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真実

開いた窓から風が吹き込む。

彼女の座っていたところについていた水滴もだんだんと乾いていくのがわかる。


何故か,彼女はもう立ち直っている気がした。

いや,そもそも落ち込んでなんかいないんじゃないかとすら思えてしまう。

彼女のことを憎いと思うよう努力しても思うことはできなかった。

かえってむなしくなるだけだし,むしろそんな自分が憎かった。


所詮,世の中は見えなくても階級で成り立っている。

一般市民と天皇の結婚が気軽にできるものか?

いや,そんなことはない。

僕は,舞い上がってしまった。


クラスでも,

いや,学校でも,ダントツで陰キャの僕が,

クラスの...

学校でも一番を争うようなマドンナと釣り合うわけがなかった。

天秤はいつでも彼女の方に傾いていた。

僕の方に傾くのは,体重だけだ。



落ち込みながらも,僕が部屋を片付けるために立ち上がり歩くたびに,


ドシン...ドシン...


なんだか笑ってしまいそうになる。僕は,ガン○ムか...

この状態を言葉にするなら,儚くも永久のカナシが一番しっくりくるだろう。


そんなしょうもないことを言っていると,少しだけ気が楽になった。

全く,ドシンドシンなんてしょうもない。


「ん??ドシンドシン??」


「ドシン...?ドシン...??」


「ドシ...?ドシ...?」


「トン...?トン...」


僕は,なんだかつい数十分前に空にモールス信号を送っていたことを思い出していた。


「そ,そうだ...空に呼ばれてたんだった...行かなくちゃ...」


少し気分が落ち着いたからといって,そんなにいつも通りに戻ったわけではない。

むしろ誰にも会いたくない。ましてや空には...


「でも,行かないと...約束したんだから...でも,なんていえば...」


おそるおそる僕は,妹の空のいる部屋の前に立った。

いつもは,空のドアの前には,掛札があって,『お兄ちゃん絶対に入るな』って書いてあるのに,

どうして今日は,何もかかっていないんだよ。

あいつ気まぐれか。


コンコン

コンコン

コンコン

コンコンコンコンコンコンコン


「うるさぁい!!もう何回やるのよ!!さっさと入ってよ!!」


「だ,だって...全然,返事がないから...」


「掛札見たら,分かるでしょ。入っていいのぐらい。」


掛札なんかで,入室していいか分かるわけがないだろう。

そんなやつライトノベルの鈍感を装った敏感系主人公だけだ。

そして,僕はいったい,どうしてここに呼ばれたんだろう。

できれば早くこの部屋から出たい。

できれば,誰にも会いたくなかった。

ましてや神代さんのことは触れてほしくない。


「ねぇ,お兄ちゃん。神代さんってもう帰ったの?」


これがフラグってやつか...いやでも数十分前のことを思い出してしまう。

ズボンについた涙のシミはもう乾こうとしているが,

僕の心の傷は,そんな簡単に治りそうにはなかった。


「あ,あぁ,帰ったよ。なんか...用事があるみたいで...」


嘘だ。

嘘なんだ。

僕は,空にじゃなく,自分に嘘をついている。

本当は,帰らせてしまったんだ。そう言いたい。でも,言えない自分の弱さが憎い。



「そ,そうなんだ。帰ったんだ。ふーん...」

空は,少し悩んだような顔をしていた。


「で,でも神代さんとは,ちゃんとお話ししたし,楽しそうにしていたし,ちゃんとお話ししたし,それにえーっと,えーっと...」


冷たいものが頬を伝っても僕は,話し続けた。

空には悟られたくなった。


「そ,そうだ。神代さんが空のことを可愛いって何度も言ってたよ。本当,困っちゃうよ。

それに,神代さん異世界ミンティアが本当に......す」


どうして、

どうしてこの後の言葉が出ないんだ。

嘘はもうたくさんついたのに...


どうして


どうして...


乾いていたズボンがまた濡れだす。



「神代さんがね...楽し...そうに」




「もういいよ。お兄ちゃん。」


「え?」



「もうそんな嘘つかなくていいよ。私,知ってるの。神代さんとお兄ちゃんがどうなったのか。」



「そ,空,知って,どうして...」


「もともとね。私は,気づいていたの。神代さんがお兄ちゃんを利用していることを。」


「え?空,何言ってるんだよ?嘘だろ?」


「ううん。嘘じゃないの。

初めは何も知らなかったんだけど,お兄ちゃんと服を買いに行ったときあったでしょ。

あの時,本屋さんに神代さんがいたの。

私が見た時は,サッカー部の先輩と電話しているみたいで,

しきりに異世界ミンティアのこと勉強したんで!って言ってたの。

でも,神代さんって異世界ミンティアの勉強をお兄ちゃんとしてるじゃない?

だから,おかしいなってずっと思ってたの。それで,今回のことで確信に変わったの。」


なんだか取り残された気分だ。

どうやら,真実を知らずに踊っていたのは僕だけだったみたいだ。


「なんでだよ。なんで,僕だけなんだよ。」



「はじめは言おうと思ってたの,でも,神代さんと会うことを楽しみにしているお兄ちゃんを見てたら言えなくて,それに...」


空は,何かを隠すように黙り込んだ。


まただ。

また僕だけが何も知らないんだ。

僕だけが一人で舞い上がる。みんなは真実を知っていて...


「なんだよ...なんだよ...なんなんだよ!!なんで,もっと早くに言ってくれなかったんだよ!!」


空は,驚いた様子だったが,僕は,そんなこと気にせず,

いや,気にする暇などなくただ感情に任せて言葉を殴りつけた。


「空が,もっと早くに言ってくれたら,僕はこんな目に合わなかったんだぞ!!

それかなんだ。

僕のことが嫌いなのか!!

僕が嫌いだから,僕が嫌いだから,

僕に恥をかかせるために黙ってたんだろ。

だから,そんなことができるんだ!!」



「うるさい!!!」


部屋中に響きわたる声,空の声だ。

空の大きい瞳,いっぱいに涙がたまっている。

言い過ぎたそうおもったころにはもう遅かった。

言葉は過去に戻ることはできない。いや,言葉じゃない人間は過去には戻れない。


「こっちの気も知らないで...お兄ちゃんのばか!!もうでてって!!」

空はそう言って,僕に色んなものを投げつけて,僕を部屋の外に追い出した。




妹の部屋は硬く閉ざされた扉のようで,

掛札はないのに僕の入室を否定されているような気がした。


そうだ。

すべて偽物だったんだ。

神代さんと出会って,

友達ができたと一人騒いで,

そして険悪だった空と仲良くなれたと一人喜んでいた。



全ては,僕の勘違いで偽物だったんだ。


僕は,ずっと一人だったんだ。


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