55.公女殿下とお話しするよ
「ああ、そんなにかしこまらなくてもよろしいですよ。ジェルマ辺りではどうか分かりませんが、この国ではここブドパスで行われる結婚式に閣僚が気まぐれで出席するというのはそれほど珍しい事ではありませんので……あまり褒められたものではありませんが」
「そう仰っていただけると助かりますが……」
今、この人気まぐれでって言ったよな。支持者への挨拶でとかならともかく、一国の大臣がそれとか確かに褒められたもんじゃないわ……って、そんなこと言ったらこの人もその褒められたものではない側に入るってことなんだけど。
「殿下、そのような事を仰られてはいけません」
「あら、問題ありませんよ。私と貴方と新郎新婦以外、この場には誰もいらっしゃらないではありませんか……まあ今日の良き日に出す話題ではないかもしれませんが。ごめんなさい、おふたりとも」
「いえ、それはいいのですが、あの、殿下というのは」
普通大臣とかだと閣下のような気がするんだけど、殿下って王公族の尊称に使われるもののはずだけど、まさか。
「ああ……そう言えば今の私は公女ではなく内務大臣だと何度も言っているではありませんか、都市保全局長」
「これは失礼致しました」
やっぱりー! って、そんな人が気まぐれで他人の結婚式に参列するようなところなのこの国って!?
「……存じ上げず失礼致しました、公女殿下」
「もう、ミズモトさんまで……それに誤解なさっているようですが、この度参列させていただいたのは決して気まぐれによってではありません。ハイランダーの翻訳依頼を見事に成し遂げた方の結婚式ですので」
「……内務大臣とは言え、何故閣下がそのような情報を?」
俺の代わりに返事をしたエリナさんが警戒心むき出し過ぎる件。……いや確かに気になるけど! けど! もうちょっと抑えようかエリナさん!
「内務大臣だからこそ、ですよ。こちらにいる都市保全局長はその名の通り内務省保全課都市保全局の長で、またの名を総合職ギルドマスターと言います」
「総合職ギルド? ということは……」
「はい、ご推察の通りです」
なるほど、ギルドマスターのさらに上の人か。考えてみれば当然か、総合職ギルドはギルドを名乗ってこそいるものの、実は役所の支局だって話は前からされてたしな。それが内務省の下部組織だとは思わなかったけど。
「まあもっとも、私が内務大臣でなかったとしても遅かれ早かれ耳に入っていたとは思いますが。トーゴ=ミズモト=サンタラさん、あなたの行ったハイランダーへの翻訳はそれだけの価値があることなのです。それだけに、非常に危険でもありますが」
「危険、ですか?」
「はい。私のように臆病な人間ならばともかく、私利私欲にかられたお飾りの大臣であったりマジェリアに害をなそうとする外国勢力であったり、そういった者の耳に入ればあなた方の身に危険が及ぶことも十分に考えられるということです……」
「なぜですか? 高地マジェリア語は確かに今まで満足に翻訳出来ないほぼスタンドアロンの言語でしたが、それだけにそれが翻訳されたところで特に問題らしい問題は――」
「いや、閣下のおっしゃる通りだよエリナさん」
スタンドアロンの言語は、とかく有事の際の暗号文に使用されやすい。高地マジェリア語にしてもその可能性はあったが、肝心のマジェリア国内での翻訳レベルが実用に耐えなかったことからほぼ無視されてきたのだろう。
それが、俺がほぼ完璧に翻訳した事で暗号向けの言語として認知されうる存在になってしまった。しかし今のところ俺しか翻訳出来ない……となれば、マジェリアに敵対する外国が何を企み、お飾りから脱したい大臣が何を目論もうというのか大方予想がつくというものだ。
「それに加えて、あなたは不老不死、それに自動翻訳スキルがありますでしょう? それがいかに有事において脅威になるか、聡明なあなたであればお分かりかと思いますが」
……確かに、そういう流れになるか……その情報も当然内務大臣であるベアトリクス公女に流れているわけで、彼女の言う通りこの情報は割と危険であろう……
「それで大臣閣下、こちらに参列されたのはその警告が目的ですか?」
「ええ、ひとつは。もうひとつは、それを踏まえてミズモト=サンタラ夫妻に依頼したいことがありまして……
