72.夫婦そろってデートだよ
「それはともかく、アイスクリームを作れるだけの冷凍冷蔵技術があるってんなら俺たちもその恩恵にあずかれるってことだな。屋台に積めるくらいの小型の冷蔵庫があれば、自分たちの食事の保存も聞くし売るものの幅も広がるしでいいことづくめだ」
「それは確かに欲しいところね! ……でも、選択肢は増えても売れるものが作れるかどうかは分からないんじゃ……」
「その辺りはこれから考える。というわけでデートとしゃれこもうか、エリナさん」
「えっ、デート?」
「うん、そろそろお昼も近いし。色々店に入ってみて、お昼になったらレストランで食事をして、好きなケーキでお茶をして……ほら、デートだ」
「うん……うん、いいわね!」
よし、決まり。俺は新聞を畳んで、ハーブティーを飲み干しエリナさんと共に店を……というよりテラスを出る。もちろん純粋なデートになるわけはないし、それはエリナさんも重々承知だろうけど、まあ気の持ちようというやつだ。
取り敢えずは広場前のマーケットで、何が売ってるか見てみることにする。ぱっと見だけど、保存のきく食料品が広場の外で売られていて、広場奥のやたら大きい建物では福やら何やら売っているみたいだ。
保存のきく食料品、というのはもちろん専売対象以外の品であり、つまりナッツ類だったり蜂蜜だったり。ちなみに蜂蜜はここウルバスクでは専売対象にはなっていない。あまり生産量が多くないからか……? ただここに売っていない糖蜜については、トウモロコシから精製できることを考えるとマジェリアよりは安そうだ。
「その分蜂蜜は流石にマジェリアより高いね……ええと、500グラムで100クン……え、倍もするの!?」
「凄いわよね……ただ糖蜜メインだとボツリヌスとかの心配しなくていい分、子供向けの甘味に関しては幅が広そうだけど」
「それもそうだし糖蜜の方が味に癖がないしね……それはともかく、ここの蜂蜜もひとつ買ってみようか」
「そうね、それで食べ比べるのもいいかも」
というか完全にそれが目的なんだけどな……
さて、次は広場奥の建物の中だ。ウインドウショッピングもできるくらい表にはたくさんの服やら靴やら帽子やらが置いてあったけど、はてさて……
「わ、凄い! トーゴさん、ここ自動ドアよ!」
「観音開きタイプの自動ドア化……魔道具でやってるのかな? こうしてみると、いよいよ魔道具が電化製品っぽく思えてきたぞ」
実際には剣の柄に仕込んだり服に仕込んだりで電化製品よりも使える幅は広いけど。もうここまでくるとこのウルバスクが魔導国家に思えてくる……しかし、そんな形容をした本は製本ギルドにもなかった。どちらかというとエスタリスがそう呼ばれていたような。
……何かその辺の情報の齟齬が気になるな。幾らマジェリア国内での情報伝播がウルバスクに比べて遅いと言っても、そんなに差が出るものなのか? ……今日の報告の時にちょっと確認してみるか。
それはともかく、今は服の確認である。
売られている服は……デザイン的にはマジェリアより若干華やかかな? ギオズリさんとこほど前世に寄ってる感じではないけど、古臭さは若干薄れている気がする。
値段は……うん、こっちはマジェリアと変わらないか。基本的に綿やら麻やらで作られているものは、この一帯ではそこまで値段に変わりはないのかもしれない。国境都市でもそんなに多く取引されているわけでもないし、国内で過不足な流通している程度の生産量だからか……?
