78.冒険者の噂話を聞いてみる
まあ自己紹介段階で何のかんのとありつつも、取り敢えず依頼を達成するべく装備や持ち物を整えて郊外へ向かうことにした。と言っても私は特に揃える装備もないし、他のメンバーにしてもそこまでの余裕はなさそうだったので大した買い物はしてないけど。
問題の現場は組合の建物から馬車で片道2時間ほどだそうで……その間に色々とパーティー内で話をしてみることにした。
「へー、マジェリアから。あたしマジェリアには行ったことないんだよなー。どんなとこなんだ?」
「そうですね……蜂蜜が安くておいしくて、公衆浴場が多いです。住むのにストレスはそうないと思いますよ」
「公衆浴場か。話には聞いたことあるけど、この国にはまずないやつだな。ジェルマやスティビア、エスタリスの端っこの方にはあるみたいな話を聞いたことがあるけど。実際どうなの、ああいうの」
「アレがあるのとないのとでは天国と地獄ぐらいこの世界が違いますね」
「そこまで言うか……ちょっと行ってみたくなってきたな」
「皆さんはずっとこのウルバスクに?」
「あたしとクララはそうだけど、マルタは……」
「僕はスヴェスダから来たんだ。僕の国は昔から攻撃魔法が重視される傾向にあってね……ただこっちの方が冒険者への依頼は多いから、ある程度の実力になるまで修行の旅に出されるんだよ」
「なるほど、ということはマルタさんも?」
「うん、まあ、そうなんだけど……なかなかに伸び悩んでいてね……まあ今は地道にやって実力をつけていくしかないかなって」
「そうですか……」
「そういう意味じゃ一番穏当なのはクララだな、ザガルバ出身だから」
「サ、サラさんは殺伐とし過ぎです! あ、いえ、その……」
「どういうことですか?」
「あたしもクララもこの国ではあるけど、街は違うんだ。クララはザガルバ、あたしは南部のドバルバツ。ザガルバは特色もないけど穏やかな街で、色々な宗教の寺院や教会がある関係上、回復魔法が強い連中が多いんだ」
「で、ドバルバツは……」
「ドバルバツは観光地でもあるけど、複雑な国境地帯でもあることから市民には皆兵制度を敷いていてな。何かしら戦場で役立つスキルを求められるんだよ」
それが戦闘であれ回復であれな、とサラさんは言う。なるほど、言われてみればドバルバツも陸と海で他の国に囲まれてる状況だしね……
なんて話をしているうちに、問題の場所に到着。状況は……うん、閑静な住宅地の奥に山というか丘? があって、いかにも猪とかいそうな林が広がってる感じかな。
「さてと、ワイルドボアだけど……全員特徴は分かってるな?」
「うん、突進力が強くて牙が鋭いから、真正面からぶつかるのはご法度。群れは作らず散発的にかかってくるから、数が多くても各個撃破を心がけること!」
「それと普段はほぼ夜行性だけど、上位種がいる場合は昼行性メインになるってのも追加な。つまり今、この時にもワイルドボアが出てくる可能性がある。上位種が出てきた時は全員で対処すること、いいな?」
「はい」
「は、はい!」
サラさんは流石に年長者だけあって、こういうのに慣れてるわね。パーティーリーダーとしての統率力っていうのかな。……それにしてもワイルドボアって要するに野生の猪なわけで、前世の猪と違うところは特になさそう。
上位種がいる場合は昼行性メインになるってところが少しひっかかるけど。つまり今この場にワイルドボアが現れたら、上位種がいる可能性が高いってことか……
「あ、それとワイルドボアはなるべく傷つけないように。素材は状態が良ければよいほど売値が高くなるからな!」
「は、はい。頑張ります」
「いや、クララは後ろに下がって索敵と援護を頑張ってくれ……」
「そ、そうですね、あはは……っ!?」
突然、クララさんが顔をこわばらせて周囲を見渡す。……もしかしてこの子、ずっと索敵を使ってた? それともパッシブ? 私は索敵のスキル持ってないからよく分からないな。習得した方がいいのかも。
「見つけたか、クララ?」
「はいっ、半径200メートル以内に、10体……でも、ちょっとおかしいです……」
「その数が出てるってことは上位種ほぼ確定だな……にしてもおかしい? 何が?」
「あの、ひとつひとつの反応が、大きいんです。しかも、全部、こっちを向いてるような……」
……え、ちょっと待って。それってつまり。
「っ、マルタさん!!」
「え――」
クララさんはそう叫ぶと、少し離れた所に立っていたマルタさんを突き飛ばして――って、何考えてるの! 身代わりなんて許さないわよ!!
