空と夕日
お昼ご飯、
じゃなくてランチを食べて、空腹を満たした僕は、本調子になって、本来の目的であった服を買うという行動を開始した。
「なぁ、空、とりあえず僕はどんな服を着ればいいんだ?」
「ねぇ、あんたずっと気になってたんだけど、なんで制服なの?」
「え、なんでって、やっぱり僕が一番、きなれている服はコレかなって。それに家にいる時に空が僕にこの服を投げたんだぞ。つまり、空が用意したんだからな。」
「ひっどい、暴論じゃない。本当、お兄ちゃんってバッカみたい。(笑)」
そんなバカなことを言いながらも、
僕のコーディネートは順調に仕上がっていくと同時に明日の神代さんが家に来るのが楽しみになって来た。
ただ、空から、何度も何度も痩せろ痩せろと言われて、デブに対する現実の厳しさを突き付けられてしまったが、そんなことは、気にしないでおこう。
僕はデブと言われ馴れているから。
「ふー。あんたの服も一通り全部買えたし、これで明日は完璧なんじゃないの?あ、ちょっと私も見たいものがあったの忘れてた。ちょっと見にいってくるから。絶対についてこないでね。絶対だから。」
「わ、わかったよ。用が済んだら、僕の電話に電話して。空とお母さん以外、電話番号登録してないからすぐ出るよ!」
「え...うわ...じゃあ、行ってくるから。」
せっかく、陰キャが渾身の自虐ネタをしているのに、ドン引きするとは、僕も悲しくなってくるじゃないか。それはさておき、絶対についてくるなって言われるとな...いや、怖いからやめておこう。後が怖すぎる。でも、兄として妹の行動はチェックしておきたい。そして、これは僕にとって陽キャに対する反抗なんだ。
「よし、空を追いかけよう。ここからは、修羅の道だ。」
デブは人ごみにいても目立つということもあって、
視界の中でぎりぎり空が見える距離を保って尾行をしていた。
なんか、尾行ってスパイみたいでかっこいいなって思うたびに、
ポケットに入れたスマートフォンをトランシーバーに見立てて、口元で独り言を話していた。
「こちら、ベイブ。目標を尾行中。どうぞ。」
勿論、誰からも応答は帰ってこない。返ってくるのは、周りからの冷たい視線だけだ。
尾行中の妹は、本屋さんに入っていったので、僕も後に続いて、本屋さんに入った。
妹がファッション雑誌に夢中になっている間、
僕は妹を見失わない距離にある、ライトノベルコーナーで妹を監視していた。
その時、僕の横目に見覚えのある顔がチラと入った。
「か、神代さんだ。」
僕は、悪い事でもしたように、彼女にばれないように隠れた。
そして、妹を監視しながら、神代さんも監視するという任務にレベルアップしてしまった。
私服で、オシャレをしている神代さんは本当に綺麗だ。
オシャレをした妹が神代さんと同じくらいだといったのは僕の間違いだ。神代さんの方が可愛かった。
「神代さん、何の本を見ているんだろう。」
僕の視力という視力を総動員して、神代さんの持っている本のタイトルを観察した。
それは、僕と彼女をつなぎとめる糸でもある『異世界ミンティア』だったのだ。
彼女は、右手に付けた腕時計を何度も確認しながら、テスト前に教科書を流し読みするように『異世界ミンティア』を読んでいた。
「もしかして、神代さん、明日に備えて、予習しているのかな。僕と一緒で、明日に備えて、準備しに来たのかな。」
恋は盲目とはよく言ったものだ。そんな確証などどこにもありはしないのに、そう思わずにはいられなくなってしまう。
そう思うことで、自分が満たされてゆく気持ちがした。恋が実る気がした。
神代さんに話しかけたい衝動にかられた僕をファッション雑誌を読み終えて、本屋さんを出た空が、止めた。
「そうだ。今、僕は空を尾行しているんだ。神代さんに話しかけたいけれど、ここは我慢だ。」
後ろ髪を引かれる思いだが、僕は本屋さんを出ることに成功した。
