32.エルフの娘を助けるよ
「あのさ、エリナさん。この車の列動いてないよね?」
「動いてませんね」
「ちょっと前の方に行って様子見てきていいかな」
「やめた方がいいと思います。今は動いてなくても何かしらあって列が動き始めたら、今度は私たちが後ろに迷惑かけることになっちゃうんですから」
……まあその通りだわな。前世だってあんまり長い待ち時間にしびれを切らして、列の先の様子を見に行ったらいきなり動き出して後ろからは大顰蹙……そんな光景普通にあるわけだし、ここで余計なトラブルは起こしたくない。
とは言え先の状況が見えないっていうのも不安がな……さてどうしようか。
「トーゴさん、私が様子を見に行きますよ。で、出来る限り状況も聞いてきます」
「いいの? っていうか聞いてくるも何も、ジェルマ語通じるのかな……」
「前世における英語と同じような立ち位置だって聞いてますし、通じると思いますよ? 通じなかったらその時はトーゴさんにお願いするっていうことで」
「了解。……あまり無理はしないようにね」
分かってますよー、なんて言って車を降りるエリナさん。カーブになってるせいで遠目からでもおぼろげながら先頭の様子は見えるんだけど……詳しい状況は無理だけど、当分進みそうな気配はないな。少なくともエリナさんが戻ってくるまで、この列が動くことはないだろう。
さて、それじゃ今のうちにエリナさんが買ってきてくれたサンドイッチを食べるか。
「むぐ……お、これはうまいな……」
中身は炭火か何かで焼いて厚めに斜め切りしたソーセージだけっていうシンプルにも程があるものだったけど、このソーセージ自体が肉のうま味と香草の香りがとても強く、全粒粉ライクなパンとよく合う。塩加減もちょうどいい。
買ってしばらく経ったために冷めてしまってはいるけど、冷めてもなおこの味のレベルということは焼きたてを食べたらどれだけうまいんだろう。
そんな感じでうまいうまいと少しばかり大きめなのをひとつ食べれば流石におなかも落ち着いた。それでもまだ車列も動かなければエリナさんも帰ってこないし、優雅に麦茶でも飲んで待ってるとするかな……
「……それにしても魔法瓶は正解だった」
暖かい飲み物を持ち歩くのに便利だろうと鍛冶ギルドで材料を買って作ってみたんだけど、これがまた使い勝手がいいのなんの。この世界にも魔法瓶らしきものはないわけじゃないけど……ああいや、ほとんどないと言っていいか。ガラスだから壊れやすいしメチャクチャ高いしその割に性能よくないし。
不可視インベントリなんて使えばそれはそれで破損も防げるし、普通の容器に入れていても保温だってちゃんと出来る。けど、インベントリにも容量ってものがあるからなあ……なるたけ自分でどうにか出来るやつは入れたくない。
「……ん?」
なんて事を考えてたら、先頭の方からエリナさんが戻ってきた。少し駆け足なのが何とも嫌な予感がするけど……
「ふー……トーゴさん」
「おかえり、エリナさん。先頭の方どんな様子だった?」
「それなんですけど……ごめんなさい、トーゴさん。出番みたいです」
出番、出番か……ん、分かってたよ。
エリナさん曰く、取り敢えずは先頭まで車を移動してきてくれということだったので、後ろめたさを覚えつつ列を外れて先頭に向かった。……途中何か文句言われてたような気がしたけど気にしちゃいけない。
程なくして先頭に着くと、それを確認した担当の役人らしき人が止まっていた車列を分散させて別のレーンに誘導する……っておいおいおいおいおい!!!
「何で俺たちが来ると同時に列整理してんの!? 今まで別のレーン使えないからここで待ってたんじゃねえの!? ねえ、これ嫌がらせ!?」
「え、ええとですね……本来この時間帯は通る車が少ないらしくて、あえてひとつのレーンしか開けていないんだそうです。今回はこういう事になったので、特別に……という事みたいですよ?」
みたいですよじゃないよまったく……っていうか俺が解決する流れになってるんだけど何があったのか説明全然受けてないんだけど?
