33.エルフに感謝されたよ
「あの……どうかしましたか?」
「ああいや、何も……ただ、俺たちの知るエルフとだいぶ違うような気がしてですね」
「貴方たちの知るエルフ……? ああ、もしかして耳の長いエルフの事ですか? それでしたらジェルマエルフですね」
「ジェルマエルフ? エルフにも種類があるんですか?」
ああ、まあ、前世でもハイエルフだのダークエルフだのあったけど、それにしても目の前の……レニさんというハイランダーエルフ? は、エルフには見えない。そんな風に戸惑っていると、ヨハンさんが横から説明してくれた。
「マジェリア公国内に住んでいるエルフはみんなこんな感じなんですよ。身体的な特徴のあるジェルマエルフに比べると若干目立たず地味ですけど、もともとは北の国の方から渡って来たらしくて」
「へえ……っていうか北のエルフってこんな感じなんですね」
「ええ、ただそれでもエルフとしての特徴はありましてね。ハイランダーエルフは鳥類とのコミュニケーションに長けた種族で、その関係上今でも鶏肉や鶏卵入りの食事はご法度だそうです。それに加えて言語についても、発音体系が鳥類の鳴き声を模したものになっている関係上、人間が傍から聞いていると甲高く聞こえるんです」
「……ああ、なるほどそれで」
目の前のレニさんの喋る言葉が完全にアニメ声なのはどういう事かと思っていたらそういう事か! 最初媚びてるのかこういう声なのかと思ってたけど、こういう発音をする言葉なんだな!
「それで、ミズモトさん。彼女がハイランダーということはハイランダー登録証明があるはずですが、それについては?」
「ああ、そうでしたね。ええとレニさん、その登録証明は持ってますか?」
「……ごめんなさい、車の中に置いてあったと思うんですけど、探しても見つかりませんでした。登録番号は覚えているので、役人さんに伝えてくれませんか?」
「分かりました、そういうことなら。あ、でもそれだったら紙に書いた方がいいかも?」
「それもお願い出来ますか? エルフ語はマジェリア語と文字からして違うので、おそらく役人さんも読めないと思いますから」
「分かりました、こちらでメモを取りますので……」
あらかじめカバンにしまい込んでおいた筆記用具を出して、登録番号とやらを書き留めていく。レニさんはフルネームをレニ=ドルールというのか……何か前世のフランス人の名前みたいだな。
それはともかく、後はこれを……
「ヨハンさん、申し訳ありませんがこれで彼女の身元を確認してくれませんか?」
「分かりました、すぐに手配しましょう。ついでに首都訪問の目的などについても聞いてもらえませんか? 何分こういう状況ですので、目的もなしに首都に入れるというのも難しいもので……」
「……まあ、そうですよね。分かりました。レニさん、今日はブドパスにどんなご用向きで?」
「用事ですか? ええと、この魔動車に積んであるものを、注文を下さったお客様にお届けに。茶檀の丸太なんですが」
「茶檀? 聞いたことないな……」
「見てもらった方が早いですね、こういうものなんですけど」
言ってレニさんは、魔動車の荷台にかけてあった幌を外す。すると中から、まるで木材とは思えないほど模様もなく均一なこげ茶色の丸太が現れた。見たところ処理も大してしていないはずだけど、それでも軽く光沢が見える。
……これ、高級木材だ。茶檀ってことは黒檀の茶色バージョンか。でも黒檀は木目がしっかりついていて、正確には黒と茶のまだらみたいな感じだったはずだ。ここまで年輪が見えないほど均一に茶色一色っていうのは、少なくとも木材では見たことがない。
「あれ? でもトーゴさん、この丸太……」
「うん、残念ながらひびが入ってるね」
それも切れば解消するような細かい入り方じゃない。かなりバックりと、縦にひび割れている。幾ら美しい木材でも、これでは使い物にはならないはずだけど……でも、ヨハンさんによるとそれは違うらしい。
「ああ、茶檀はこれで正常なんですよミズモトさん。私も実際に見た事はそんなにありませんがね? むしろこのひびがない茶檀は出所を疑われるほどですから」
「そうなんですか? 何も知らないとひびがない方がいいみたいに感じますけど」
