44.手早く依頼を達成するよ
翌日。少し日が高くなった時間に目が覚めた。思ったよりも長く寝てしまったけど、そう言えばここはブドパス市内中心部からちょっと離れてるんだったな……エステルではここまで街が広くないから広場の時計の鐘の音が聞こえないなんてことはなかったけど、こんな事なら目覚まし時計も作っておくべきかな。
「んんんんんーっ……ふう。さてと」
少し伸びをしてふと隣を見ると、エリナさんはまだ静かに寝息を立てている。そろそろ起こさないと勉強する時間もなくなりそうだけど、疲れている彼女を無理矢理起こすのも気が引けるな……
よし、朝ごはんの用意をしようそうしよう。もしかしたら匂いで起きてくれるかもしれない。
「そう言えばエステルのマーケットで当面の食料を買い込んだって、昨日エリナさん言ってたな。どんなの買ったんだろう……どれどれ」
食糧庫の中身は全粒粉パンにチーズにサラミに……麦茶用の焦がし麦とリンゴもある。調味料は塩とパプリカパウダーくらいしかないな、胡椒も砂糖も手に入るかどうかすら分からないドが付くほどの高級品だからしょうがないか。
取り敢えず全粒粉パンを切ってチーズをのせてトーストして、麦茶を煮出して……リンゴも1個皮むいちゃおう。こうしてみるとそれなりのキッチンを備え付けておいたのは正解だった。
「ん……んー、なんかいいにおいするぅ……」
チーズの匂いに誘われたのか、寝ぼけ眼でエリナさんが反応する。めちゃくちゃ可愛い……じゃなくて。
「おはよう、エリナさん。もう朝ごはん出来るよ」
「んー、おはよートーゴさん……ふぁ……」
取り敢えず自分の布団を手早く畳んで、しまっておいたちゃぶ台チックなミニテーブルをセットする。エリナさんの布団は……まあまだしまわなくても大丈夫か、邪魔にならないよう端っこの方で寝てるし。
とは言え惰眠を貪らせるわけにはいかない。焼きあがったパンと切ったリンゴを載せた皿と麦茶の入ったカップをミニテーブルに用意して……
「ほら、朝ごはん出来たよ。布団しまうのは後でいいから、取り敢えず起きて食べちゃいなよ」
「はーい……っしょっと……」
掛け布団を剥いで敷布団の上にちょこんと座るエリナさん。こりゃ完全に起動するにはもうちょい時間がかかりそうだな……
「お恥ずかしいところをお見せしました……」
「気にしないでいいよ、っていうか同棲してるんだったらそういう姿も見られてしかるべきでしょ」
「あ、それもそうですね……ってどどど同棲って今同棲って確かにその通りではありますけど! けどー!!」
「……それは無理があるよねエリナさん?」
「……分かります? いや何かそういうシチュエーションとか結構マンガなんかで見たので一度やってみようかなって。同棲どうの言うなら放浪するって決めた時からそう思ってましたし、そもそもホテルでもベッドは違えど一緒の部屋でしたし」
まあエリナさん演技してる時は結構わざとらしくなるからね……それだけに演技じゃない時の照れやら恥ずかしがりやらではめちゃくちゃ可愛いんだけど。
ちなみに今は何をしているかというと、俺は依頼のハイランダーエルフ語への翻訳を始めるところ。エリナさんはジェルマ語能力測定の受験勉強だ。この都市の製本ギルドは大きい図書館を備えてあるからそこでやってもよかったんだけど、エリナさんの方はともかく俺の方はすぐ終わりそうだからなあ。
さてと……まずは翻訳能力をロジカルモードに変換して。これやらないと全部日本語に見えて文章翻訳が出来なくなるからなあ。で、改めて文章を読んでみると。
『1.ここから先のエリアは有毒ガスが発生し大変危険です。決して立ち入らないでください』
……うん、長い。こんなのつらつら読まされる方の身にもなってみろってんだ。翻訳云々じゃなくて純粋に注意書きとしてダメすぎるわ。
『1.毒ガス危険立ち入り禁止』
……よし、こんなもんでいいだろう。一応本来の文章を直訳したのも別の紙に書いておくとするか。さて次は……
『2.誤ってエリア内に落とし物をされるなどやむを得ない場合には管理事務所にご連絡ください』
立ち入り禁止と前項で言ってるのに落とし物をされた場合とはこれいかに……ああでも転がってったとか投げたものが入ったとかならあり得るのか。とはいえどう考えてもここの文章はいらないな。
『2.当エリアに関するご用件は管理事務所へ』
……何かこの文章で大体の言いたいことは終わってしまうような気がしなくもないけどそこは深く考えないようにしよう。そもそも標識や注意書きってそういうもんだし。つらつら長い文章を掲示する方がどうかしてる。
っと?
