10.あんたは休んでいてくれ
俺達はアイテムボックスから取り出した水で喉を潤し、用意していた食料で腹を満たしていく。
その様子に王家の家族も何か言いたげだ。
「どうした? 腹が減っているなら王宮が用意した料理があるだろう」
ジーエムはそう言いながら盾を裏返した大鍋を指差す。
ひどいな。あの鍋の中の料理は毒入りなのが明白なのに。
まあ俺も連中に自分達の食事を提供する気は無いがな。
次に食事を持って来させる時にはあの兵士が報告するだろう。前王妃が毒で亡くなった事を。そしたら毒を入れる事を指示した者の責任問題になるかもな。
俺達が食事と休憩を終えると再度王女に召喚魔法を使わせる。
今まで一度も成功していないよな。そんなに成功率が低いのか。
マジックポイントやメンタルポイントなんかがあるのかは分からない。だがそんなに何度も召喚魔法なんて使えないんじゃないか。
ああ、どちらを略してもMPだな。MPが切れたらヒットポイントや体力が無くなっていくパターンもあったな。王女もだんだん苦しそうになっているし。
でも苦しかろうが限界までやって貰うしかないがな。俺達は出来るだけ早く還りたいのだから。
あの王女は拉致の実行犯なんだしさ。
おっと王とやらはその場で固まっているな。召喚の対象として何度も魔法を掛けられているからか? 呻き声は聞こえるから生きてはいるのだろうが。
でも俺達は何の影響も受けてなかったよな。召喚が失敗した時だけ何らかの影響を喰らうのかな?
まあ王も拉致監禁を教唆した奴だ。どうなろうと知った事ではないが。
召喚回数が十回を越えたあたりだろうか。
王女が泡を吹きながら気絶したようだ。白目をむいているし、豪奢な金髪も色褪せているようだ。
どこかのボクシングマンガのパンチドランカーように髪が白くなり老けたようになるのかもしれない。
ほんの少しだけ気の毒にも思うが、それでも俺達の帰還の方が優先事項だ。
(どうだ、ジーエム。解析出来たか?)
(ファルコンか。失敗している箇所が毎回違うからな。今日の残り時間は検証に使うしかないだろう。明日もやって貰うさ。そうだな、後十回も召喚を行って貰えば解析出来るだろう)
(ふう、明日もか。それで解析結果から新たに送還魔法を組むのにどれくらい掛かるんだ?)
(そうだな。最低でも一日は欲しいな)
(って事は最短でも明後日か……)
ファルコンとジーエムの通信技能を使っての会話に溜息が出る。
最低でも明後日になるのか。四日もこの世界で過ごす、いや元の世界を離れる事になるのかよ。
三日程度の無断欠勤ならクビにされる事は無いだろう。だけど人事考課や査定なんかには影響するだろうな。参ったな、ボーナスに響きそうだ。
やはりこいつ等王家の者は全員処分しとくべきかもしれないな。
いや、たぶんジーエムは気付いているんじゃないか。
少なくとも王と王女は処分しなければならない事に。いかにも逆恨みしそうな王と、召喚手段を持っている王女を放置は出来ないだろう。
言う事を聞かせるためとは言え既に王族を一人殺して……あれ? 死んだ前王妃って王宮の奴等が仕込んだ毒のせいじゃないか。
実際に俺達が手を下したのって俺達に槍を向けた兵士一人だけじゃないのか?
