夕立の間に
雨の降る放課後、僕は図書室にいた。お気に入りの屋上は雨粒に占拠されていた。
さすがの僕もおしりをびしょびしょにしてまで屋上に入る度胸はない。
お母さんに怒られてしまうから
それにいつもなら屋上にはいかずに家に帰るのに、なんだか今日は調子が狂うな。
初めての友達ができて、失って、僕の世の中は平和だと言えるのだろうか?
「ヘイワダヨ。ヘイワダ。」リトル立嶋が言った。
それに図書室で本を読まずに、スマホで僕のお気に入りの『異世界ミンティア』を読むのも一興だ。
まるで一種の背徳感に近いような...
心の中で、機械音が言った「立嶋の性癖が増えました。」余計なお世話だと言ってやりたい。
こんなどうでもいいことを一人で行っている空間が存在するあたり、僕の世の中はやはり平和なようだ。
図書室のドアが開いた。僕はその場に存在しないかのように心掛けた。
「僕は石ころだ。僕は石ころだ。」
僕の心の声とは裏腹に、図書室に入って来た人は僕に近づいてくる。
たくさんの本があるのにもかかわらず、石ころに近づくなんて物好きな人もいたもんだ。
その人は、石ころを蹴るように僕の座っている椅子を蹴って、何か言っている。
その声の持ち主は女の子みたいだ。
また僕の座っている椅子を蹴りながら、何か言っている。よっぽど石ころが好きな人なんだな。
耳を澄まして何を言っているか聞いてやるか。
「ちょっと立嶋!!無視しないでよ!!」
まさか僕が呼ばれているなんて思わなかったので、僕は陰キャ特有の変な声が出てしまった。
まさかクラスのヒロイン神代さんが僕の名前を読んでいるなんて...
もしかして、お昼休みに階段でぶつかってしまったことを怒っているのだろうか?
おそるおそる聞いてみる。
「あの...神代さん...僕になにか用事が...?」
彼女は気まずそうに答えた。
「うん。立嶋にお昼にぶつかって、その立嶋、階段から転げ落ちたでしょ。私なんかこわくなっちゃて逃げちゃったの、本当は謝らないといけないのにって思ってたのに...同じクラスだから謝るチャンスなんていっぱいあったけれど、なんかはずかしっくて...その、えっと、」
僕は虚を突かれたような気分だった。まさか神代さんが僕に謝ろうとしているなんて、
そして謝るのが恥ずかしくてモジモジしている神代さんが可愛いと思ってしまった。謝るのに躊躇する時点で悪いと思っていない証拠なのだが、この際そんなことはどうでもいい。
なぜならば、可愛いは正義なのだから。
神代さんの大きな瞳はまるでルビーのようで、その瞳がじれったく左右に動いている。それと同時に、絶対に校則違反だと思われるピンク色の髪の毛も呼応する。そして、ついに開かずの扉が開いた。
「立嶋、お昼は本当にごめんなさい!!!」
「いや...僕もよそ見をしていたし...僕も悪いよ...ごめんなさい。」
神代さんは緊張の糸がほどけたのか肩の力が抜けて、僕が見たことがないやさしそうな顔をした。
「そういえば、図書室にいるのに本読まないんだね(笑)」
「あ、一応、スマホで読書してるんだ...これ『異世界ミンティア』っていうんだ。」
「え!?『異世界ミンティア』!?私も知ってるよ。面白いよね。」
「え!?神代さん、読んでるの。意外だね。」
「弟に勧められちゃって(笑)まさかここまでハマるとは思ってなかったの。それにこれってオタク趣味じゃない?だからちょっと恥ずかしくって」
「そんなことないよ!!!」反射的にでてしまった。
「こういう小説はオタク趣味と思われがちだけど、そんなの読んでない人が偏見で言ってるだけだし、現に『異世界ミンティア』は内容も涙あり笑いあり、そして何よりもミンティアちゃんが可愛い名作だもん。これが恥ずかしいなんて...」
しまった。思わず勢いで、しゃべってしまった。オタクの悪いところだ。流石に神代さんもこれはひいただろう。
「あはは。立嶋、いつもぶつぶつなんか言っているから面白い人だと思ってたけど、まさかここまで面白いと思わなかったよ。そうだね。私が間違えてた。好きなことに理由なんていらないよね。うん。立嶋が正しい。」
「あ、そうだ。立嶋、私よりも『異世界ミンティア』のこと詳しそうだし、私も『異世界ミンティア』のこと語れる人、欲しかったからさ、毎週月曜日、図書室で私と『異世界ミンティア』のこと語ろうよ。けってーい。じゃあ、来週ね!」
半ば、強引だが僕はうれしかった。だって毎週、あの神代さんと二人っきりで話す機会ができたんだ。こんなのラノベ主人公じゃん。
夕立は止んで、空は快晴だ。
「あ、僕も帰ろ。」
今日はいろんなことがあったと僕は、歯を磨きながら思っていた。
僕は勘違いをしていた。神代さんは陽キャだからと毛嫌いしていたけれど、本当はとっても優しかった。僕は、オタク趣味を否定している人と同じことをしていたんだ。
「また今度、謝らないと。」
今まで、僕には「また」なんて言葉なかった。自然と頬が緩んだ。