「ロックショット!!」
「ピギャ――……!」
「どいてサラさん!」
「ふえ? うおっ!?」
すぐ隣にいたサラさんを横に突き飛ばして、その勢いのまま、タックルをキメようとしてきたもう1体のワイルドボアの眉間に長脇差を突き立てる。一瞬動きが止まったのを確認して思いっきり下に振り抜くと、ワイルドボアはその場で横に倒れて動かなくなった。
「皆さん大丈夫?」
「お、おお……助かったよエリナさん。強いんだな、あんた……」
皆奇襲された割には落ち着いてるみたいね。それにしてもワイルドボアにしては随分と統率が取れてるみたいだけど……それにさっき駆除したワイルドボアも2頭ともだいぶ大型だけど、どういう事なのかしら?
「……っ!? これ、ワイルドボアじゃありません! クラッシュボアです!!」
「げ、マジか……上位種としか聞いてないぞ」
「クラッシュボア?」
「ワイルドボア、というより猪系の最上位種の一角です。皮膚が硬くて物理攻撃が効きにくい上に氷系の魔法もほぼ効かない、さらに突進力が強くてタックルをまともに食らえば1等級の装備でも大怪我する可能性がある、と……」
「え、でもさっきエリナさん、思いっきり眉間に剣を突き立ててなかったか」
「そうなんです、そうなんですよ! 本来そういう討伐の仕方はあり得ないんです! それに私を助けてくれた……ロックショット、ですか? あれだって本来だったら効くかどうか!」
「あり得ないと言われても……」
一直線に走る獣の場合、横からの攻撃に弱い事が多いのは前世でも同じだったし……脇差を突き立てた件にしても眉間が弱点って知らないパターンなのかしら? それともそこが弱点と知っていてなおあり得ないって話になってるのかしら。
「とにかく、皮膚が厚くて硬くて物理攻撃が効きにくいってことですね。質問なのですけど、クラッシュボアは素材としてはどうなんですか?」
「え……クラッシュボアは、それこそ、皮から肉から骨から、捨てるところのない優秀な獲物だと……ただ、討伐が大変なので、あまり素材の出回りも、討伐報告も、されないんですけど」
「なるほど、ということはそれなりに状態が良ければ……さっき私がやったレベルなら高値で引き取ってくれそうと」
なるほどなるほどー。それはいいこと聞いたかもしれないわ。
「……あの、エリナさん? 無理はしなくてもいいんだよ? そもそもこんなクラッシュボア出るなんてあたしたち知らなかった訳だしさ……」
「と言っても、もう囲まれてますけど……半径100メートルの範囲内に、おそらくクラッシュボアが8頭います」
「……神は死んだ……あたしたちも死にそう……」
「そうかしら? 私はそう思いませんけど」
何しろ今の1回で、何となくではあるもののクラッシュボアとやらの実力は分かったわけだし……それに統率が取れてて密集状態なら、こんなに都合のいい事はない。
「隙を見て逃げる算段立てた方がいいとあたしは思うけど……できるなら」
「……それもそうですね。取り敢えず私が隙を作りますので、皆さん逃げてくださいますか?」
「エリナさん!? そんな、今日会ったばかりの人に殿なんか任せられな――」
「サンダーショット!!」
サラさんがぐだぐだ言ってる間に、クララさんの指し示した方に向けて魔法を放つ。バシーーン!! という轟音と共に閃光ひとつ、何やら遠くで固まっている場所に落ちる。
呆然としているクララさんに反応の消失を確認してもらった後、念のため近づいてみると、先程と同じ大きさの猪が固まってピクリとも動かない。とはいえ起き上がられても面倒なので、1体1体ちゃんと止めは忘れず刺していく。
それにしても、この手の電撃系魔法は周囲にも連鎖的に影響を及ぼすのが特徴だけど……初めて使ってみたけど思った以上に使い勝手いいわね、これ。
「さて、ご覧の通り隙が出来たので今のうちに逃げましょうか……サラさん?」
「……いや、それ隙がどうのってレベルじゃないから!!」
うん、知ってた。言ってみただけですよ……うん。
ぅゎエリナさんっょぃ(
実はステータス上はトーゴさんも同じくらい出来るはずなんですけど何だこの化け物夫婦。
次回更新は04/28の予定です!