幾人もの王族の腕を切り落としたりはしてるが誰も殺してないじゃないか。
ジーエムの治癒だと欠損修復も可能なようだ。この世界にもそんな治癒魔法使いがいるのだろう。
ああ、王の脚は無理か。でもあいつは生かしておくのは問題だしな。
まあ人質を簡単に殺す訳にはいかないよな。生きていてこそ脅迫の意味や価値があるんだし。
ジーエムはそれも考えて連れて来るように命じたのか。なるほど人を殺しても何も感じない精神力はあっても実際には行わないって事か。
あの兵士は見せしめの意味もあったのだろうな。一罰百戒って言葉も聞いた事がある。明らかにこちらを攻撃する意思を見せた奴だけが対象なのか。
……しかし俺はこんな奴だったのか。
平気で人を傷付ける事が出来るなんて。そりゃ精神力を強化して貰っているが躊躇い無さ過ぎるだろう。
確かに相手は拉致監禁犯とその家族だ。許せない気持ちは多々あるさ。
ジーエムがいなけりゃ召喚を解析して還るための魔法を作るなんて思い付きもしなかっただろう。
元の世界に還る事を諦めて、もしかしたらこの世界で勇者になっていたのかもしれない。いや勇者じゃなくて捨て駒か。
「どうやらそろそろ日が暮れそうだな。今晩はこの広間で休むしかないだろう」
「ジーエム、あんたは休んでいてくれ」
「そうだな、ファルコン。俺達が見張りをしているからジーエムは休みな。あんたが一番力を使っているだろうしな」
「その通りだよ。それにこの兵士達の麻痺も俺が掛け直さなきゃならないしな」
「そうか、すまない。ファルコンもウォータスも気を付けてくれ。さすがに王家の者達が人質になっているのに夜襲は無いと思うが」
「まあな。この様子だと碌な灯りもないし夜は闇になるだろ。その闇の中で敵味方の判別は出来ないだろうしさ」
「そうそう、ウォータスの言う通りだ。それにどうやら俺達は暗視も出来るみたいだしな」
「ファルコン、ウォータス、あの管理人のサービスと言ったところか。肉体的にも能力アップしてくれていそうだな」
鑑定が自分達には効かない以上どんな能力があるのかは分からない。あの管理人を名乗った神みたいな存在と話し合って与えて貰った技能しか覚えていない。
サービスで何かをしてくれたのか。その詳細も教えて欲しかったぞ。
「そこの兵士、晩飯を用意して貰おうか。そうだな、大鍋で纏めてな。今度はメイドなんかを連れてくるなよ。もちろん先の倒れた女性の件も伝えたうえでだ」
ジーエムが一人だけ動ける状態の兵士に告げる。
その兵士は王家の家族の傍に控えていた。彼等彼女等を護るつもりなのだろう。実際には護れてなどいないのだがな。
ファルコンが継続的に麻痺の魔法を掛けているせいか他の兵士達は倒れ伏せたままだ。
俺達は連中や王家の者達にトイレに行くことも許していない。全員が漏らしたり場合によっては出しているのかもしれない。でもそんな臭いは感じられない。
たぶんジーエムが何かをしているのだろう。その手の臭いは相当抑えられているようだ。浄化かなんかの魔法かな?
屈辱だろうな。王家や近衛に属するだろう者がそんな目に遭うなんて。
もちろん俺達は済ませている。さすがに大勢の前で晒したりはしないけどさ。玉座の裏なんかでやっているんだ。
俺達が還ったらこの大広間は建て直しになるかもな。
命令された兵士が去って行く。
奴には俺達が独自に食い物を用意しているのも分かっている筈だ。もう馬鹿な事は考えないだろう。
もしもの場合でも別の王族の一人が逝くだけだろうがな。
しばらくすると相当大きな鍋を抱えて別の兵士が戻ってくる。鑑定してみると魔法兵のようだ。
即座にファルコンが麻痺させる。ファルコンも鑑定をしていたのだろう。大鍋を抱えたままその魔法兵は崩れ落ちた。
折角の晩飯がぶち撒かれているじゃないか。あーあ、可哀相に。王家の連中は昼に続いて晩飯も無しになりそうだな。
そして俺は倒れた魔法兵に近付いてその顎を踏み砕いた。呪文や詠唱を出来なくさせるためだ。
あの王女が召喚をしているおかげで分かっている。この世界の魔法に呪文や詠唱が必要であろう事が。
千人や万人に一人しかいない貴重な魔法使いを繰り出してきたのか。
飯を食べている最中や就寝している時に俺達を無力化させようとでも思っていたのだろうな。
愚かな事を考えるものだ。まだ俺達をなめているらしい。
見張りも立てずに休むとでも思っていたのか? 見張りも一人だけなら相対出来るとでも考えていたのか?
俺達は倒れた兵士や王と王女、王族達を無視してアイテムボックスから取り出した食料を食べていた。
王族達は固まって震えている。躊躇い無く兵士の顎を踏み抜いた俺達に恐怖を感じているのだろう。
何を今更。第一王子の腕は膨れ上がって二度と使い物にはならないだろうし、妹姫も片腕が斬り飛ばされているのに。
それから見張りの順番を決める。
ジーエムは一晩休んで貰わなければならない。
先に俺が、夜半過ぎからファルコンが見張りを担当する事になった。
現時点で魔法を掛けなおせば夜半過ぎまでなら麻痺も効いたままだそうだ。




