73.色々と思いついたよ
店内はそこそこお客さんで賑わっている。……まあ、好みの問題はともかくとしてとんでもないものを出す店ではなさそうだ。バイロディンで食べたものも重くはあっても美味しかったし、率直に期待できるかな。
思いの外早く席に座れた俺たちは、メニューから適当にパスタとピッツァ、それとハーブティーを注文。炭水化物多めなのは……まあ、お試しってことで。
「それにしても、やっぱりこの国でお茶と言えばどこに入ってもハーブティーなんだね」
「そうね、流石専売対象にしてるだけはあるというか……」
逆にマジェリアであれだけ飲んでた麦茶は全く、そう全く見当たらない。さっき俺が新聞を読んでたカフェでもそれは同じだった。もしかして、国によって育ててる麦が違うのかな……
アルコールはというと、こちらはビールとワインが多い。マジェリアではワインとミード、それと蜂蜜の蒸留酒が多かったように思う。……まあどっちにしても飲む習慣はほぼなかったからいいんだけど、そこら辺はお国柄かな。
でも麦茶が全く見当たらないのにビールはあるってのがまたおかしな話だ。ハーブティーもあるし、大麦を麦茶にするくらいならビールにしてしまえっていう感覚なんだろうか……?
「でもハーブティーも美味しいけどね。これまで飲んだのは、えーと……」
「レモングラス、カモミール、ラベンダー?」
「そうそう……この分だとタイムやペパーミントは言うに及ばず、ハイビスカスとかもありそうで怖いわね……」
「レモングラスが売られてる国だしねえ。……やっぱり南の方で収穫されるのかね」
まあ圧倒的に料理に使うハーブが多いんだろうと思うけど。
「お待たせしましたー、こちらレモングラスティーです」
……なんて話をしているうちに、食前のお茶が来た。ひと口含むと、変わらず爽やかな風味が口の中に広がって心地よい。麦茶の気軽に飲める感じもよかったけど、このいかにも体にいいものを飲んでる感覚もいい。
……しかし、それにしても……
「トーゴさん、もしかしてだけど、ハーブティーで考え事してるでしょ」
「うん、まあね……」
「多分私と同じこと考えてると思うわよ?」
「そうなの? ……本当にそうだったらすごいというか、絶対実現したいけど」
「うんうん、せーので一緒に言ってみる?」
「いいよー。んじゃ、せーのっ」
「「アイスのハイビスカスティー、作ったら売れるんじゃないかな」」
……一言一句一致とか逆に怖くなってくるんですけど。愛ゆえにーとか言い出されたらより怖いんですけどエリナさん。
「んー、やっぱりそう思う? 思うわよね? だって夏場に飲めるハーブティーって絶対限られてると思うもの、見たところ冷たい飲み物ってジュースか水かアルコールくらいしかなさそうだし」
「……まあ、メニューを見る限りではそうかもしれないけどね」
ここに来るまでの間に見た感じだと、冷たいハーブティーなんかどこにも売っていない感じだった。これから暑くなっていく関係上、季節限定メニューでもいい加減出てておかしくないはずなのに。
「でも問題なのは、ハイビスカスどころかアイスティーにして合うようなハーブがこの国で売られているかどうか分からないって点だよね」
「うぐ」
そう、そこが結局問題なのだ。もっとも実際のところこれに関しては、いろいろと解決方法があるのでそこまで重要視してるわけじゃない。
あともうひとつの懸念は、やっぱりこの国の食文化がどれくらい保守的かって点かな……新しいものを受け入れようとしない層は一定以上いるのが当たり前だけど、その一定以上がどのくらいかによって成功するか失敗するかが分かれるんだよね。
「その点は特に問題ないんじゃないかしら」
エリナさんは、しかし、自信満々に……というか何の気なしにそう言う。
「そう思う?」
「うん、まあ売り方にもよると思うけどね……一度流れさえできれば、トーゴさんの作ったものならずっと売れてくれるはずだわ」
