モヤモヤ調査
「神代さん振られたらしいよ。」「そんなヒドイ振られ方したの?」
「だいたいあの子,調子に乗りすぎなのよ。」
どこに行っても,こんな噂が聞こえる。
朝の会から終わりの会まで,同じ噂。
多分,この後の放課後も同じ噂が歩き続けるのかもしれない。
もうこの空気には耐えられない。
もう今日は,帰ろう。
誰かに会うと,必ず例の噂を聞いてしまう気がしたので,僕は誰にも会わないように,気をつけながら,靴箱の前に行った。
ただ,会わないように気を付けても,会うときは会ってしまう。
そういうものだ。
「あ,立嶋...」
「あ,神代...さん...」
「もう噂,聞いてるよね...」
「......」
「自業自得なのかな...あんなひどいことしたんだもん。」
「......」
「...私だけいい思いしようなんて...ずるいよね。」
「......」
「でも,でも...」
泣いている。
僕でもわかる。
神代さんは泣いている。
でも神代さんはそれを悟られないように平静を装っている。
「ご,ごめんね。こんな話して,まだ怒ってるよね。」
「い,いy」
「じゃあね。ごめんね。」
神代さんは,そういうと勢いよく僕の前から離れていった。
神代さんは,強い。
僕よりも何倍も...
「あ,そうだ教科書,忘れた。取りに行こう。」
不意に忘れ物を思い出して,
教室に向かう際に,
偶然,通りかかった女子トイレで,誰かの泣き声が聞こえた。
その泣き声は,泣く我慢をすることをやめたように,
大きな...大きな泣き声だった。
僕はその泣き声が頭から離れなかった。
誰の声か分からないが,僕には確かに心当たりがあった。
忘れ物は本当に教科書だけだったのだろうか?
モヤモヤしたまま,歩き出した僕は通学路を外れて,いつの間にか河川敷に来ていた。
どうして,悩み事をしていると,大体の人が河川敷に来てしまうんだろう。
もしかして,河川敷は異世界の一種なのだろうか?
ただ,河川敷という異世界に導かれることが悩んでいることの証になるのなら,
僕は今,悩んでいるのだろう。
河川敷に座り込み,右手に木の棒を地面にこすりつけて,僕はモヤモヤの正体を考えていた。
どうして,僕はこんなにもモヤモヤしているんだろう。
なんとなくモヤモヤの原因はわかる。
神代さんが振られたことが関わっているのだろう。
ただ僕の中では神代さんを心配している自分がいた。
でも,そんなの嘘だ。
本当の僕は心配なんてしていなかった。
本当に心配しているなら,僕は,屋上でサッカー部の会話を聞いたときに,神代さんが傷つかないように行動することはできたはずだったんだ。
でも,僕はしなかった。できなかったんじゃなくしなかったんだ。
だから僕は神代さんが振られた時に,ホッとしたんだ。
嬉しかったんだ。
僕は神代さんが憎かったんだ。
いや,違う。
僕は自分が憎かったんだ。
神代さんの不幸を望みつつも,神代さんが不幸になることを悲しんでいる自分が憎いんだ。
自分はボッチで,陰キャだ。
だからこそ,友達と群れている陽キャとは違うと思っていた。
陽キャどもが,人の不幸をエサにして楽しんでいる。
人の不幸を望みつつも,表向きは心配しているそんな奴らが嫌いで,そんなやつらと僕は違うと思っていた。
でも,一緒だ。そんなやつらと違うと思い込みながらも結局同じクズだったんだ。
僕はただの醜くも無力な人間だったんだ。
それに気づかないフリをしている自分の状況にモヤモヤしていたんだ。
モヤモヤの原因に気付いた後も,僕は木の棒を地面にこすりつけていた。
それはいつの間にか小学生が書くような汚い絵みたいになっていた。
じゃあ,僕はどうすればよかったんだ。
モヤモヤの原因が分かったところで僕は何をしたらいいんだ。
頭の中では,トイレで聞こえた泣き声が響いていた。
「僕は...どうすれば...」
「おいおい。全く...世話のかかる野郎だな。もう気付いてるんだろ?」
どこからともなく声が聞こえる。振り向いても誰もいない。
「え?誰?誰なの?」
「おいおい。忘れちまったのか。」
声の主は,僕の目の前にいた。
僕の初めての友達だ。
「俺だよ。俺。ミッチェルだよ。」




