68.さよならマジェリア、ウルバスクに入るよ
翌日、朝も少し日が高くなり始めた時間に起きた俺たちは、常設の屋内市場に足りなくなった材料を買いに行った後、宿をチェックアウトして家に戻り出国準備を始めた。
正直夜寝るのがふたりとも遅かったせいで眠いけど。眠かったけど。魔動車に戻った時にはすっかり目が覚めてたからそれで勘弁してほしい。
「さてと、それじゃ行こうかエリナさん」
「うん!」
エリナさんの元気な返事を確認して、市場兼駐車場を後にする。出口に差し掛かったところで運転席からボックスを覗くと、やはりというか何というか係員がこちらにやってきて言う。
「お帰りですか?」
「はい。ああ、これ駐車スペースの番号プレートです。それと駐車場の利用料金を支払いたいんですが」
「プレート確かにお預かりします。利用料金は既に登録されているギルドカード指定の金庫に請求いたしますので、そちらから何かをしていただかなくとも結構ですよ。……これからバイロディンですか?」
「ええ、そろそろ次の国に行こうかと」
「でしたらこの通りのさらに向こう側に大通りがあるので、そこを西に向けてまっすぐ行くと国境を抜けられますよ」
「ありがとうございます、お世話になりました」
……うん、本当に。また戻ってくるかどうかは分からないけど、転生してから最初に降り立ったところがこのマジェリアで本当によかった。
さて、それじゃ行くとするか……
「ええと、向こう側の大通りって言ってたな。あ、あそこ曲がれそうだな」
「うん……でも何かお昼の割には人が少なくない?」
「正確にはお昼より少し前だし、こんなもんなんじゃない?」
この街の通勤通学の感覚は分からないけど、ブドパスを見る限りそう前世と感覚がずれたものでもなさそうだったし……ぶっちゃけ今って時間としては中途半端なんだよな。
「でもここ国境都市よ? ある程度人がいてもおかしくないと思うんだけど」
「それは確かにそうかもしれないけどねえ……っていうか、多分それアレが原因だよ」
要するに最初にこの街に来た時に言及されてた、輸入する際には一度に大量にされるというあの話。エステルの時は常時人の通りも多かったけど、ここの場合は結局時期じゃないとこれくらい少ないってことなんだろう。
「ああ、そうそう。エリナさん、悪いんだけど通信用魔道具を起動してくれない? 運転してると手が離せなくて」
「分かったわ……はい、どうぞ」
「ありがとう。……こちらミズモト=サンタラ。大臣閣下、いらっしゃいますか?」
『ベアトリクスです。ミズモト=サンタラさん、感度良好です。いかがいたしました?』
「ただいまマジェリア公国のナジャクナを出発しバイロディンへ向かっておりますので、そのご報告を。バイロディンに到着しましたら、宿をとった後夕方から夜の間にもう一度ご報告を致します」
『ご報告感謝します、お願いします。ウルバスクに入国後は打ち合わせ通りで?』
「それでお願いします。ああ、あとひとつ質問、というか確認事項があるのですが」
『はい、何でしょうか?』
「この通信用魔道具ですが、国境をまたいでも滞りなく通じるのかということと……故障した際にはどうすればいいのかということを確認したいのです」
前世では海外渡航した際にはローミングだのなんだので結構電波の状態とか変わってきてたしなあ。故障云々についても、こちらの方で同じ型のものを買うって訳にはいかないだろうし。何せ政府から借りてるものだし。
ただこれらについては、大臣閣下がこともなげに答えてくれた。
『通信用魔道具は感度の非常に高いものを選んでお貸ししておりますので、その分有効範囲は広いですよ。そうですね……ブドパスからであればアルブランの南部は軽々とカバーできる範囲です。もちろんウルバスクもエスタリスもジェルマもルフランも、全土を今と同じ感度でカバー可能です。
そういう訳でお察しの通り市販されている魔道具ではありませんので、修理に関しては各都市にあるマジェリア大使館または総領事館に依頼の方をお願いします。修理中は大使館や総領事館にも据え置き型の通信用魔道具がありますので、そちらをお使いください』
「ありがとうございます、助かります」