詳細はこちらの都市保全局長にお渡ししておきますので、明日以降に総合職ギルドの方に受注に来てください。決して損はさせないとお約束しますので」
つまり内務大臣閣下、公女殿下からの直接の依頼か……
「ギルドマスター、そういう形の依頼は可能なのですか?」
「ええ、もちろん。ブドパスにおいては普段はなかなか使われない依頼方法ですがね?」
……確かにエステルとかだと、お手伝いレベルで一般のメンバーからも依頼が出されたりすることはあったけど、それにしたって……
「それではミズモト=サンタラさん、その際はよろしくお願いします。ああそうだ、エリナ=サンタラ=ミズモトさんにはこちらをお渡ししておきます。結婚祝儀の追加というところですが」
「あ、ありがとうございます……」
エリナさんは戸惑い気味に、ベアトリクス閣下からペンダントを戴く。デザインはゼラニウムか……でもちょっと厚みがあるな。後で俺にも見せてもらおう。
「それでは私はこれにて失礼致します。本日はおめでとうございました」
「あ、いえ、こちらこそお越しいただきありがとうございました」
そう言って閣下は都市保全局長――総合職ギルドマスターを伴って控室を出る。最後まで物腰柔らかで印象のいい人だったな……とはいえ何か嫌な予感がするんだよねえ……
「まあ大臣閣下のことはともかく、これでようやくひと区切りついたわねトーゴさん」
「そうだねえ……何にせよ今後ともよろしくね、エリナさん」
「こちらこそ、よろしく!」
結婚式を終え、後始末も終えて式場を後にした俺たちは取り敢えず自宅に戻ることにした。こういう日だから当然と言えば当然かもしれないけど、それを差し引いてもエリナさんの機嫌がいいな……
「……で、これからどうするの?」
「んー、取り敢えず料理人ギルドに登録しようと思う。さっき閣下に言われた依頼がどんな内容かは分からないけど、いずれにしても専門職ギルドの依頼もこなしていかないと生活出来るだけの余裕が……」
「今のままでも十分なように思えるけど……?」
「いや、正直木工ギルドの依頼は受ける気にならない、かな……それに鍛冶、服飾、魔導工学、製薬、基礎材料と登録はしたけど、服飾と製薬以外はあの魔動車を作るために登録したようなものだし」
だからと言って受けられないって訳じゃないけど、そもそも鍛冶と魔導工学は依頼達成まで時間がかかりすぎるし、基礎材料はあまり報酬がよくないんだよな。
残る服飾と製薬、そして木工だけど、服飾もまたひとつの依頼達成に時間がかかる。木工は木工で時間がかかる上に結構材料そのものがかさばるんだよな。それにレニさんや俺たち自身の体験も踏まえると、木工ギルドの依頼を受ける気にはどうしてもなれない。
そんなわけでこの中だと製薬が実入りのいい依頼の多いギルドになるわけだけど……流石にこれだけで生活しろってのは無理ってもんだ。
そこで、料理人ギルド。このギルドは依頼もさることながら、自分で店を何かしらの形で持つのに加入必須と言われているギルドなのだ。逆に言えば、このギルドに加入すれば依頼以外でも自分で食い扶持を確保出来るというわけだ。……もっともそれだけでは当然生活なんか出来ないのである程度依頼を受ける必要はあるんだけど……
「まあ私としては料理人ギルドに入るのは大賛成なんだけどね? これでスイーツショップへの足掛かりが出来るというもの……!」
「引っ張るなー。……まあその為に登録するのは確かなんだけどね……まあそれはそれとしてエリナさん、さっき閣下からもらったペンダントだけど後で確認させてくれない?」
「え? いいけど……どうかしたの?」
「んー、色々と確認したいことがあるから」
確認したうえで、エリナさんにプレゼントするアクセサリーを俺も用意しておこう。……せっかく夫婦になったわけだし、指輪でいいかな。
まさかのスイーツショップ引っ張り……!
そして流れる不穏な空気。絶対トーゴさんの行動軽率だってー。
本日から日曜夜まで台湾行ってきます。台北花博公園にて行われるFancyFrontier33にサークル参加してきます。
土曜日がD33、日曜日がB34です。参加される方はよろしくお願いします。
次回更新は02/18の予定です!