69.色々手続きが必要だったよ
――ウルバスク共和国バイロディン。
マジェリア公国ナジャクナと隣接し対を成す国境都市で、山と平野と海に囲まれているウルバスクにとっては平野部の貿易の要衝でもあった。
そして平野部ということで他の国境都市よりも範囲を広く作られているこの街には、他よりも多くの人が集まっている。
はず、なんだけど……
「やっぱり、思ったほど人はいないわね……」
「ナジャクナほどじゃないけどね。ここには貿易都市とはまた別に役割でもあるのかな」
もっとも、おかげで駐車スペースを探すのに苦労はしなさそうだ。イミグレーション……って、こっちでも言っていいのかな、とにかく入国申請をするのに公務オフィスまで車で行かなきゃいけないから、どこに停めるとかはまだ決めてないけど。
ちなみに今回は初のウルバスク入国ということで、商売をする気はない。そのためあくまで一般の魔動車駐車スペースに停める予定だ。
人が少ない事に関しては……そもそもこの街に来るまでの道も、ナジャクナの街中と同じく車の通りが少なかったわけだけど……やっぱりピークがはっきりした交易拠点だからかな?
さて、取り敢えずは行くべきところに行っておかないとな……
「総合職ギルド……じゃない、こっちでは公務オフィスだっけ? 確か年中無休だったわよね?」
「休日がないっていう意味ではね。時間は午前9時から午後5時までの8時間だよ。今はちょうど正午だから、いくら人が少ないからと言ってももしかしたら待つことになりそうだけどね……」
ちょうどお昼時だし。昼食をとるついでに色々と雑務をやっておきたいと思うのは多分古今東西同じだと思う。
「だったら先にお昼でも食べちゃう? 初めてのウルバスクごはん」
「ああ、いいねえ! と言ってもそんなに時間かけられないから、簡単なものをね。公務オフィスの地下とか2階とかにレストランあるかな……」
「マジェリアの総合職ギルドみたいに? ……ないんじゃないかなあ……」
まあそう都合よくあるとも思えないな、ここは一応違う国だし。公務オフィスという名前からしても、職員用の食堂はあるかもしれないけど、一般に開放されているレストランレベルのものがあるようにも思えないし。
「しょうがない、レストランや食堂がありそうなところを探してみようか……いや、それだと探してるだけで時間がもったいないな」
「そうね……ここは先に公務オフィスに行っておくのが正しいのかも」
例え待ったにしても、この街の人の出を考えればそこまで突拍子もない待ち時間にはならなかろうて。それだったら少し待って後で食べた方が効率はいいしな……
「ねえ、トーゴさん。ところで公務オフィスの位置って分かってる?」
「公務オフィスバイロディンブランチって標識が立ってるから、それを基に移動してるだけだけど……って、ああ、ジェルマ語書いてないからエリナさんは読めないか」
そういうところ、この国結構不親切だな。マジェリアでは一応ジェルマ語も併記されていたというのに……もしかしてジェルマ嫌いだったりして。話を聞く限り、好きって国はなさそうだけど。
「っと、あそこだね。へえ、マジェリア公国領事館のすぐ近くにあるのか」
というより、中央広場に面したところにあるといった方が正確かもしれなかった。マジェリア領事館もひとつ路地を入ったところとか言うからそれなりに目立たないところなのかと思っていたら、結構はっきり表通りから見えるんだもんなあ。
公務オフィスの隣には、少しばかり広めの駐車スペースがある。そこに魔動車を停めた俺たちは、さっそく手続きを済ませるべく建物の中に入った。
「いらっしゃいませ、公務オフィスバイロディンブランチへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「こんにちは。ナジャクナから来たので、ウルバスクへの入国手続きをしに来ました」
「入国手続きですね。3番窓口にお願いします」
入口に入ってすぐ声をかけて来てくれた係員に促され、言われた通りの窓口に向かう。見るとそれなりに人は多いものの、窓口の数もそれなりにあるせいか待ち時間なしでどんどん対応していくのが分かる。
……助かるな、これ。ブドパスでは総合職ギルドの窓口が無駄とか言ったけど、これだけ回転が速いんならあながちそうとも言い切れないか……
「いらっしゃいませ、マジェリアからの入国ですか?」
「はい、夫婦で魔動車を使って来ました。魔動車は表の駐車場に停めてあります」
「承りました、後程確認いたします。それでは身分証明書の方をご提示ください」
「マジェリアの総合職ギルドカードでよろしいですか?」
「構いません」
というか、それしか身分証明書なんて持ってないんだけどな。前世のヨーロッパで言えばパスポートか身分証明カードか……いずれにしても取っておかないと相当に不便だったってことだなコレ。初日に取っておいて助かった。
「確認しました。トーゴ=ミズモト=サンタラさんとエリナ=サンタラ=ミズモトさんご両名ですね。国際データベースの方でご夫婦である旨も確認が取れました。
あとは手続きと質問をいくつかさせて頂いた後に、バイロディンの都市検問を通過できるようデータを追加いたします」
「ありがとうございます。しかし手続きと質問、ですか」
まあ手続きは何となく分かるけど、質問ってのは何だろう。
「はい。手続きについてですが、データベースの方で確認させていただいた結果、おふたりともマジェリアでいくつかの専門職ギルドに所属していらっしゃいますね?