って、製本ギルドで読んだ本の情報を信じるならアルブラン南部を全土カバー可能ってめっちゃ広いんですけど。前世でいうとほぼヨーロッパ全土をカバー出来てしまう程度に広いんですけど。
そしてやっぱり魔道具は特別製だったか……そりゃそうだよな。
「とりあえずバイロディンで1泊して、ある程度状況や空気感を確認してからザガルバに向かいます。そこで手に入れられる情報などを出来る限り集めてそちらに報告します」
『よろしくお願いします』
「……そう言えばこのバイロディンという土地は、貿易を担っている割には人の出入りにムラがあるようですが。俺はここに来たばかりなのでよくは分からないんですが、こんなもんなんですか?」
『バイロディン、ですか? そこは確か穀物の輸入が中心なはずですね。確かに収穫時期が集中している関係上、他の街よりも閑散期と繁忙期がはっきりしているきらいはあるはずです。
ただ、それでもそれなりに賑わっていてもおかしくないと思います。輸入品の中には通年で収穫が望めるハーブ類もありますから』
「ハーブ類、ですか」
『はい。ウルバスクでは専売対象になっている作物ですので、量自体はそこまで多く輸入は出来ないんですけど……それでも安定的に輸入量が見込めるいい商品ですよ。
ハーブの中でもラベンダーとローズマリーに質のいいのが多くて、マジェリア国内でも比較的流通量が多いものなんです。それがある以上人の出入りに大きくムラがあることはないはずなんですが……その辺り少し調べてみる価値がありそうですね』
「お願いします。俺たちが戻って確認するわけにもいかないですし、そこら辺についてはそちらでご確認を……」
『情報提供ありがとうございます。では、ウルバスクに到着したらご連絡くださいね』
「はい、失礼します。……ふう」
「お疲れ、トーゴさん。でも何かきな臭い事になってるわね」
「うーん、そうだねえ……閣下のおっしゃることが本当だとしても、不自然なところはあるよね」
それは閣下が嘘をついているとか、情報を受けていないとかそういう話ではない。むしろ閣下とは別に問題がある。
それだけハーブの流通量が多くて、その結果この街においてそれなりの賑わいが保たれていたとするなら、今のこの状況でハーブに関する愚痴ないし噂が1件も出て来てないのはおかしすぎる。なぜなら、普段の人口がガラガラレベルまで減ったということは、要するにハーブの輸入が減ったということと同じなのだから。
ハーブの輸入が減ったところでこちらからの専売対象品……例えば蜂蜜などの輸出が増えて黒字になっているというのであれば、それはそれで賑わいを見せているはず。つまりこの街は、平時の貿易が滞っているのではないか――俺はそんな風に考えていた。
「つまり、何かしら貿易がストップする要因があるっていうことだね」
「貿易がストップ……でもマジェリア側はほとんど何もおかしなところなかったわよ?」
「うん、つまり問題があるとすればウルバスクの方なんだろうね」
その辺りの細かい分析はマジェリアの内務省や外務省に任せておくとして……ザガルバに行ったらその辺りも情報収集しておかないといけない。製本ギルドかもしくは新聞媒体の様な各種メディアか、どれをチェックすればいいかはその時になってみないと分かんないけどな……
……あんまりのんびりほのぼのした感じにはならないけど、これはこれでしょうがないかなあ。
「……ねえ、トーゴさん。そう言えばウルバスクには山も海もあるのよね。私、ここに来て以来海なんて見ていないから楽しみだわ」
「あ、ああ……そう言えばエリナさんはヘルシンキだったっけ。いかんな、もう忘れそうになる」
「ええ、ヘルシンキ。街中の鳩と同レベルでかもめがたくさん飛び回ってる、そんな港町よ。私の住んでたところはちょっと海から離れてたから、見飽きるレベルではなかったけど。
とは言え流石にここでかもめはないかな。でも、ああ、楽しみだなあ……」
言って微笑むエリナさんをちらりと見て、視線を戻すと、そこにはウルバスク入国を示す標識が立派に立っていた。
さてと、ここから新しい国だ……!
やっとウルバスクに入国です。と言ってもまだ国境都市だから本格的な入国じゃないけどな!
そして何やらきな臭い話再び。放浪、無事に済むのでしょうか(他人事
次回更新は03/29の予定です!