となると後は品質だけど――
「……うーん……」
「縫製はいいけど、生地は微妙……よね……」
いや、平均的には多分マジェリアと同じかやや高いくらいなんだけど……どうにもここだけを見た感じだと、平均的に過ぎると思う。安物も高いものも、どれをとっても品質がそう変わらないのだ。
だから、こういう場で売られているものとしては生地の品質が微妙……というエリナさんみたいな感想になるわけである。
まあ考えようによってはいつでもどこでも同じ生地が手に入るということだから、国民生活的には平等この上ないのかもしれないけど。
「売ってるのは綿製品、麻製品、それと……革もある? でもネストドラゴンの脱皮殻は流石にないか……」
なんて話をしていると、耳聡い店員さんがこちらに近付いて言う。
「いらっしゃいませ。お客様は当店初めてでいらっしゃいますか?」
「ええ、昨日バイロディン経由で初めてウルバスクに入国しまして。まだこの国の事とかよく分かっていないので、取り敢えず大きいお店でどういったものが売られているのか確認しつつ……ってところですかね」
「なるほど、マジェリアからいらしたと。でしたらネストドラゴンの脱皮殻という単語が出てくるのも納得でございます。
ここウルバスクではネストドラゴン等特殊大型爬虫類の脱皮殻は防具以外では使用しませんので、武器商店でのみの取り扱いとなります。その関係上、服飾に使用される皮革は全て牛革となっております」
「ああ、なるほど、それで……」
そう言えば何も考えずにネストドラゴンって言ってたけど、他のドラゴンだって当然いておかしくないんだよな……特殊大型爬虫類ね、なるほどなるほど。
「革製品でしたらこちらの上着はいかがでしょうか。これからのシーズン暑くなっていく関係上、こういった冬物については在庫処分でお安くさせて頂いています。
ウルバスク北部にあたるここザガルバでは冬冷え込みますし、今からのご用意で損はないかと」
「そうですね……」
値段を見ると500クン、確かにお買い得はお買い得だけど……俺はともかくエリナさんはどうだろう。
「いいんじゃない? 1着ずつ程度なら私も欲しかったところだし」
「……それじゃ男物と女物を1着ずつ……」
何かうまく営業されたような気がするけど、気にしてはいけない気が凄くする。だから気にしないことにしよう、そうしよう。
その後もセールストークをキメようとする店員さんに挨拶して店を出ると、少しばかりおなかがすいてきた。……もういい時間か、お昼にでもしよう。
「さてと……エリナさん、お昼にしようと思うんだけど何か食べたいものある?」
「うーん、そうねえ……」
エリナさんはちょっとだけ考えるそぶりを見せると、いかにもひらめいたように答えてくれた。
「パスタ、と……ピッツァが食べたいわね。さっき歩いてた時にちょうどよさそうなレストランを見つけてね? 近くにカフェらしきところもあったし、後でお茶することも考えるとちょうどいいかなって思うんだけど」
「へえ……」
なるほど、確かにそれはいいかもしれない。そう言えばウルバスク料理はスティビア料理に共通するものも多いって何かで読んだな。となると、パスタにピッツァってのもウルバスク料理に該当するのかもしれない。
うん、決めた。そこにしよう。
「それじゃエリナさん案内してくれる?」
「うん、でも結構近場よ?」
「あ、そうなんだ?」
「うん、広場に面した大通りを東に歩いて2分くらいかな?」
近場ってレベルじゃないなそれは。
「ほら、あそこにテラス席があるの見える? 赤いひさしがかかってるところ。あそこよあそこ」
「マジで近場だな。それはともかく……なるほど、確かにパスタとピッツァだ」
見ただけで分かる、看板に描かれたパスタとピッツァ。テラス席に座ったお客さんが食べているのも、大体がイタリアン……もとい、スティビア料理っぽいものばかりだ。ただ魚介類は少ない気がする。
まあでも結構お客さん入ってるし、そんなにまずいってことはなさそうだ。
「それじゃトーゴさん、お先にどうぞ」
「え、レディーファースト的にはエリナさんの方が先じゃ」
「ジェンダーバイアスは良くないわよトーゴさん」
「本音は?」
「店員さんに言葉が通じる気がしないのでその方面はお願いします」
「はい、お願いされました」
まあ、至極当然の反応だよね、うん。ジェルマ語だけじゃエリナさんも不安かな……いやいや、そんなにいくつも覚えたところで意味はそんなにないし、そもそも覚えられるかどうかが既に問題か。
そう言えばエリナさん、言語把握初級とかとってたけどそれ関係でどうにかならないかな……なんて、無責任なことを考えつつ俺はレストランの入り口をくぐった。
何か普通にデートじゃねえか(タイトルからして今更感
今回ザガルバでデートしている様子から、ブドパスとの違いを少しでもくみ取っていただけるといいんですけど。
次回更新は04/10の予定です!