6.困ってる女の子を助けるよ
皿洗いを終わらせると、最初に対応してくれたスタッフに呼ばれてエプロン回収と用紙の返却が行われた。返ってきた用紙を見ると、サインが追加されている。これが完了の目印ということなんだろうか……
再び1階に降りてマリアさんに用紙を渡すと、確認後すぐに銅貨5枚を出してくれた。と思ったら、今度はそれを引っ込めてチケットらしき紙を出した。どうやらすぐ食券に変えるというのはそういうことらしい。
「この食券には使用期限等ございませんが、皆さんだいたいすぐに2階で食事をしていきますね。入口のキャッシャーにこの食券を出せば、食券用のメニューが手渡されますのでそちらから選んでご注文下さい」
「ありがとうございます」
「ではこちらギルドカードになります。紛失の際には各街の総合職ギルドにお申し出頂ければ、ステータスを確認の上再発行いたします。
なのでこまめにステータスのチェックをするようにしてください。ステータスチェックは各街の総合職ギルド受付にて承ります」
言われて受け取ったカードは流石にプラスチックというわけにはいかなかったが、何やら軽くて丈夫な銀色の金属製だった。番号と何やら文様がレリーフ上に刻まれており、ぱっと見金属製のクレジットカードみたいな感じだ。
……これで決済出来たりするのかなあ。あ、そう言えば。
「あの、この街に銀行ってありますか? 依頼なんかで稼いだ金を預けたいんですけど」
……あれ、何かきょとんとしてる。と思ったのもつかの間、にこやかに教えてくれた。
「銀行というのが何かは分かりませんが、お金については各街のギルドの方でお預かりしますよ。というより、総合職ギルドに関しては国全体にとどまらず各国の同様ギルドとも提携しております関係でその辺りは柔軟なんです。
そのギルドカードを各店舗で提示すれば、各個人の金庫から即座に引き落とされて決済完了しますので、財布を持つ必要もありません。総合職ギルドのカードがあると専門職ギルド登録にも有利になりますので、既定の年齢に達した方々はほぼ例外なく総合職ギルドカードをお作りになってますよ」
ほんとに決済出来るんだ、ただ機能としてはクレジットカードじゃなくてデビットカードみたいなもんだな。……確かにそっちの方が安全は安全だけど。
「なお総合職ギルドのランクもそのカードで区別してまして、所属年数とステータス、および実績によりカードの素材が変わります。最初は軽銀合金、そこから銅、銀、金、白金、ミスリルと変わっていき、受けられる依頼の種類も変わっていきます。軽銀から銅へは、ミズモトさんのステータスなら大体3か月が目安ですかね。
また総合職ギルドのカードには他のギルドのランク情報を保存出来ます。総合職ギルドに所属しなくても専門職ギルドには加入出来ますが、そういう理由で総合職ギルドに所属しておいた方がいろいろ便利なので大抵の方は複数掛け持ちしてらっしゃいますね。
取り敢えずは以上ですが、何か質問ございますか?」
「今のところは大丈夫です」
「それではようこそ総合職ギルドへ、どうかよいギルドラ――」
『私にも分かる言葉でしゃべってください! フィンランド語でも英語でもない言葉で話されても分からないですよ!!』
『もー、またこのパターンなの? 年に数人、こういう人が来るから困るのよね……ここには何のご用件でいらっしゃったんですか? 依頼? 登録?』
「――よいギルドライフを!」
言い直した! いや、思いっきり水を差された格好だからそういう反応になるのも当然っちゃ当然だけどアレ放置しといていいの!?
そんな俺の気持ちがマリアさんに伝わったのか、ため息交じりに説明してくれた。
「……実はこの総合職ギルドだけに限らないんですが、各ギルドにああいった言葉の通じない人が年に数人は訪れるんです。大抵はあきらめて出ていってしまうんですが、あの子は結構粘っているようですね……まあギルドを出てもお金を稼ぐ手段なんかないからどうやって生活してるかは疑問なんですけど」
「言葉が通じないってのは?」
「聞いての通りです。あの子もそうですけど、我々の普段使う言葉とは全然違うそれをしゃべるんですよ。通訳か何かがいればまだどうにかなりますがそれも期待出来ませんし」
騒がしいあたりを冷めた目で見つつマリアさんは答える。でも、今のマリアさんのセリフには少し引っかかった。
聞いての通り? 言葉が通じない?
確かにあのふたりの会話は全然かみ合ってないけど、しゃべってる言葉自体は同じだと思うんだけど――いや、待て。もしかして。
「ミズモトさん? どうかしましたか?」
「ちょっとあの子としゃべってきます。もしかしたら通訳出来るかも」
「え!? ミズモトさん、あの子の言ってること理解出来るんですか?」
「まあ、多分、ですけど。ちょっと待っててくださいね」
というか今フィンランド語って言葉が出て来てたな。今の俺よりちょっと年下くらいで髪は灰色……じゃない、黒みがかった銀髪。なるほど、特別転生か。なら同じ立場のよしみで助けられれば――
「んもう……なんなのよう……っていうかここどこなのよう……」
「あの、ちょっといいかな?」
「……え?」
「さっき英語だのフィンランド語だの聞こえてきたけど、もしかしてそれが君の普段使いの言語?」
「……」
あ、固まってる。もしかして俺の言葉は通じてないのか? それか純粋に話しかけられたことに驚いてるのか? あ、そうだ。
「受付の方、突然割り込んですいません。俺は先程メンバーになったトーゴ=ミズモトといいます。少しこの子と話をさせてください」
「え、あ、はい。それは構いませんが」
「よかったです。……というわけで、俺の名前はトーゴ=ミズモト。多分立場としては君と同じだと思うけど」
「あ……あの」
「うん?」
「あなた、フィンランド語が分かるんですか!?」
そこか! いやまあそりゃそうだろうけど! それにしても今フィンランド語がどうのって言ってたってことは、俺の話してる言葉がこの子にはフィンランド語に聞こえてるってことだ……
「ミズモトさんっていいました? ここはどこなんですか? みんな何をしゃべってるんですか!? 何で私はここに――」
「あー、ストップストップ。取り敢えず落ち着いて」
何か興奮しまくって周りが見えてないって感じだな……とにかくこの子をこのままにしておくのは結構まずいかもしれない。
「落ち着いて聞いてくれ、この世界は地球とは違う世界で、ここは総合職ギルド。インフォメーションと銀行と依頼斡旋所がごっちゃになったようなところだ。詳しい話はあとで上で聞くから、ここは言う通りにしてほしい」
「言う通りに、って、え……?」
「悪いようにはしないよ。取り敢えずこのギルドのメンバーになってほしいんだ。ここで生活するのに必要なお金は、全部ギルドの依頼を通じて手に入れるものだから」
「……わかりました」
「まずは名前を教えてくれる?」
「エリナです。エリナ=サンタラ」
「エリナさんね。ええと、受付の人はお名前は……」
「ルサルカといいます」
「ルサルカさん、彼女のギルド登録準備をお願いします。名前はエリナ=サンタラ。エリナが名前でサンタラが苗字です」
「あ、は、はい。ではこちらの金属板に手を置いてください」
「エリナさん、彼女はルサルカ。この金属板に手を置いて、自分の今の状態をステータス化して。そうすればギルドに登録出来て依頼をこなせるようになるから」
「はい、わかりました!」
……そんなこんなで、俺は元フィンランド人の女の子を助けることにしたのだった。
次回更新は09/24です。ただいま戻りました。
※なお出国前に予約済みの模様