42.翻訳依頼を受けてみるよ
「しかしそれにしても何でそんな依頼を銅ランクで出すんだろう」
普通はもっと上の……銀とか金とか、下手するとそれよりも上のランクの依頼として出されるべきものなんじゃないのかコレ。銅ランクの依頼にしては達成報酬も高すぎておかしいし、色々と不自然だ。
そんな俺の疑問に答えてくれたのも、やっぱりエンマさんだった。
「それについてはなりふり構っていられないという事情がありまして……もともとこちらの依頼は総合職ギルドの名前で出してはいますが、事実上内務省とブドパス市政府の連名による依頼なんです。
ただご存知の通りハイランダーはマジェリア語やジェルマ語はおろか周辺諸国の言語ともまた共通部分が少ない、いえほとんどない状態でして……平たく言えば期待はしていないんです」
「期待されていない、ですか」
「ええ。銅ランク指定にしてあるのは、軽銀ランクのメンバーまで受けられるようにすることでなるべく可能性を上げようとしているだけの話でして。
とは言え重要な文書なのでそれなりに達成報酬は高く設定されているんです。ああ、重要な文書と言っても機密性は全くないのですが」
ということは本当に手詰まりなんだな……そりゃそうか。そもそも総合職ギルドのハイランダー用受付でさえも、高地マジェリア語の理解度はせいぜい2割、3割通じれば上出来ってレベルらしいし、文章ひとつちゃんと訳すのも難しいだろう。
ましてや機密性はないとはいえ政府の出す文章だ、誤訳なんかあっちゃならない。
それにしても――
「ちなみにその文書って、何関係のものなんですか?」
「何関係というか……要は注意書きなんですよ。ブドパスには公衆浴場がたくさんあるのはミズモトさんもご存知だと思いますが、実際入ってみましたか?」
「ええ、アレは気持ちよかったです。サウナの方はともかく湯船の方は硫黄泉ですよね?」
「そうです。その温泉なんですが、つい最近新しい場所でまた湧出したのが確認されまして。それも公衆浴場を初めとした入浴用に使用することになったのですが……少々それで厄介なことになりまして」
「厄介なこと、ですか?」
「はい。湧出した源泉というのが少々勢いが強く、有毒ガスが多めに発生してしまいまして……幸い源泉は大きめの盆地になっていますので湧出範囲から出ることはまずないんですが」
……あー、何となく展開が読めてきたな。
「もしかしてその湧出範囲がハイランダーエルフの居住地に近いんですか?」
「ご明察です。有毒ガス発生地への立ち入りは当然のごとく制限されますが、それをハイランダー側に伝える術が今のところ中央政府にもブドパス市政府にもない状態で……今のところヒエログリフを使ってはいますが、それでは細かいところまで伝えられません」
それはそうだ、単純に立ち入り禁止というだけならそれでも済むかもしれないけど、彼らの居住地における注意書きがそれでいいはずがない。別に冊子にするほど多くの事項を詰め込んでいるわけじゃないだろうし、高地マジェリア語で書かれた注意書きはやっぱり必要だろう。
しかし――
「話は分かりましたけど、ハイランダーの居住区ってブドパスからはそれなりに離れていますよね? 中央政府はともかく、何故ブドパス市政府まで今回の件に関わっているんですか?」
「それはですね……」
言ってエンマさんは耳を貸せと言わんばかりのジェスチャーを見せる。……あ、絶対何かきな臭い話だコレ。
「……ブドパスの公衆浴場で使用される湯は、硫黄泉とは言え比較的硫黄の含有量が少ないんです。なのでブドパスは成分を補充するべく、周囲から温泉成分のみを抽出した薬品を採取し使用しているわけでして」
「……利用者の皆さんはそれを知っているんですか?」
「ブドパス市民は皆さん知っています。観光客でもマニアックな方々は勘づいているとは思いますけど、大部分の方は……」
そんな裏事情を知らず、ブドパスを温泉の名所として訪れるわけか。成分添加について言及していないから詐欺的行為ではないけど、観光客の人たちにとってはあまり気分のいい話でもないな。
「つまりハイランダーエルフ居住区に近い源泉をブドパスも使用するから、ブドパス市政府も協力しているということですね」