ウルバスクにおいてはいくつか免許制になっている職業があるのですが、マジェリアのギルドに銀ランク以上で加盟している場合には、こちらで手続きをした上で就労が認められることになります。おふたりで言えば料理人、製薬、魔導工学、基礎材料、冒険者の5つがそれに該当します。
就労許可申請の手続きはなさいますか?」
「お願いします。就労許可申請はこちらだけでいいんですか? マジェリアにおける専門職ギルドなどは――」
「ございません、こちらのみです。……それに伴う追加の質問なのですが、おふたりは移動式店舗をお持ちですか?」
「移動式店舗というと、屋台などですよね? はい、持ってます」
「ウルバスクにおいて外国籍の人間が移動式店舗を営む場合、中部諸国連合の取り決めで各国国境都市で申請を行うことにより別途定められた金額を超えない範囲で免税処置が受けられます。移動式店舗の申請を行いますか?」
「申請します。定められた金額というのは月に10万フィラー……国境都市で言うと1小白金、ウルバスクで言うと25000クンですか?」
「そうですね、その金額で間違いございません」
なるほど、マジェリアの料理人ギルドで伝えられた金額と全く同じだ。ということはどんな業種であれ何を複合するのであれ、屋台ひとつにつきその金額までしか稼いではいけませんよってことなんだろう。
……その辺りの説明は受けてなかった。俺が聞かなかったってのもあるけど、その辺りはギルド制の弊害かもしれない。
「最後に質問ですが、おふたりは貿易を生業とするわけではありませんよね?」
「え? ええ、確かに貿易には完全にノータッチですが」
「それでしたらマジェリアで専売対象となっている物品に関して持ち込み数量の制限がございますので、こちらの記載をご覧の上お持ちの対象物品を全てテーブルの上に置いてください。後程魔動車の中も確認いたしますので」
言われて俺は、手渡されたパンフレットを確認する。そこにはマジェリアの専売対象物品である蜂蜜が、種類を問わずひとり1キロまでの持ち込みに制限されている旨が確かに書いてあった。
……そりゃそうか、というかこれは純粋に密売対策なんだろうと思う。専売対象の物品というのはどこでも対象になっている塩などの場合を除いて、基本的に安く販売しているものだからである。
要するにマジェリアで安く買ったものをウルバスクで高く転売……なんて、密輸紛いの行動を制限する目的があるんだろう。密輸紛いっていうか普通に密輸か。これは後で蜂蜜の値段をちゃんと確認しておく必要がありそうだな……
とにかく、俺たちは流石にこんな量を持ってはいない。……目に見える場所には持っていない、というのは言わぬが仏だろう、間違いなく。
エリナさんに目配せすると、委細承知と言わんばかりに平然としている。まあ俺たちには不可視のインベントリがあるしな、正直ここで仕入れた蜂蜜を没収されたら、俺たちの商売に関わる。
それにしても……俺が説明を求めるシーンが多いのも原因のひとつかもしれないけど、思ったより手続きと質問が多いな……まあ平和に入国するには必要なことなので我慢する以外ないのだけど。
国境越えの煩雑さは、どこに行っても同じってことですね!!
でも前世、現実世界に比べて税関連でだいぶ緩いですけどねコレ。
次回投稿は04/01の予定です!