花火
花火が一度打ちあがったら、いつか空で弾けるように、
恋心も同じで、いつかは気持ちが溢れてしまう。
そして、その恋心は、今、まさに弾けようとしているのだ。
でも、今じゃない。
僕でも告白のタイミングぐらい考えることができる。
流石に、開幕早々に告白はできない。告白するなら神代さんが帰る間際にするべきだ。
たとえ酔っていても、その判断だけは誤るわけがないと思っている。
でも、怖い。
断られたらどうしよう。
やっぱり、やめようかな。
僕には...
「ねぇ。立嶋君、そろそろ、いつもみたいに小説のこと教えてよ。」
「そ、そうだね。いくよ。待ってね。すぐに準備するから。」
あれだけ、告白のことで頭がいっぱいになっていても、異世界ミンティアのことになると自分の頭のスイッチが切り替わる音が聞こえたような気がした。
こうなると僕は手を付けられない。
「じゃあ、最新刊が最近、出たんだけどね。僕は、改めて1巻から読み返すことにしたんだよ。」
「え、最新刊でてたの?それよりも1巻から読み返すってすご!」
「それでね。僕の好きな名シーンと名言があるんだけどね。聞いてほしいんだ。」
「え、いいの?ありがと。でも、その前に携帯のメモ機能だしていい?メモしたくて」
そう言うと神代さんは、かわいいリュックからいちごが描かれたスマートフォンを取り出し、対面に座っている僕には見えないようにスマートフォンを操作し始めた。
カチカチカチ
この音が時計の針の音なのか...それとも彼女の操作するスマートフォンの音なのか僕にはわからなかった。
ただ、真実に近づくことは幸せであり、不幸なことでもある。
知らぬが仏という言葉があるのは、そういうこともあるのだろう。
「ごめん。お待たせ。もう準備できたよ。」
「えーとね。まず一つ目の僕の好きなシーンなんだけどね。
主人公のタクヤが異世界に転生されて、初めて自分を優しく受け入れてくれた町があったでしょ?
あの町が偶然にもタクヤが隣町に行っている間に魔王軍に破壊されてしまって、大好きだったウー婆ちゃんが死んじゃって、自分の無力さを痛感したときに、どこからか現れた謎の少女、∞(インフィニティ)が主人公に行ったセリフが大好きなんだけど、覚えてる?」
「えーと...確か...なんかあれだよね。クヨクヨしてちゃいけないみたいな感じだったよね。」
「うーん。ザックリ言うとそんな感じだけど、
正解は『そこがつらい場所でも、幸せな場所でも立ち止まることはできない。大切なのは、1歩踏み出す勇気だ。』だよ。
もう、本当にしびれるよね。このセリフ!
その後の主人公がさ、涙を流しながらも、婆ちゃんと別れるために、お墓を作るシーンが泣けるんだよね。」
「なるほ...どね。1歩踏み出す勇気ね。」
カチカチカチという音が聞こえる。これは、神代さんがメモを取っている音だろう。
「うん。それで、他には他には!!」
彼女がそういうたびに、僕の心は勝手に踊りだす。
それがまるで空回りだとしても、頼りにされていることが嬉しかった。
「えーと、次はね。これも有名なんだけどね。
タクヤと、ずっと敵対していた魔王軍のDeがタクヤの前に現れるんだけど、すごいボロボロなの。
事情を聴くと、魔王軍に裏切られて、大切な仲間も魔王軍につかまって、自分は助けてくれる人を探すために逃げてきたみたいだったの。
そして、主人公に助けを求めたんだ。でも、タクヤの仲間は、敵の魔王軍を助けることは反対だったのに、タクヤはね、こういったんだ。『おれは、助ける。同情じゃない。俺がやりたいからやるんだ。心に嘘はつけない』って、もうかっこよすぎるよ!!」
カチカチカチ
「えーと、心に嘘はつけない...だね。このシーンって結構、好きな人少ない場所だよね。」
「うん。そうなんだけど、僕は本当に好きなんだよね。でも自分の心に嘘はつけないんだよ。」
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しまった。名言を引用してかっこつけてしまった。
つい、調子に乗ってしまった。
好きなことになるとしゃべりすぎるのが、僕の悪いところだ。
とりあえず、次にいくしかない。
カチカチカチ...
「あれ?神代さん。まだ、メモしてるの?なんか上の空な感じだけど...もしかして何をメモするのか忘れちゃった?」
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「そ、そうなの!なんか名場面だなって思ってたら、何をメモするのか忘れちゃって、ごめんね。」
「いや、いいんだよ。そうなる気持ちもよくわかるから、えーっとね。心に嘘はつけないだよ。」
どうして、上の空だったのか、とても気にはなるけど、聞くことはできなかった。
なんか自分に矛盾しているような気がして、モヤモヤした。
まだ酔っているのかな?
弱気な僕を肯定するかのように神代さんが「いいよ。」と声を返事をする。
「じゃあ、次のやつだね。これは、最新刊からのシーンなんだけど...」
僕はノートに書かれた次の内容をざっと見ることにした。
いや、引き付けられてしまったのかもしれない。
主人公のタクヤが、女性ヒロインの一人、サナとの友情を再認識するシーンだ。
でも、僕は、そのシーンの内容よりもそのシーンの名言から目を離せない。
僕が今、必死に探し求めている言葉がそこにはあった。
ふと、神代さんと目が合う。
何も言わずただお互いの目を見つめる。
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閉じていた口が開き始め、勝手に声を出していた。
「「あの...」」