「というより、薬品抽出はブドパスが独占しているんですが」
……これはブドパス、結構がめつい儲け方してる予感がするな……まさかとは思うけど市中で草津のハップや湯の花よろしく入浴剤ビジネスとかやってたりするんじゃないだろうな。
「……まあその辺りの話はいいです。この依頼の話に戻りますけど、ということは今まで依頼を受注した人はひとりもいないんですね?」
「ええ、高地マジェリア語を理解出来るギルドメンバーはあまりいませんし、いてもそれはハイランダーの方々ですのでマジェリア語やジェルマ語を理解出来ません。両方を完璧にという方は、このギルドを訪れた方の中にはいらっしゃいませんでしたので」
「なるほど……ではこの依頼、俺が受けます。訳す文書と、書く物を貸してください」
他の人にとっては手を付けられないかもしれないけど、俺にとってはこんな美味しい依頼、食ってくれと言われてるようなものだ。
「え!? あの……ミズモトさん? 貴方、言語関係のスキルは……」
「表示されてるスキルはありませんがね、言語に関しては色々な場所に足を運んでいた関係でちょっとばかり得意なんですよ。高地マジェリア語なら分かりますし……何だったらブドパス検問のヨハンさんという人に確認を取っていただいてもよろしいですし」
するとエンマさんは、少々お待ちください、なんて言って奥の方に引っ込んでいった。通信魔法か通信機器か何かで検問に連絡を取ってるのかな? 動きが迅速で俺としても助かる。
それにしてもそう考えると、あそこでレニさんの通訳をしたのは無駄じゃなかったどころか役に立ったな……そのレニさんはまだハイランダー用受付で何やら話している。高地マジェリア語があまり通じていないんだから当たり前といえば当たり前か……
「お待たせしました、ミズモトさん。先程検問の方で確認が取れました。言語のレベルも問題ないようですし、お願いしてよろしいですか?」
「もちろんです、手続きの方お願いします」
「ありがとうございます、それでは資料の方をお持ち致しますので……」
言ってエンマさんは受付の裏に下がる。あの依頼の扱いだと、もしかしたら資料を取ってくるまでに結構時間がかかるかもしれないな……
「それにしてもトーゴさん、まさしくぴったりな依頼ですよね」
「……うん、まあね。美味しいのは間違いないよ」
注意書きのための文書なんて、そんなに量があるわけないし。量がないということは文章あたりの達成報酬は低く抑えられるということでもあるけど、その達成報酬も単価が結構高めだからなあ……
「でも今更だけど、エリナさんの言語把握初級なんてのがスキルとしてあるってことはだよ? 俺の多方向翻訳認識能力がスキルとしてリストアップされてないのは、結構問題視されかねないんじゃないかと」
「そんなんでよく受けようと思いましたねトーゴさん!?」
「今気づいたんですゴメンナサイ。……本当に今までよくツッコまれなかったものだわ」
いくら自分のことだからといって、能力やらスキルやらに無頓着過ぎたな。これじゃエリナさんに呆れらるのもしょうがない。
――ちなみに、この話には続きがあり。
言語認識系やら言語翻訳系やらの能力は初級の間こそスキルとして存在するものの、ある程度のランクまで行ってしまうと能力そのものが本人と一体化してしまい、言語関係のスキルが全て統合されてリストから消えてしまうんだそうだ。
実際どこら辺から消えるのかは不明だけど、感覚的には俺の多方向翻訳認識能力で言えばロジカルモードを使えるレベルになると消える、とのこと。……もっともそのレベルで消えてしまうあたり、オートモードはやっぱり規格外なんだなあと思わざるを得ない。流石神様のつけてくれたスキル、半端ない。
この事実は、後にエリナさんの勉強の付き添いで行った製本ギルド所属の図書館で知ったんだけど……まあこの時の俺には知る由もないことだった。
おっと偽装かな? ってレベルの話ではないんですが。
特別転生者ともともといた人々の違いというのは、こういった公共サービスに如実に表れてくるという話ですね。
次回更新は01/10の予定です!