47.食材を探してみるよ
そんなわけで1階まで降りて来てみたのだ……けど、降りた先に何故かレニさんが立っていた。
「あれ、レニさん? どうしたんですか、そんなところで。買い出しか何かですか?」
「トーゴさん。ああいえ、どうせ帰るまで時間があるから色々街を見て回ろうと思ってたら、ハイランダー受付の人から中央市場の存在を聞きまして。色々なものが売ってるって聞いたので来てみたんですが、本当に広いですね」
……ああ、ヘドヴィグさんから聞いたのか。そう言えば用事を終えてとっととレストランを出た俺と違って、レニさんとヘドヴィグさんはしばらくあのテーブルに残ってたみたいだったしな。
「そう言えば2階には蜂蜜が置いてあるんですよね。値段はいくらでしたか?」
「え? ……500グラムで200フィラーでしたけど。アカシア蜂蜜を初めとしていろいろな種類がありましたけど、どれも同じ値段でしたよ」
日本円に換算すれば1000円相当だから日本で売られているのとそう値段的には変わらないんだけど、物価的に考えるとやっぱり少しばかり高くはある。しかしレニさんは行商人から委託販売を通じて買っているはずなのに、何で今更そんな事を聞くんだろう。
「500グラムで200フィラーですか……だったら値段そのものに不正はなかったってことですね……」
「……もしかしてレニさん、行商の人疑ってたんですか? ちょろまかしたら死罪もあるって話だし、それは流石にないんじゃないですか……」
「そんなの行商の人も、提示した値段を誤魔化していたとしても言わなければ分からないじゃないですか。ハイランダーエルフ語とマジェリア語ではほとんど会話が通じないんですから」
……ああ、これはまずい。木工ギルドの……というかマイルズ商会のせいで全然関係ない行商人が思いっきりとばっちり食らってる。こんな形で信用を失うのはあまりにも忍びない……そうだ、ここはひとつ。
「レニさん、行商の人はハイランダーエルフ語を話せないんですよね? どういう形で注文を取っていくんですか?」
「注文、ですか? 注文自体は専用の用紙に品物リストが書いてあるので、そこから欲しいものとその個数を選ぶ形ですね。全てのものに値段が書いてあるので、それを自分で計算して払う形になります」
「ということは、ちゃんと値段は提示されてるんですよね。ならその用紙を誰が作ったかを考えれば、そんなことはあり得ないと思いませんか? 行商の人が作れないなら――」
「……ああ、確かにそうですね! 総合職ギルドが作ったものなら!」
総合職ギルドは国の出先機関そのものだからな、そんなところが死罪もありうる犯罪に加担してるとは考えられないし、俺も思いたくない……レニさんは一応納得した表情をしてくれてるし、これで信用は一応保たれたかな?
「ごめんなさい、ミズモトさん。変なことを言い出して」
「ああいえ、あんなことがあった後ですし仕方ありませんよ……それで無関係の人が信用を失うのは寝覚めが悪いですけど」
本当に、あのマイルズ商会というのはろくな事をしてくれない。まああそこの会頭は木工ギルドの上層部のひとりだっていうし、エステルでも木工のは本当にケチな連中だったし、この国の木工関係者がダメなのかもしれない……
「それはそれとして1階は確か野菜と果物と、加工肉を含んだ肉全般でしたね。どんなのがあるのかな……」
牛肉、豚肉、鶏肉の3種類はこの世界にもあるとして……エステルに到着した初日に食べた、味は鶏肉で見た目は豚肉な黒オークだったり、牛肉より筋が多いものの煮込むとトロトロと柔らかくなる黒ミノタウルスなんてのも食材としてあるのは確認している。
でもエステルだとあまり他の種類がなかったんだよな……ミノタウルスに関しては黒よりも赤、オークに関しては黒より白の方が高級で味がいいらしいけど、需要がないのか市場では全然見なかった。
エステルでは売っていない種類の肉も首都にはあるって話だったけど、果たしてどんなものがあるのかね……
「あ、トーゴさん。あれ見てください。ソーセージがたくさんありますよ!」
「お、ほんとですね……ん? 何かあそこ変わったソーセージないですか?」
よく見ると、その精肉業者にあるのは変わったソーセージだけではない。普通の肉も売ってるには売ってるけど、どうにも俺が見たことのないようなものまである。……しかも微妙に値が張るような気がするけど。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