『3.エリア周囲に散乱している黄色の岩石はブドパス市の管理下にありますので無断で拾わないようにお願いします』
……あー、硫黄か。しかし硫黄と言わずに黄色の岩石って言い方をしてるってことは、ハイランダーエルフは硫黄を知らないのかな。レニさんに聞いてみてもよかったけど、もうあの人帰ってるだろうしなあ……まあ取り敢えず。
『3.黄色岩石無断採取禁止』
こんなもんでいいかな。日本語にすると漢字ばかりになるけど。それにしてもエステルにいた時から硫黄が豊富に採れるって話は聞いてたけど、勝手に持ってっちゃうエルフもいるんだな。いずれにしても危ないから勝手に採るなってのはいいんだけど。
さてと、見る限り全部で10項目……めんどくさい文章を簡潔に直す苦労はあるかもしれないけど、そんなに難しい作業じゃないしさっさと終わらせるか。
30分後、ひと通り訳し終わった俺は抜けがないことを確認してひと息ついた。本来の翻訳文に加えて、直訳の文章とそれに伴う語彙をいくつか資料に追加したら思いの外時間がかかってしまった。
……本来はこの程度、10分か15分もあれば終わるんだけど。
目の前ではエリナさんが相変わらず勉強を続けている。まあ流石に30分程度で終わる内容でもないか……となると。
「エリナさん、俺は依頼終わったから総合職ギルドに提出に行くけど……何か食べるものでも買ってこようか?」
「んー? ……んー」
あっこれ聞こえてない反応だ。……えい。
「ひゃっ!? ……あれ、トーゴさん。どうかしましたか?」
「いや、俺は依頼達成報告に行くけど何か食べ物買ってこようかって」
「ああ、そういう事ですか。いきなりほっぺたつつかれるから何事かと……って、もう終わったんですか!? 流石トーゴさん……」
ちなみに翻訳作業が終わった段階で能力はオートモードに戻してある。しかしつくづく便利な能力だと思うよ実際。
「それはともかく何か甘いものがいいです。あ、でもそんなに量はいらないかな。ほら今日動いてないですし」
「お昼ごはんなんだけど」
「分かってますよ。その代わり夕食はしっかりとりましょう?」
「……まあ、そういう事なら」
ご飯を抜くって言ってるわけじゃないしいいのかな。でもエリナさん、結構昨日の夕飯で食欲爆発させてた気もするけど……あ、今思えばスイーツショップに反応してたんだ。今も甘いものが欲しいって言ってるし、ないから欲しい感じなのか。確かにここだと手に入りづらいしな……
「……トーゴさん?」
「え? あ、ああ。んじゃ取り敢えず帰りに果物か何か買ってくるよ……ああいや、先にエステルで買っておいたリンゴを食べてもらえる? ギルドの他に寄るところあるし、時間かかるかもしれないから」
「え? それはいいですけど……どこに寄るんですか?」
「ちょっと市場にね」
一瞬エリナさんの眼がキラリと光った気がするけど、まあ気のせいだろう。
この、生活感あふれる隙だらけな態度ってすごくいいと思うんですよ(
それにしてもトーゴさんがやっと異世界転生モノらしいチートをちょっとだけ見せてくれた……注意書きなんてのはあんな感じでいいんですよはい。
次回更新は01/16の予定です!