ほんのり萎む
い,いったい...あの人は何だったんだ。
いきなり僕に話しかけて,
「切符落としましたか」って言って,拾った切符をくれるなんて,
おまけに僕がなくしたものだし,
今時,あんないい人がいるんだな。
なんだか心があったくなった気がするよ。
あんまり知らなかったけど,人との関わりっていいものだな。
そういえば,あの人すんごい可愛かった。
なんか大人の雰囲気を漂わせながら,少しやんちゃな感じもあって,
あんな人と友達とか...彼女になれたらな。無理だけど。
連絡先は聞けなかったけど、まぁ、僕は満足だ。
ただ、あの一連の会話を思い出すだけで恥ずかしいよ。
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【「お礼がしたいんで,よかったら連絡先だけでも...」
「いや,私そんな大したことしてないから,連絡さきなんて,渡せないよ。(笑)」
「え,そ,そうですか...そうですよね。こんな怪しい人になんて...」
「あ,そ,そんなつもりじゃなかったの。ごめんね。」
「え!じゃあ,おしえてくれるんですか?」
「ん,んー。連絡先を渡すほどのことしてないけど,んー。そうだな。」
「じゃあ,一つだけ約束してくれる?それができたら,名前教えてあげる。」
「やる!やります!!」
「すごい元気だね。じゃあ,私が今回,あんたを助けたみたいに,あんたも誰か困っている人がいたら助けてあげて。約束できる?」
「はい!約束します!!」
「即答じゃん。偉いね。じゃあ,約束通りにするね。私の名前は,小桜桃だよ。また会えるといいね。もう切符落としちゃだめだよ。じゃあね。」】
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僕,食いつきすぎだよな。
こんなに僕って積極的だっけ...
多分,今まで以上に人との関わりを求めているのかもしれない。
でも,僕が今,求めているのは関りではなく,『異世界ミンティア』なのだ。
会場に行かなければ,
「行け!!僕は風だ!!」
(30分後)
「あ,は,はぁ,つ,ついたぁ。奇跡だ。10分前につくなんてぁ。」
しかし,会場は人でごったがえしになっていた。
こんなにも『異世界ミンティア』は人気作品なのかと思い,誇らしいけれど,少し,悔しかった。
とりあえず,場所を確保しないと...僕はただでさえ場所をとるから...
人ごみをかき分ける僕の姿はまるで,スクラムを組むラガーマンのようだろう。
日本お疲れ。
「ん,んしょ。す,すいません。あ,ごめんなさい。」
必死に,謝りながらもスクラムを組み続けたかいがあって僕は安息の地にたどり着くことができた。
日本お疲れ。
「ふぅー。残り,5分で始まるのか。もう観客も全員来たみたいだし,ポジションの変更もなさそうで,安心だな。」
いや,誰か来る。
表面張力が働いたコップのように,完璧なポジションになっていた集団が崩れていくのが分かる。
まさか,陽キャが来るのか。
考えてみたら,納得がいく。
『異世界ミンティア』にはまるやつなんて,だいたいが陰キャだ。そこに陽キャが来てみろ。
もうおしまいだ。全員食いつくされてしまう。
そりゃ、陰キャは食いつくされまいと逃げ回るはずだ。
頼む。僕の近くには来ないでくれ。
僕は,今日は上機嫌で帰りたいんだ。
僕の願いが通じたのか...それとも僕の陰キャオーラが強すぎたのか。
陽キャは僕の近くにはこなかったみたいだ。
でも,陽キャはオーラが違うから,
こんな闇の集団にまじると,陽キャのいるところだけ光って見えるんだよな。
さっきから,目線の端っこがすごいまぶしいし,発光っておかしいだろ。
でも,気になるどんな陽キャが『異世界ミンティア』を見に来ているのか。
ちょっとだけ,
ちょっとだけなら,
見てもいいかな。目線の先っぽだけなら...
いける。いけるぞ。先っぽだけなら。
(チラ...チラ...チラチラチラチラチラ!!)
思わず,2度どころか5度ぐらい見てしまったぞ。
なんで,あんなイケメンと美人がいるんだ。
そもそも,カップルなんかでくるんじゃねぇよ。
「大変,長らくお待たせしました。これより,『異世界にミンティアを持っていったら世界征服』のイベント「大阪でミンティアのイベントしたら世界征服」を行います。」
「うぉぉぉぉぉ!!はじまったぜぇ!!!待たせやがって!!フォォォォォオ!!」
一気にテンションはフルスロットルだ。
僕の色んな所が逆立っているのが分かる。
全身の毛は勿論,逆立ってやがる。
多分,周りのやつもみんな僕と同じテンションだろう。
フルスロットルの中,僕は一つだけ,心残りがあった。
(あのカップルの彼女の方,可愛かったな。イベントに集中したいし,最後に一回,見るか。)
(チラ...チラ...???)
あれ,なんかおかしいな。
(チラ...チラ...???)
やっぱり,おかしいな。なんか知ってるぞ。僕に陽キャの知り合いいたかな?
(チラ...チラチラチラチラチラ)
「あ!!!」
僕の目線の先っぽには,何度も見た彼女がいた。
ぉぉい。神代さぁん...
もう,全身が逆立ってはいなかった。
なんなら萎んでいた。




