特訓
「さあ、ロイ様! 特訓をしましょう」
「………………分かった」
「ロイ様! 魔法で紅茶は洗ってはいけませんよ」
「………………………分かってる」
私たちは1週間後に向けて特訓を始めたが…………。
1時間後。
やっぱりといえばいいのか……思うように進まない。
それに私のお腹が紅茶によってタプタプだ。
それにしても、ロイ様は紅茶が入ったカップを持ったまま動かない。
そんなに嫌なのかな、紅茶をただ飲むだけだよ。
そう、飲むだけ…………………………………ん?
あれ? 今気づいたけど、これってロイ様が紅茶を飲む瞬間見えるんじゃない?
今まで邪魔が入ったりして見えなかったけどこれってチャンスじゃない!!
「ロイ様! 頑張りましょう!」
「……えっ…………うん」
さあ、俄然やる気になりましたよ! 私はやりますわよーー!
『目指せ! ロイ様、紅茶を飲む瞬間を見るぞー!』
しかし……そんな簡単に見ることはできなかった。
「ロイ様……わたくし、もう飲めませんわ」
「…………ごめん」
私たちはメイドに紅茶を淹れてもらい、それをロイ様に渡し飲めなかったら私が飲むというのを繰り返していた。
それを一杯だけ入れて飲めるまで待ったらいいではないかと思う人もいるだろうけど、紅茶は温かい方が美味しいから冷える前に私が飲むようにしたが…………もう、飲めない。
「……ロイ様、なぜ飲めないのですか?」
そう、根本的なことはなぜロイ様が飲めないのか?
まあ、前に聞いた時は「味が薄くて嫌い」と言っていたが。
こんなに美味しいのに……。
それに、綺麗好きなのも知っているが……紅茶を何故洗って飲むんだろう?
「…………汚い」
「どうしてそうお思いになるのですか?」
「…………先ず一つ目」
ん? ひとつめ? え? 何個かあるの?
「空気に触れているから」
いや、すべてのものが触れているよ?
「…………二つ目、人が淹れている」
いや、人以外だと誰が入れるんですか?
「…………三つ目」
いや、まだあるの?
「あの、ロイ様?」
「…………なに?」
いや、なに? ではないよ。 私びっくりだよ。
「まだ、あるのですか?」
「あるよ」
即答かよ!
「ロイ様! いいですか! そんなことを言っていたら紅茶を飲めませんわ」
「……そんなことはわかってる」
顔を下に向けるロイ様。
「……………………」
いや、そんな雨に打たれた子犬のような雰囲気を出さないで!
これじゃあ、私が悪者みたいだ。
それに、ロイ様だってわかっているのだ。
頑張って飲もうともしているのは私も隣で見ていたからわかる。
「はあ、ロイ様。 まだ、1週間ありますから。 頑張りましょう」
下げていた顔を上にあげたロイ様は私のその言葉にうなづき返した。
そう、まだ1週間あるのだ。
なんとかなる…………だろうか?
2日目。
今日も特訓です。
だけど……今日もロイ様は飲めなかった。
残りあと5日。
3日目。
今日も今日とて特訓です。
だけど、やはり今日も飲めなかった。
残りあと4日。
4日目。
今日もロイ様と特訓の約束をしています。
しかし……今日は魔法の練習の後で来るってロイ様は言っていたが
「大丈夫ですか?」
「……平気」
そうは言っても声が疲れているような気がするのは気のせいかな。
「本当に?」
「…………うん。 早く特訓しよう」
まあ、本人が大丈夫だというならこれ以上言えないけど……。
「今日は昨日とは練習方法を変えてみようと思います」
「……なにをするの?」
「よくぞ聞いてくれました! ジャジャン! 自分で紅茶を淹れてみようですわ!」
「…………自分で?」
「ええ、そうですわ!」
そう、他人に淹れられて飲めないなら自分で淹れられれば飲めるのではないか? と思ったからだ。
もう少し早く気づけよ私!
「他人に淹れられるのが嫌ならば、自分で淹れて飲めば良いのです!」
「………………………」
あれ? 反応がない。 ロイ様〜?
ロイ様を見ると何か考え込んでいる様子でこちらが見ていることに気づいていない。
「ロイ様?」
「………………」
「ロイ様?」
「………………」
「ロイ様!!」
「…! なに?」
「なに? はこちらの台詞ですわ。 自分で淹れるのは駄目なのですか? 貴族だからいやですか?」
そう、貴族は自分で紅茶を淹れたりしない。 メイドや下の者に頼むのが当たり前なのだ。
だから、自分で淹れることが好きなお兄様は少し変わっている。
「…………違う。 自分で淹れるよりもフェルが淹れてくれた方が飲めると思ったから」
そう言ったロイ様は仮面で隠れた顔でこちらをじっと見つめてくる。
そんなにじっと見つめられると顔に熱が集まってくる。
いや、しかし……
「わたくしですか!」
「…………うん。 駄目?」
そう言いながら首をかしげるロイ様はなかなか策士だと思う。
なぜなら、そう言われたら私が断れないからだ。
「〜〜もう! わかりましたわ! わたくしが淹れますので飲んでくださいませ!」
そう言った私はメイドのマリーに教えてもらいながら紅茶を淹れた。
さて、これが吉とでるか、凶とでるか……。