79.意外なところで意外なつながりがあったよ
エリナさんが冒険者としての仕事をしている間、昼食休憩を終えた俺は再び店先に……というか屋台に立っていた。この街でも焼き菓子の売れ行きは好調で、休憩中も軽い行列が出来てしまって早めに店を再開させざるを得なかったくらいだ。
……それにしてもここの人たちといいマジェリアの人たちといい、この世界の人たちはみんな行儀がいいな。
特にベビーカステラの売れ行きがいい。俺としては正直助かるな、これだったらカボチャのタルトと違ってどこでも材料が調達出来るから、材料不足でその国そのもので店じまいになることがまずない。それでも生地を何度か追加で作る必要はあったけど、
そんな中、お客さんのひとりが新商品を今ここで食べたいとおっしゃる。本当は食べる場所も確保出来ていないことだし、明後日以降提供開始するつもりだったんだけど……何かやたらと気に入られたみたいで、結局ひとつだけ前倒しで売ることになった。
「……うん、やはり美味しいですね。この黄色の……何といいましたか」
「クレームブリュレですね」
「そう、クレームブリュレ。こってりしてるのに甘さがしつこくなくて、滑らかな舌触りで……レモングラスティーによく合いますね」
反応はダンジュよりブリュレの方がいいか……ちなみにレモングラスティーも本来出すはずじゃなかったんだけど、そこはしょうがないか。
というか今日の反応を見るに、明日からそれなりの量を売り出してもいい気がするけど……いや、そこは少し我慢か。
「このクレームダンジュっていうのも美味しいですけど、これはどちらかと言うと妹の方が好きな味ですね。街で売られているケーキはどうにも重いのが多いと、事あるごとにこぼしていましたから……」
「妹さんがいらっしゃるんですね」
「ええ、冒険者組合に参加していまして……回復魔法が得意なので後方支援を担当しているんです」
冒険者組合に参加、ってことは冒険者なのか。もしかしてエリナさんと会ってたりして……いや、そんな偶然はないか。
「クレームダンジュの方は、ピーチリーフティーのような爽やかで甘い香りの強いお茶が合いそうですね」
「ピーチリーフ?」
「ご存じありませんか? その名の通り桃の香りがする少し厚手の葉なんですけどね、炒って乾燥させると香りが強くなって、お茶にすると桃色も香りもよく出るんですよ」
「マジェリアから来たばかりなもので……それ、専売公社の支店で売ってます?」
「ええ、レモングラスやラベンダーと同じくらい一般的なハーブなので、どこの支店でも売られていると思いますけど」
……なるほど、やっぱりハーブにも前世にないものがあるということか。ピーチリーフなんて聞いたことないし……酸味がなさそうな分ハイビスカスなんかよりもお菓子に合わせやすいのかな。
もともとクレームダンジュはラズベリーソースつけて食べるし、なるほど面白そうな組み合わせではある、かな。
「クレームブリュレとクレームダンジュは、いつ頃売り出すんですか?」
「明後日にもと思っています。何分足の早い生菓子なもので、今日明日で反応を見てからと思ったんですが……心配はなさそうですね」
「ええ、そうですね。持ち帰りはなしという話でしたが」
「さっきも言った通り足が早いのと、ココットが結構費用かさむんですよ。なので、店頭で召し上がっていただくしか出来ないかなと」
「そうですか、仕方ありません……では明後日以降発売したら妹と一緒にこちらに頂きにまいりますね」
「よろしくお願いします」
……うん、これなら材料は相当量仕入れてもよさそうだな。それより折り畳みの椅子やテーブルはどうしようか……いや、不可視インベントリがあるからある程度はかさんでも大丈夫だけど。明日公務オフィスで家具とか売ってる場所も教えてもらうか。
「楽しみです。……最近は冒険者組合でも駆除討伐系の依頼が多くなっているようで、妹もよく疲れて帰ってきたりするので」
「そうなんですか?」
「ええ、何でもここから北に少し離れた場所で何かあったようで。……と言っても国境をひとつかふたつほど越えた辺りでの出来事のようで、この辺りは被害としてはまだ少ない方らしいですけど」
「へえ……」