空は、周りをキョロキョロしながら、水着屋さんに入っていった。
本来なら、水着屋さんの外で、監視したいところだが、これでは、はたから見ると、犯罪者になってしまうので、バレることを覚悟して、店内に入った。
「空は、どこいるんだろ?あ、試着室に入っていく。どうしよう。もうバレてもいいとして、どこにいるのがいいだろう。」
その時、僕に電流が走った。
「そうだ。どうせバレるなら、試着室の前に立ってればいいんだ。」
覚悟の決まった漢は強い。僕は、食い気味に試着室の前で仁王立ちをして、
妹がそのカーテンを開けるのを我慢強く待った。
「ん~ちょっと派手すぎるかなぁ~。でも、こんぐらいじゃないとあの鈍感バカはゆうわくできないし
なぁ~。だって、あいつには好きな人がいるんだから、絶対に負けないんだから。」
なんということだ。空は、恋をしている。
誰かは分からないが、昼ドラみたいな恋になりそうなことは確定しているみたいだ。
こんなに可愛い妹に好かれていながら、他の女に現を抜かしているなんて、そんなやつ僕が殴り飛ばしてやる。
「よし、決めた。この水着買う。なんか、外で人も待ってるみたいだから、もう出ないとね。今出ますから、待ってくださいね。」
カラララと兄弟が、運命的?な再開を果たした。
運命といっても僕が死刑になる運命なんだけどね。
「お、お兄!?試着室の前にいた人影ってお兄ちゃんなの。全部聞いてたんだ。バカバカバカ。」
もう少しで僕は水着屋さんで、犯罪者になるところだった。そんな僕は、左の頬に妹の手のひらをくっきりとつけながら、空の機嫌を直すのに必死だった。
「空、本当にごめん。アイスあげるから許してくれよ。追いかけてたのは、悪かったから、つい空の水着姿を想像したら、とても可愛い気がして、見たくなったんだよ。」
「それ、本当に言ってるの?」
「うん。本当だよ。本当。」
「クレープも。」
「ん?クレープ?」
「クレープも買ってきてッて言ってるの!!それで許してあげる!!」
なんとか妹の機嫌を直すことに成功した僕は、命拾いした安堵感からか、クレープを二つも平らげてしまった。
フードコートのテラスから、海が見え、海が鏡みたいに夕日を映し出している。
なんだか、とても懐かしい気持ちになったみたいだ。
「ねぇ、なんか子供のころに戻ったみたいだね。」
「え、あ、そうだな。」
「私たち、昔はさ、毎日、毎日、日が暮れるまで一緒に遊んでさ、私があんたのことお兄ちゃんお兄ちゃんっていいながら、追いかけてたんだっけ。楽しかったなぁ。」
「そんな昔のこと覚えてたのかよ。僕のこと、あんたじゃなくて昔みたいにお兄ちゃんって言っていいんだぞ。」
「調子乗らないでよ。バカ。絶対にそんな呼び方するわけないじゃん。もう、帰るわよ。早く帰らないと夜になっちゃう。ママが心配するじゃない。」
「そうだね。帰ろっか。」
太陽が夕日になり沈み、また昇ることを毎日、繰り返すけれども、僕たち兄弟は子供から大人へと毎日変化している。繰り返すことは二度とない。
昔とは違って生意気だけども、昔から変わらず僕は空がとっても大切だ。
「空、今日は本当にありがとう。もしも、空になんかあったら僕がすぐに駆け付けて、殴り飛ばしてやるからな。」
「え、あ、どういたしまして。何言ってんのよ。あんたが殴ったりしたら、あんたの骨が折れちゃうから、やめときなよ。」
私のお兄ちゃんは、本当にバカだ。
さっきだって、何を勘違いしたのか殴り飛ばしてやるなんて言い出してさ、
でも、そうやって私のことを本気で心配してくれるのが嬉しい。
なんでこんな人を私は好きなったんだろう。ちょっとは私のアピールにも気づけ。
(トントントン)
「ん?空、今、僕の背中たたいた?」
「んーん。叩いてないわよ。このバカ。なに疑ってんのよ。」
『今日は楽しかったよ。お兄ちゃん。』