「ありがとう。とはいえ買いかぶりのような気もするけどね」
「買いかぶりじゃないわよ、もう……」
いやどうだろう、レニさんもエリナさんもめっちゃ評価してくれたけど、ここの人の口に合うかどうかがそもそも分からない。意外と味の好みってその土地その土地で結構はっきり出るものなんだよな。
っていうか、それを確認するために俺たちはこうして食事に来てるんだけど。……デートではあるけど、うん、それも理由の一端だ。
「っていうか、ハーブティーはあまり飲み過ぎないようにしないとね。この後近くでケーキも食べるんだし、お茶だけでおなかタプタプになるような真似だけはよしておきたい」
「分かってるわ、ここではこの……ポットひとつだけね」
……しかし凄いよな。ここのハーブティー、カップごとでなくてポットごとでの注文なんだから。ひとりで来る人とか絶対ハーブティー飲めないじゃん。
「お待たせしました。カルボナーラパスタとアラビアータパスタ、ピッツァカプリチョーザをお持ちしました」
まあ、何はともあれまずは食事にしますか。
……1時間後。
レストランから出てきた俺たちふたりは、次の目的である食後のデザートのために近くのカフェに来ていた。
ちなみに料理は普通だった。とことん普通だった。その代わり値段も30クンとか40クンとか普通の値段だったからよかったけど。……そう言えばここにきてそれなりに長い時間を過ごしたからか、今の値段設定に疑問を抱かなくなったな。物価水準的にはマジェリアとそう変わらない、か。
「さてと、ケーキ、ケーキっ……」
「エリナさん、甘いもの好きだよね」
「もちろん! 甘いものは別腹って前世でも言ってたでしょ?」
「それって日本だけじゃなくてフィンランドにもある言葉なの?」
「……どうなんだろうね、私はマンガやラノベで知ってから使ってるだけだし」
それは紛れもなく日本語ってことだよな……? でも甘いものは別腹って医学的にも証明されてるものらしいし、そういう言葉が他の国にあってもおかしくないと思うんだけど……いやいやいやいや、少し脱線し過ぎた。
「それにしてもここのケーキって……」
「ん、何かおかしいところでもある?」
「いや、何か随分重そうなのばっかりだなと思ってさ……」
言いつつショーケースの中身を吟味する。……取り敢えずベイクドチーズケーキをもらうとしようかな。あとカモミールティー。エリナさんの方は……ロールケーキとレモングラスか。
パッと見た感じショーケースの中身はは目立つもので……フレジエ、ロールケーキ、ベイクドチーズケーキとか、まあそんな感じの品揃えだ。
ちなみにフレジエというのはイチゴのケーキ。そう言うと日本人的にはショートケーキを思い浮かべるし、実際日本のショートケーキの元になったもののひとつって説もあるくらいなんだけど……実はこのケーキ、ショートケーキと決定的に違う点がひとつある。
それは、ホイップ生クリームを使用しない点。
このケーキに使われているのはムースリーヌクリーム、もしくはバタークリーム。ムースリーヌというのはカスタードにバターを加えたもので、いずれにしてもバターを結構使っている。ここの店のは……見た感じだとバタークリームっぽいな。
で、ロールケーキもバタークリームが使われている。他のクリーム系も大体同じような感じで、生クリームを使っているものがひとつとしてない。
つまり、軽いケーキが存在しない可能性が結構高いということだ。となると……
「トーゴさん、何か思いついたでしょ」
「え、何で?」
「だってトーゴさん、思いついた時の笑顔だもん」
……よく見てるなあエリナさん、流石俺の自慢の嫁さん。
さて、気づいてくれたところで色々準備に取り掛かるとしますか。エリナさんの協力も必要になるしね……!
街歩きで商売のアイデアが思いつくのは当たり前だよなぁ?(錯乱
というかですね、本当に生クリームが少ないんですよ……
次回更新は04/13の予定です!