北に越境、ということはスヴェスダかジェルマ辺りか……? でも報道センター発行の新聞にもそれらしいことは書いてなかったな。情報が遅いだけか、それとも統制されているのか……
「おかげで冒険者組合に置いてある魔動車が足りなくなっちゃって、近郊の依頼に関してはスピードの遅い馬車を使うように言われたって、憂鬱そうに言ってましたね。まあ妹は等級も4と決して高くはないんですけど」
「はあ、魔動車もそれなりに多いので馬車なんかないかと思ってましたけど、そんなこともないんですね」
「一応、緊急事態に備えて用意はしてるらしいですね。……まさか依頼が増えすぎて使うことになろうとは、組合の人たちも予想だにしなかったでしょうけど」
それは俺も思う。……ともあれ、これで結構色々と情報は聞けた。どれも状況証拠にしかならない話ばかりだけど、ひとつだけ言えるのは、北の国境付近で起こっていることがどうにも無視出来ない規模になっているということか。
ん? そう言えばひとつ気になることが。
「あー、ええと、お客さんのお名前……」
「私ですか? サンドラですけど」
「サンドラさん、この辺りで馬車で行けるレベルの郊外ってどこも人があまり住んでなかったりするんですか? マジェリアから来る時も、ブドパスに比べてザガルバの方が街の境界がはっきりしていたような気がするんですが」
「ええ、特に冒険者組合の建物はザガルバの中でも中心部から外れていますので、そこから馬車で1、2時間ほど行けばもう人家はポツポツしかありませんね。それがどうかしましたか?」
「ああいえ、ちょっと気になっただけです」
そうか、やっぱりそんな感じなのか。となると、人家がポツポツある程度の場所に駆除討伐系の依頼が頻発するくらいには、野生の動物か、はたまた魔獣が下りて来ているということになるわけだ。
ああいう動物というのは、基本的に人間がいる場所にはなかなか近づいて行かない。街に野生生物が現れてニュースになるのは、それが本来あり得ない異常事態だからだ。それが魔獣なら、おそらくはもっと顕著だろう。
もっとも野生の動物や魔獣、はたまた飼い馴らした動物を誰かがけしかけているというのであれば話は別だけど、討伐されるリスクや現状の規模を考えるとそれもちょっと考えにくい。
となると、それらの野生のものが何かから逃げた結果、郊外に駆除討伐系依頼が頻発しているということになるわけだけど――国境に一体何がある?
「……あら、もうこんな時間。そろそろ帰らないと、妹が帰ってくるまでに夕飯が作れなくなってしまいます」
「え? ああ、本当ですね……ではまた明日か明後日、クレームブリュレとクレームダンジュを売り出す際にはよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ楽しみにしております――」
「――ただいまー、トーゴさん」
そろそろ俺も店じまいか、と思ったところで、うちの奥さんも帰って来た。
「エリナさん、おかえりー。どうだった?」
「うん、初日にしては結構おいしかったわよ。4人パーティーで等分しても達成報酬が40500クンだったわ」
「おおう、結構いい収入だねそれは……」
日本円にして81万円、物価水準も考えるとその倍くらいか……1日で稼いでいい金額じゃない、一体何を狩ってきたんだ?
「で、色々お話ししたいと思ったから今日のパーティーメンバーを連れてきちゃったけど……大丈夫?」
「ああ、そろそろ店じまいと思ってたところだったから――」
なんて話していた時だった。
「……え、姉さん、どうしてここに?」
「あら、クララ。今日は随分と早かったのね。ちょっとここのケーキを食べながら店主さんとお話をしていたのだけど」
うん、何となくそんな予感はしてたんだよね……
つくづく思うけど、フラグっていうのは本当に回収されるためにあるんだなあ。
フラグっていうのは回収されるためにある、けだし至言である(
というのに目を奪われつつも徐々に状況が明らかになって来たかな?
明日COMIC1☆15にAxiaBridgeでサークル参加します。スペースはF09a。よろしくお願いします。
次回更新は05/01の予定です!