60.改めまして、依頼を受注するよ
――1週間後。俺たちふたりは中央市場での買い物を終えて総合職ギルド地下のレストランで昼食をとっていた。あれから色々とレストランにも行ったけど、結局ここが一番居心地もコスパもいい気がする。
「いい買い物出来たわね、トーゴさん!」
「そうだねえ、前に来た時よりも野菜や穀物が安かった……何かのフェアでもやってたのかね?」
「蜂蜜は専売品だから値段変わらないしで、初めての仕入れお得だったね!」
……あれから俺たちは、食い扶持のひとつになるであろうおやつの屋台を手に入れた。屋台と言っても本来サウナを取り付けるように作った車の後部に、取り外し可能な形で簡単なものを作っただけだからそんなに規模も大きくないけど……それでも、自分の店を持てたことは素直に嬉しい。
もっともこれからいくつも国を跨いで行く以上、この屋台がちゃんとどこでも営業出来るかどうかは分からないんだけど……まあその時はその時だ。
「それと私たち、総合職ギルドのランクを上げるのすっかり忘れてたわね……」
「ねー、エンマさんたちも言ってくれればよかったのにね」
ブドパスに来て数日、ちょうどエリナさんにプロポーズした時くらいの頃には総合職ギルドに登録して3か月経過していたわけで、エステルにいた時にしっかり稼いでいた実績ポイントも併せて軽銀ランクから銅ランクに昇格する条件は既に満たしていたのだった。
にも拘らずすぐに昇格しなかったのは……まあ、最近忙しくてこっちに来る機会がなかったからに他ならない。それに意識が薄すぎて、正直今日ステータスチェックに来なかったら思い出してなかった可能性は非常に高かったくらいだしな……
「そう言えばエリナさんまたステータスあがってたね」
「そう、そうなのよ! もううれしーいー!」
エリナさんはあの一件の後、冒険者ギルドに登録することにした。で、もともと高かったステータスとスキルも相まって、俺の場合と同じく銀ランクから開始することになったのだけど……
エリナ=サンタラ=ミズモト
HP:258/258
MP:192/192
STR:136
DEX:91
WIL:122
INT:103
LUC:81
取得魔法一覧:
素材捜索
素材合成
ポーション鑑定
ポーション調合
ファイアボルト
アイスボルト
サンダーボルト
ロックボルト
ファイアショット
アイスショット
サンダーショット
ロックショット
ヒール
ワイドヒール
戦闘技術一覧:
鈍器軽量化
直感による回避上昇
剣術中級
鎚術中級
斧術中級
小具足術上級
格闘術中級
特殊技能一覧:
言語把握中級
登録専門職ギルド:
冒険者(銀)
総合職ギルドランク:
銅
……何ですかねー、この成長ぶり。こりゃギルドの試験なんか圧倒するわけだわ。俺も本格的に戦闘技術磨かないといけないかなコレ……ただまあ、エリナさんが何となく焦ってる理由は予想がついてるんだ。
「大臣閣下からの依頼がアレだからねえ……」
「大丈夫よトーゴさん、トーゴさんは私が守るから」
「普通それは俺が言わなきゃいけないセリフだと思うんだけど」
「ジェンダーバイアスは良くないわよ、トーゴさん」
――それは現在より6日前、あの日の翌日のこと。ベアトリクス閣下に呼ばれた俺たちは、ギルドマスターの応接室で正式に指名依頼を受注した。
「最近、ここマジェリア公国の周辺国で妙な……というかきな臭い動きが目立ちまして。特にエスタリス連邦に対するジェルマ連邦の動きが無視出来ないものになりそうな予兆があります」
「無視出来ない、きな臭い予兆……というのは、戦争ということですか?」
「いえ、過程としてはあるかもしれませんが、それとは別種の予兆です。そもそも戦争を仕掛けるにしては、今回の動きは分かりにくすぎるし活発でもありませんので」
閣下曰く、エスタリス内でジェルマにやたらと肩入れするメディアが出現したり、ここ1、2年でジェルマからエスタリスへの就労者や留学生が急増していたりする、など……でもこれ普通に考えたら――
「友好的ではありませんか。人的交流がちゃんとなされているということですよね?」
「ええ……それがエスタリスからジェルマへもそうであれば」
「え? あ……」
「他の周辺国全てが国境都市での越境システムを採用している中、ジェルマ連邦は入国前の許可証取得を義務付けています。それは相手がエスタリスであったとしても同様です。まあジェルマにも国境都市は存在していて、許可証を取得出来る領事館は国境都市にもあるので煩雑さは最小限に抑えられてるんですが……」
