッターを外した治癒魔法とやらはテストもせずに使わなかったか? ああ、そうか。あれは相手を倒すのが目的だったからどんな不都合が起きても構わなかったって事か。
昼前になった頃に王女が四回目の召喚魔法を使おうとしたところで何かに気付いたようだ。
ジーエムも王女の様子に気付いたらしい。何か起こったのかな。