するとレニさんも俺の疑問に答えてくれる。
「茶檀は私たちエルフの森の特産品なんですが、多くの木材と同じく乾燥させなければ何にも使う事は出来ません。ただ茶檀の場合はその性質として組織中の水分の入り方が偏っているものらしくて、乾燥させるとどうしてもこのようにひびが大きく縦に入ってしまうものなんです。
これはコントロール出来るものではなく、水分の不均一な入り方をしている場所も一定しているわけではないので、ひび割れの防止は不可能です。なのでむしろひびの入り方が綺麗な方が茶檀の評価が高くなるんです。加工も簡単になりますし」
「なるほど……」
俺の疑問に、今度はレニさんが詳細に答える。なるほど、所変われば木材に関する価値観もまるで変わるんだな……
「なるほど、茶檀の取引ね。取引先は木工ギルドですか? って、聞いてください」
「取引先は木工ギルドでいいのかって、役人さんが」
「ああいえ、マイルズ商会への直接納入ですが」
「マイルズ商会へ直接納入?」
っていうか、ギルドを通さないで直接納入ってこの世界いいんだな。普通ギルド独占で材料なんかに関しては全部そっちを中継する必要があると思ってたのに。
「マイルズ商会……?」
しかし役人たるヨハンさんは何やら訝しげな表情をしている。……何だろう。
「もしかして、何か違法性のある案件ですか?」
「ああいえ、特にそういうことはないんですけど……んー、気のせいだと思います。取り敢えず目的も分かりましたので、後は登録証明が確認され次第――」
「失礼します。レニ=ドルールさんのハイランダー登録証明が確認されました」
「――首都入境を認めます。お待たせしました。あ、レニ=ドルールさんはハイランダー登録番号をもって早急に総合職ギルドへ出頭してください。ハイランダーエルフ用ギルドカードを発行しますので」
「……エルフ用のギルドカードを発行するから番号をもって総合職ギルドへ行くように、らしいですよ?」
「あ、はい。分かりました」
まあ、検問のシステムなんかを考えてみてもカードタイプの方がいろいろとスムーズだろうしなあ。それに、総合職ギルドで発行するということは銀行機能だって使えるって事だろうから、そういう意味でも凄く便利だろう。
「それでは皆様、よいご滞在を」
そんなヨハンさんの言葉に送られて、ようやく俺たちは市内に入る。入ってすぐの案内板によると、ここからしばらく行って右に曲がったところにある中洲の島――マルゲア島に魔動車を停めるための駐車場がたくさんあるらしいので、取り敢えずはそこへ向かうことにしよう。
それにしても、パッと景色を見る限りでもエステルとは全然違う。紛れもなくここは首都だ。大都市だ。
「トーゴさん、ここ凄いですね。道の幅からしてもうエステルやここまでの道とは違いますよ……」
「首都に注力するのは、どこの世界でも同じなのかね?」
「まあ、大体の場合で人が一番集まるところですからね……でもこの車で不自由なく移動出来そうでよかったじゃないですか」
「この世界の道路に照らし合わせて特に幅が広いわけじゃないからねこの車」
……なんて事をしゃべりながら駐車場に到着する。ここで適当な駐車枠に車を停めて、移動自体はトラムで済ませるという寸法だ。この時間帯だからか駐車場はさほど混んでおらず、どこでも好きなところに停められる感じだった。
それでは遠慮なく、と、より市内中心部に近い場所に停めることにした。と――
「あ、あの!」
「ん? あ、貴女はさっきの……レニ=ドルールさん?」
「はい! あの……先ほどは、ありがとうございました!」
「そんな、俺はただ引っ張ってこられただけですし。それより無事に市内に入ることが出来てよかったじゃないですか」
「本当に! 今日はこれでお暇しますが、ブドパスでお会いすることがあればまた!」
そう言って、魔動車で去るレニさん……わざわざお礼を言うためにこっちまでついてきたのか? 何というか、律儀な人だな……
どっから声がしてるのかわーかーらーなーいー(酷
めっちゃ甲高い声と微妙な容姿と習慣の違いだけって言っても、彼女らはやっぱりエルフなのです。
次回更新は12/14の予定です!