「国境都市、にも?」
「はい、各国首都の大使館領事部でも発給は受け付けています。ここマジェリア公国にも大使と領事がおりますので、発給は受け付けているかと」
前世におけるビザと同じか。しかしたとえ煩雑さが抑えられるとは言っても、許可証が必要である以上発給拒否される事態も当然起こりえるわけだ。
なるほど、確かに一方通行だしその状況でさっきの事が起こってるとするならそれは不自然極まりない。
「そこで、トーゴ=ミズモト=サンタラさんとエリナ=サンタラ=ミズモトさんご夫婦両名に指名依頼を出します。あなたたちが今後廻られる各国についてのジェルマ連邦関連の情報を探って頂きたいと思います。
依頼料はおふたり合わせて月に10万フィラー。国境都市の貨幣では1小白金相当ですね……また重要な情報がありましたら都度現金で買い取ります。期間は1年間、条件としては週に1回、私の元に情報の有無も含めて報告を上げて頂きます」
依頼料といい仕事といい、とんでもなく破格の待遇……でも。
「その仕事は、俺たちのような無役の平民がやっていいものなんですか? 俺たちに悪意があれば、依頼料の無駄遣いになる可能性だってありますよね?」
「トーゴさん、それは!」
「大丈夫です、サンタラ=ミズモトさん。……ミズモト=サンタラさん、確かにそのリスクはあるかもしれません。しかし私は、それについてはあまり心配していないんです」
「……そうなんですか?」
「エステルでのミズモト=サンタラさん……奥様との初対面のお話と、ここブドパスでレニ=ドルールというハイランダーを助けたお話は、私の耳にも入っております。
こういう人は、受けた依頼を故意に反故にするような不義理はしません。それがどのような依頼であっても、というのであれば問題ですが、今回のような依頼であれば倫理的にも問題ないですし、反故にする理由こそあなたの中にはないのではないですか?」
「それは……アレですか、お人好し、ということですか」
「お優しい、ということですよ」
物は言いようだよな……まあ、間違ってないけど。ただエリナさんに関しては多分に下心があったことははっきりさせておきたいところ。と思ったけど、多分鼻で笑われるな、うん。
「お受けいただけますか、おふたりとも?」
「……かしこまりました、この指名依頼、謹んで受注させていただきます」
「私も同じく受注させていただきます。トーゴさんは私が責任をもって守ります」
「ありがとうございます。……ミズモト=サンタラさん、奥様に愛されてますね」
「勘弁してください……」
「……それで改めて、この通信用魔道具をもらったわけだけど……国外では大使館や領事館にも顔を出すようにって言われてたのよね」
「うん、その方が通信が安定するともね。……まあ固定タイプの方が安定するのは確かなんだけど」
それよりも、こうなった以上は早急にエスタリスに向かう必要があるな……となるとまず目的地にしたいのは。
「取り敢えずは情報収集しながらジェルマ近くまで移動しよう。ここから近くて情報収集に適している国はウルバスクかな」
「ウルバスク、ねえ。山と海と平野とをいずれも豊富に持っている、交易と農林水産の国だっけ」
「そう。そこなら国土のこともあって色々情報が手に入りそうだし。それに政情不安の話は聞こえてこないし、次の目的地としては最適じゃないかな」
「……うん、賛成。それじゃ屋台用にもうちょっと買い増ししましょうか」
「そうだね……それもそうだけどもうひとつしておきたいことが」
「しておきたいこと?」
「もうしばらくは機会がないだろうから、浴場の入り納めを!」
「結局お風呂か!!」
いやだってしょうがないじゃん! エリナさんだって絶対広くてしっかりしたサウナの方がいいに決まってるじゃん! ……これから行く国に同じような公衆浴場があればいいんだけどなあ……
とにかく、次の目的地はウルバスク共和国に決定。そうと決まれば準備して放浪再開するぞ!
結局風呂オチかよ! ……スイマセン。
そしてエリナさんがどんどん脳筋になっていくうぅ……
というわけでこれにて放浪開始・ブドパス編は終了。次回からはウルバスク入国編が開始します。
こっちはこっちで結構癖のある国だけどね! その予定だけどね!!!
次回更新は03/05の予定です!