「いえ、どんなものが売ってるのかなって見に来ただけなんですけど……あの、この肉は何ですか? エステルから来たもので、見たことないんですけど」
「ああ、国境都市から来たのか。じゃあこいつは知らんだろうな。こいつはバシリスクの肉で、この近辺でしか出回っていないんだ。味は鶏肉……の、さらに味が濃くなった感じだな」
「バシリスク……ですか?」
「まあ名前はともかく、縄張り意識と闘争心が強くて鳴き声がうるさいだけの鶏なんだがな……それでも希少価値は高いから、普通の鶏肉より値は張るわけだ」
前世でバシリスクっていうと尻尾が蛇で猛毒と石化能力を持つ鳥ってイメージなんだけど……話を聞く限り日本で言う軍鶏に近いのかもしれない。なら軍鶏という言葉が当てられてもいいような気がするけど、決定的な違いがあるんだろうな。
「で、これが白オークでこれが赤ミノタウルス。バシリスクよりも値は張らないけど、こっちも結構な肉だな。どっちも黒と同じ調理法が一番うまいぞ」
「へー……」
性質が同じで味だけが上位ってことかな。……まあ、ここにいると後ろのレニさんの視線が痛いからそろそろお暇するけど。間違いなくバシリスクの肉が原因だろうな、後でひとりで買いに来よう。
そんな感じでその店を辞した後、同じ精肉区画で営業している別の店を色々見て周りはしたけど、売っているものにそう大差はなかった。ただいい肉はエステルよりも豊富にある気がする。それと鶏卵が精肉区画で販売されているのは面白かった……当然と言えば当然かもしれないけど。もちろんレニさんに気付かれないようこっそり買っておいた。
「っと、ここからは野菜区画か。って、何か両脇が真っ赤じゃないか……?」
「赤いのはパプリカですね。私の村でもよく料理に使いますよ。それこそ乾燥してパウダーにしたものを調味料や着色料にしたり、生で食べられる種類のものを切ってサラダなんかにしたり」
「へえ、そうなんですね……でも確かにいつもパプリカ入りの料理ばっかり食べてる気はします」
「香辛料の中でも辛いパプリカパウダーは比較的手に入りやすいですからね。黒胡椒なんかはもうそれこそ専売対象にもならないレベルで高級品ですけど」
何か中世ヨーロッパっぽい話だな……なんて考えながら歩いていると、唐突に両脇から赤が消えた。その代わりに今度は緑や黄色が区画を支配する。……ここで色々探してみるのが一番よさそうだな。
「へえ、カボチャがあるのか。こいつは意外だったな……あとは甘ケールにキャベツ、ニンジンに……ん、マンドラゴラ?」
「ああ、トーゴさん食べた事ありませんか? 赤と白があるんですけど、一般的に食用にされるのは赤の方なんです。白は強壮薬の材料ですね。どちらも収穫の時にメチャクチャ抜きにくいんですけど、その分赤は味が濃厚で白は成分が豊富なんです」
名前は物騒なものが多いけど、中身はちゃんと野菜だったり肉だったりするんだな……安心した。たださっきから探してるのに全然見つからないものがある。
「……レニさん、この市場に入ってから芋って見ました?」
「芋、ですか? タレン芋の事でしたらパプリカ区画を抜けた時に見ましたね。収穫量が少なすぎて下手な肉よりずっと高いですけど」
なるほど、そういう点では俺の想像通りなんだな。コーヒーや茶が存在せず麦茶がよく飲まれているのは、そもそも生産自体がされていないかされていたとしてもごく少量だからというのが大きいんだろう。
それにしても芋に相当する食材が手に入りにくいというのは、予想通りとは言え少し困った事態になったな……あれ?
「レニさん、アレって結構一般的な食材だったりします?」
「アレ……? ああ、アレはそうですね。栽培してるのもさることながら野生でも、それこそ売るほど生えてますからね。茹でて食べるとサクサクして美味しいんですよ」
「そうか……よし、あれを買っていきましょう。ついでにかぼちゃも」
「いいですね! アレは大きいし、きっと美味しいですよ」
レニさんは嬉しそうに笑うけど、俺にとってもアレが食材としてあるのは嬉しい誤算だった。アレがあるなら芋がなくても何とかなるかもしれない。
とにかく、これで食材の心配はほぼなくなった。あとは地下で足りないものを手に入れれば、エリナさんの願いを叶える準備は完了だ!
本当に木工関係者はろくなことをしやがらない……しかし食材の名前が物騒すぎてワロス。そして辛いパプリカとは唐辛子と何が違うのか(
ちなみにこの世界、新大陸由来の食材は一部を除いてなかなか手に入りにくい設定になってます。あとコーヒーも基本的には手に入りません。温かい麦茶を飲むのはその為です。
次回更新は01/25の予定です!