ある夜の会話
ハーデン・リンディ。 リンディ家当主はある屋敷に訪れていた。
本当なら訪れたくはなかったのだが、ある事情で訪れなければいけなく、仕方なくこの屋敷に訪れたがそれはすぐに後悔した。
「待たせてすまないね」
そう言いながらハーデンの前に登場したのはこの屋敷の当主でありながら魔術師、スイージェスト・オーディオだ。
膝まである長い髪を手で払いながら、ハーデンの前に座る。
「別に待ってはいないよ」
「おやおや、久しぶりにこの私に会えたというのに何をそんなに不機嫌でいるのだい」
「お前に会うことだよ」
「ははは、冗談はよせ。 私と君との仲だろう」
ハーデンはこの男の無駄にポジティブな性格が嫌で会いたくなかったのだ。
決して悪い奴ではないのだが、面倒なのだ。
「要件だけ先に言うぞ」
「大体はもう知っているさ。 なにせ、私は希代の魔術師だからね」
「なら、話は早いな」
早く家に帰りたいハーデンはさっさと要件を済ませそうとしたが、それを許さないスイージェストだった。
「まあ、待て。 珍しい酒が手に入ったのだ。 飲んでいけ」
「いや、今日はもう帰る。 帰りたい」
「いいのか? そんな態度で。 私に頼みたいんだろう。 彼、ウェブル家の長子、ロイ・ウェブルを」
「…………飲もう」
「そうこなくてはね」
スイージェストは近くにいたメイドに酒を持ってくるように頼んだ。
ハーデンはすぐに帰りたい気持ちを押し殺し、彼と酒を飲むことにした。
「酒がくるまで、彼について話そうか」
「お前はどこまで知っている」
「ふむ……どこまでと言われたら……彼が付けている仮面についてかな」
内心そこまで知っていたスイージェストに驚いたハーデンだが悟られないように平静を装う。
「やはり、知っていたか」
「彼、案外有名だからね」
「…………そうか」
「でも、意外なのはよく、君の天使の婚約者になることを許したね」
「本当は嫌なのだがね」
ハーデンはとても不愉快だという顔をした。
この顔は妻や子供たちにはとても見せることができないと我慢していたが、この男の前だといいかと晒した。
スイージェストは一瞬驚いたがそれは本当に一瞬で次にはとても愉快そうな顔をした。
「ははははははははは。 あー愉快だ。 ハーデン、君がそんな顔をするとはね」
「ふんっ」
「旦那様、お酒をご用意いたしました」
メイドが酒を持ってきたため、話を一度中断し酒を飲むことにしたが、やはりさっきの話を思い出したハーデンは不機嫌さを表した。
「そんな顔をするな。 せっかくの酒だ」
「…………ああ、酒はうまいな。 酒は」
「まあ、落ち着け。 さっきの話に戻るが、彼を婚約者にしたのは君の奥方の母君が原因だね」
「ああ、そうだ。 それがなければ、私の天使は婚約などしなかった。 ……まだ6歳だぞ」
「だろうね。 それにしても、彼女は何故そこまで固執するのかな。 昔の約束だとしてもだよ。 私ならそこまで固執はしない。 それに、ウェブル家当主のあの男は好きじゃない」
「私もそう思う」
「それに彼は自分の息子が魔法の暴走をしただけである魔法をかけた。 暴走はいけないことだが、まだ子供だ。 多少は仕方がない。 それを制御するために魔法を習うものだろうに。 彼は息子に魔法を習わすのではなく、ある魔法を掛けた。 魔法といえば魔法だが、私からするとあれは呪いだ」
「呪いだと?」
「ああ。 普段は仮面で隠しているが、きっとある模様が顔についているはずだ」
「お前でも解けないのか?」
「難しいね」
「……そうか」
「それにしても、あんな魔法を小さな……しかも、自分の息子にかけるなんてね」
そう言ったスイージェストは持っていた酒が入ったガラスの器を手で握り割った。
「許せないよ」
スイージェストの手からは血が流れているがそんなことは気にしないで怒りだけが今の彼を支配している。
「落ち着け。 スイージェスト」
「ああ、すまないね」
ハーデンの言葉で我に返ったスイージェストは落ち着きを取り戻した。
「それで、スイージェスト。 私の頼みは聞いてくれるのかい?」
そう、ハーデンが頼みたかったのは自分の娘の婚約者でさっき話題になっていた彼、ロイ・ウェブルに魔法の教授をしてもらうことだ。
「いいよ。 ふふ、彼の父親にも一矢を報いるために彼、ロイ・ウェブルを希代の魔術師にして見せるよ」
「いや、そこまでは頼んでいないが」
「ふふふふふ、はーははははははは」
「……聞いてはいないか」
「待っていろ! ロイ・ウェブル! この希代の魔術師、スイージェスト・オーディオが魔法を教え、貴様を立派な魔術師にしてやろう!」
こうして後日、ロイを連れたハーデンはこの希代の魔術師であるスイージェスト・オーディオの元に訪れ、ロイは彼から魔法の教授を行うようになった。