89.依頼をこなしていくよ
ともあれ、こうして俺にとって初めての冒険者としての活動が始まった。現場は冒険者組合のある所から20キロ以上離れているらしく、普通に言ったら往復だけで半日潰れてしまうとのことで、急遽組合備えの魔動車を貸してもらった。
何でも、この依頼用にあらかじめ確保しておいたのだとか……いい加減進めないとまずいっていう話は本当だったんだな。
「にしても、現場がこんなに遠いなんて思わなかったぜ。魔動車で1時間弱って、歩いたり馬車だったりじゃ今日中に帰って来れねえよ」
「それはサラさん、国境近くなんだからそれくらい距離もあるでしょう。そもそも泊りがけの依頼もそれなりにあるという話を聞きますが?」
「そういうのはキャンプなりで泊まれる場所が確保出来る状況だけだっつうの。店長は初めてだから知らねえだろうけど」
「そうですね、私も泊りがけは受けた事ありませんけど……トーゴさん、例えば私たちがここまで来るのに通った場所で、キャンプに向いているであろう場所ってどれくらいあったと思う?」
「え、ザガルバまでの道で? ……うーん、あれくらいだったら道から外れてれば大体大丈夫なんじゃないの?」
「ううん、むしろ逆。あの道でキャンプに向いているのは、盗賊が出たあの近辺だけなのよ。私たちの知るレベルで遊びのキャンプをするならともかく、野獣や魔獣にも気をつけなきゃいけないし飲み水の確保も優先課題だし……」
「ああ……なるほど」
考えてみれば、そうでなければあそこに盗賊が拠点を構えているわけもないか。まさかあれだけ広い中でキャンプに向いてるのがあそこだけとは思わなかったけど。
「だからさー、せっかく休業にするんだからエリナさんたちの魔動車を使わせてもらえればよかったんだよ。寝泊まり前提なんだから便利じゃねえか」
「そ、そんな、サラさん、失礼ですよ」
「というかアレ私たちの家なので……」
正直あんな俺たちの生活感あふれる魔動車でパーティーメンバー引き連れての依頼に出かけたくはない。まあ快適ではあるけど、あのキャンピングカーに4人も同時に入ったら絶対狭くなるしな。
俺たちは子供が出来たらその時はどこかに定住する時だと思ってるから、あれくらいの広さで生活していても特に文句はないけど……平たく言えばあれは仮住まいだ。当たり前と言えば当たり前だけど。
さて、そんな事よりもだ。
「採取するのは合計10か所、採取の仕方はある程度の深さまでの地層を採取器で筒状に……でしたっけ」
「ああ、乗り込む前に採取器は見たと思うけど、使い方分かるかい?」
「ええ、以前同じようなものを使ったことがあるので」
運転中なのでもう一度確認というわけにはいかないけど、組合の方で渡されたのは前世でも何かの機会に見た事のあるハンディタイプのボーリング機械だった。使い方に関しては……一応、生産スキルの方にそれに相当するものがあったのでごまかしも含めて何とかなるだろう。
とは言えそんなに大きいものではないためか、電動でも魔動でもなくハンドルねじ込みタイプの手動。こう考えるとステータスの差もさることながら、男手はやっぱり必要だったわけだななんて思ったりもする。
そして先端から半分くらいがドリルタイプになっているボーリングコアが10本。そこまで長いものではなく、これで掘った組成標本はそのままコアの中に入れた状態で提出してほしいとのことだった。
……まあ結構ドリルの部分鋭いし、下手に出そうとすると手を怪我しかねないからかななんて思っている。
「それで最初は国境付近からザガルバに近い方で採取するんですよね。トーゴさん、あとどのくらいかかるかな?」
「そうだねえ……まずは今から10分くらいの場所で条件に合うところを探そう。そこでまず5か所環境の違う場所で掘って、終わったらもう10分走って同じように条件に合う場所で残り5か所を掘るって感じかな。ですかね、サラさん」
「ああ、打ち合わせ通りだな。掘る条件も確認しておこうか」
出発前に伝えられた採取ポイント……というか、採取ポイントになりうる場所の条件は次の5パターンとのこと。
すなわち、
・周囲に障害物などのないだだっ広い草原
・山岳に存在するような硬い岩盤(スキルで軟化させて採取すべし)
・太陽光が入らないほど鬱蒼と茂った森林
・湖沼河川脇の粒子の細かい土壌
・水はけのいい砂場。了解を得られるのであれば砂主体の畑でもいい
の5パターンらしい。ぱっと見どう見ても近場で全部集まるとは思えないラインナップなんだけど――
『我が国とスヴェスダの国境地帯というのは、世界でも珍しいこれらの土壌が内包されている土地なんですよ。この辺りの地理をご存知なら、我が国の北側が山に囲まれている事もご存知ですね?』
『ええ、それ故に防衛の要所になるものの国境都市以外の人里はなかなか置く事が出来ないとも』
『その通りです。この辺りは山から出る湧き水が湖を作っていたり、それによる土や砂があったりで地形は豊富なのです。ただし元々がやせた土地なので、せいぜい芝生が生える程度なんですが』
なんて話を聞かされたあたり、本当にこれはここら辺で全部集まるんだろう。人が住みたがらないのも何となくわかる。
「さて、それじゃこの辺りで採取を始めるか……」
「うん、いいんじゃねえか。まずは草原の土ってこったな」
「いや、そこにむき出しになってる岩から始めます。草原の土は道からそれなりに離れた場所である必要があるから、近場としては岩の方が採取しやすいし」
「採取しやすいって……岩だぜ岩」
スキルを使って軟化させるって書いてあるし、そこは問題ないと思うけどな。
「それじゃ打ち合わせ通り、サラさんとエリナさんは俺が採取してる間周囲を見張っててください。クララさんは万が一誰か怪我した時に治療を」
「りょーかい」
「おっけー、トーゴさん」
「わ、分かりました」
言って、全員配置についたところで作業を始める。えーと、その前に軟化させるスキルを探して、と。
土壌軟化
これでいいのかな。何かこうしてスキルを探すの久々な気がする。……実際にはそうでもないかもしれないけど。
「さてと」
そうと決まれば早速採取だ。まずはボーリング機械とボーリンクコアを用意する。適度に安定した場所を選んで、キャップを外したコアの先端を当てて、当たった部分にだけ土壌軟化のスキルを適用する。
すると刃の当たる部分だけが少し沈み込むので、その状態で機械をセットして手動で掘削していく。ちなみに掘削の際、刃に当たると思われるところは常に注意深く軟化していく。でないと刃が欠けかねない。
コアの刃が完全に埋め込まれてもう少し進むと、パイプのように中空になっているコアの中に標本が入り込んでいるので、機械から出ていたアダプターをコアから外し、あらかじめコアに接続してあったアンカーと機械のワイヤーを繋いで、滑車の原理でコアを引き抜いていく。
最後に再び先端にキャップをセットして出来上がり。その際キャップと刃の両方とも手を触れないように注意をしながら……と。
「はい、1本終わり。それじゃ次はサラさんの言った通り草原の土だね」
「もう終わった……だと……夫婦揃って何なんだ……」
……サラさんにとって俺とエリナさんの存在って何なんだろうかと、ちょっとばかり興味が湧いてきたな……
相変わらずの生産エキスパートでございます。まあでも前にも土壌改良やってトロリ草採取とかやってたし多少はね?
そしてこんなところでボーリング調査をやることになるとは思ってなかったであろうトーゴさん。ちなみに彼にはボーリング経験ございません。ただ単に映像か何かで見ただけです。それで出来るのも凄い話だけど。
次回更新は05/31の予定です!