結果は?
「…………は……る……お兄……フェ……さんは……ル……お兄さんは……ル……は……フェル」
よく聞かないとわからないぐらいの声が隣からボソボソと聞こえてきた。
お兄様の方を見るとまるで聞こえていない様子で自分が淹れた紅茶を一口、口に運びそして再びロイ様を見つめていた。
その様子にはじめは空耳かと思い無視していたが、所々「フェル」と聞こえてきたのでこれは空耳ではないと思い、ロイ様の方に耳をかたむけると
「お兄さんはフェル、お兄さんはフェル、お兄さんはフェル」
と言っていた。
ロイ様! 思い込み作戦実行していたんですね。
昨日も呆れていたから決してしないと思っていたのですが……
「お兄さんはフェル、お兄さんはフェル」
隣から聞こえてくる。
しかし、なかなか思い込めないのかカップを手に持ったままかたまり、紅茶を口につけるために仮面をずらさなければいけないのに動かない。
「ロイ様、頑張ってくださいまし」
邪魔をしてはいけないと思い、小声で応援する。
ロイ様にはやはり気づかれていないが。
「さっきから、彼は何を言っているの?」
紅茶をロイ様に渡してから一度も話さなかったお兄様が口を開いた。
「フェル?」
「!」
そして、矛先が私に!
「えっええと……」
お兄様と目を合わせると問いただされてしまいそうなので必死に合わせずにいたのだが
「彼は何故さっきから『お兄さんはフェル』と言っているのかな? まあ、なんとなくわかるけどね。 どうせ、フェルが『わたくしとおにいさまは兄妹ですのでおにいさまをわたくしと思い込んだらいいのですわ』とでも言ったんだろうね」
気づいてしまった。 懸命なロイ様の思い込み作戦を。
しかも、お兄様よ、私の声真似が上手ですね。
一瞬自分が喋ったように感じてしまいましたよ!
「服を借りにきた時からなんとなく予想はしていたけどね。 ……フェルは馬鹿だね」
馬鹿だと言いながらも私のことを優しい目で見てくるお兄様。
「そんなことをしても、僕は僕で、フェルはフェル。 全くもって別人なのにね」
紅茶に口をつけながらそう言ったお兄様はさっき、私に馬鹿だと言いながら優しい目を向けていたのに今はどこか冷めた目をしている。
でも、言っていることはごもっともです。 お兄様。 私の胸にグサグサと刺さりました。 誰か止血してください。
そして、私は冷めた目していたお兄様を気のせいだと思うことにした。
そうしないと、何か壊れてしまうのではないかと心の底で感じてしまったからだ。
そんなことあるはずないのに。
今だって目があったら優しい目を向けてくれるお兄様。
そして、不意にこう言った。
「フェル。 焼き菓子だよ。 はい、あーん」
目の前にというより口にお菓子を持ってきて私に口を開けろというように「あーん」と笑顔で焼き菓子を差し出してきた。
そして、咄嗟の出来事だったのでそのまま食べてしまった。
「美味しい?」
「おいしい……」
何がそんなに良いのかお兄様は嬉しそうに目を細めていた。
私もそれにつられて笑顔になるが、すぐに顔を横に振る。
「フェル?」
今は忘れてはいけない!
隣ではロイ様が紅茶を飲もうと頑張っているのだから。
そう思い、隣にいるロイ様の方を見るとさっきと変わらず固まったままだ。
「ロイ様、頑張ってくださいまし」
ロイ様、頑張って! 紅茶が冷えちゃいますよ。
「フェルは焼き菓子が好きだよね?」
突然お兄様がそう言った。
「ええ、大好きですわ」
「僕なら、フェルの好きなものなんでもわかるし、共感もしてあげられる」
「ん?」
「好きなものを一緒に食べて笑顔にできるし、さっきのように食べさせあいっこもできる」
「ええ」
「フェルが頑張って作ったものならたとえ、毒でも食べられる」
「毒って、お兄様……」
「フェル、彼はそんなことすら難しいよ」
そう言ったお兄様は私を見ずにロイ様の方を見ていた。
「それでも、いいのかい? 今だって彼は紅茶すら飲めない。 でも、フェルは紅茶が好きでこの焼き菓子も大好きだ。 だけど彼とは共感することも一緒に食べることすら難しい」
お兄様は心配しているのだ。
その気持ちはとても嬉しい。
でも……私は
「おにいさま……ありがとうございます。 でも、わたくしは……」
それでもいいと言おうとした瞬間……ロイ様が仮面を少し上げて紅茶を一気に全部飲んだのだ。
「!」
「ロイ様!」
カップの持つ手が震えて動かず固まっていたため、飲めないだろうと思っていたランディはロイの急な行動に一瞬驚いたが、それと同じく驚いたことがあった。
「まさか、本当に……だが、あれは……」
いつもなら冷静なランドールだが、彼の仮面の下にある模様の一部を見て椅子から立ち上がっていた。
私はその様子をロイ様が紅茶を飲んだことに驚いたのだと思っていた。
実際にはちがうが。
カップを置き、仮面をすぐさま戻したロイ様の手を握る。
「ロイ様やりましたわね!」
「……………うん」
声の様子からして嬉しそうなロイ様。
だが、若干疲れ切った様子だ。
だんだんと顔が見えないロイ様の様子がわかるようになってきている気がする。
「でもよく、飲めましたね? 急に何故ですか?」
「……フェルと」
「わたくしと?」
「……共感したかったから」
フイッと顔をそらしたロイ様の髪の間から見える耳が赤くなっていた。
ロイ様、私のことを思って……とても嬉しいです!
でも
「わたくしは信じていましたよ」
ロイ様の手をギュッと握りながら微笑んだ。
「……そう」
言葉は素っ気なかったが、手をギュッと握り返された。
そして、何も言ってこないお兄様を不思議に思いロイ様と手を繋いだまま、お兄様の方を見ると何か考えているようだった。
「おにいさま?」
もう一度「おにいさま!」と呼ぶと、ハッとした様子でこちらに意識を戻したようだった。
「おにいさま! ロイ様は紅茶を飲みましたよ!」
私がそういうと、「そうだね」と返されるだけだった。
そして、また考えこんでいる。
ロイ様が飲んだのに、お兄様ったら認めたくないのかしら?
と思っていると
「フェル、ごめんね。 少し、取って来てもらいたいものがあるんだ」
「取って来て欲しいものって何ですか?」
「料理長に焼き菓子の追加を貰ってきてもらえるかな? 紅茶を頑張って飲んだロイくんのお土産にしたいんだ」
なるほど!
「わかりましたわ! では、ロイ様はお兄様と少し待っていてくださいませ!」
「……わかった」
「フェル、お願いね」
「任せてくださいませ!」
そう言った、私はロイ様の手を離し屋敷の中に戻った。
この時の私は今まで、お兄様からロイ様にお土産を渡すことなどなかったから認めてくれたんだなと思い、嬉しくて舞い上がっていた。