「あ、それでですね。こちらの魔動車に乗った人がトラブルになってるみたいで……私もジェルマ語で話を聞いてみたんですが、要領を得なくて」
言われてエリナさんが指した方を見ると、なるほどそれっぽい雰囲気の女性と役人がレーン脇の小屋の前に立っていた。魔動車については……ここに来た時から思ってたけど、結構小さいんだな。軽トラくらいの大きさしかない。
荷台に幌がかかっていて何が積まれているのかは確認出来ないけど、そんなに積んでいる量自体は多くなさそうだ。……ということはトラブルはこれ絡みじゃないな。
「何にせよ聞いてみないと分からないか。あの、すいません」
「ん? ああ、もしかしてあなたがさっきそこのエリナ=サンタラさんが言ってた万能通訳のトーゴ=ミズモトさん?」
「……エリナさん、そんな紹介の仕方したの?」
「あー、あはは……今回の問題のことを考えると、通訳って点を前面に押し出した方が事がスムーズに運ぶかなって思いまして……っていうか、別に万能通訳って間違ってないじゃないですか」
「いやまあ、確かにそりゃそうなんだけど……ん? 今回の問題?」
エリナさん、さっきの口ぶりじゃ今どんな問題が起こってるか把握してない感じじゃなかったか? 今の感じだと、言語関係の問題だってはっきり認識しているように思えるんだけど……
俺のそんな疑問を察したのか、エリナさんが慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、いえ、確かに詳しい内容は分かりませんよ? ですけど、そちらの女性の方の言葉がどうも聞き慣れないものだったので――」
「……あー、もうよろしいですかな?」
「あ、はい、すいません」
いかん、役人さん思いっきりガン無視してた。しかも多分この人、エリナさんの話の内容把握してなかったから、もう1回説明もらわないと。
「ええと、それでどうしたんですか? エリナさんの話からすると言葉の問題みたいな話でしたけど」
「ああ、そう、そうなんですよ! 実はこの女性ですが、検問で自己証明書が提示出来なかったんです。なので本人に確認を取ろうと思ったのですが、何分言葉がなかなか通じなくてですね……」
……ああ、これ、杉山村というか特別転生者の話によく似てるわ。それで目的も分からず身元も不明な人間を通すわけにもいかず、さりとて言葉が通じないから追い返すことも出来ずですったもんだしていたって訳か……
うん、確かにこれは俺の出番だわ。取り敢えずこっちの人に話を聞くか。
「ええと、そちらの方はお名前を何というのです?」
「え? ……レニ、ですけど」
「レニさんね。レニさんは何か自分の身元を証明出来る書類かカードを持ってはいませんか?」
「書類、ですか? ええと、確かハイランダー登録証明がありますけど……」
「ハイランダー?」
日本語に直訳すれば高地人ってことなんだろうけど、そんなのあるんだ……と。
「え、ミズモトさん? 貴方ハイランダーが話せるんですか?」
「……ハイランダー?」
先程の役人さんが口走った単語に思わず同じ言葉を返してしまう。高地住まいの人間もその人たちが喋ってる言葉もみんな同じ単語で表すのか? 厄介というかややこしいことこの上ないな……
「ハイランダーというのはその名の通りハイランダーエルフ……高地住まいのエルフが話す言葉で、公式には高地マジェリア語と言います。マジェリア語と言っても発音も語彙も互換性は全くないのですが――」
「……ちょっと待ってください。ええと……」
「ヨハンです」
「ヨハンさん、今気になる事仰いませんでした?」
「高知マジェリア語がマジェリア語と発音も語彙も……」
「そこじゃなくてもっと前! むしろ結構最初の方!」
高地住まいの……何だって?
「ハイランダーエルフ……高地住まいのエルフ?」
「……エルフ? この女の子、エルフなの?」
「え? ……冗談ですよねトーゴさん?」
エリナさんも唖然としてる。……気持ちはわかる。
だって、目の前のレニさん、金髪色白のやや切れ長の目ってだけで耳は普通の長さじゃないか!!!!
エルフキタ――――――――――――――――――!!!!!!!!!
……まあ皆さん想像するエルフと結構違う感じですけど。トールキンからロードス島戦記に連なるエルフと別系統のエルフがいてもいいじゃないかっていう事で。
次回更新は12/11の予定です!