31.出発早々不穏な空気だよ
買い出しを終えてエステルを出発するころには、既に夕方に近い時間になっていた。もっともこの時期のこの辺りは日が沈むのも遅いので、そこまで遅い時間っていう感覚は全然ないんだけど。
「最初の目的地は首都のブドパスでしたっけ? 確か南東にまっすぐ行った先だって話ですよね……むぐ」
「うん。距離的にもそんなにないし、スピードを落としていっても検問までだったら2時間もかからず行けると思うよ。……杉山村より近いとは聞いていたけど、めっちゃ近いよね」
ただ確かにめっちゃ近いんだけど、距離的に近いことと時間がかからないことはイコールにならない。そこが検問までだったらという言葉の意味なんだけど……まあそこは首都ってことで。
そんなわけでさっきの買い出しも、念のための食料品を1日分買う程度にとどめておいた。何でもブドパスにはエステルの自由市場よりもさらに規模の大きい市場があって、売っているものの種類も豊富なうえ、よほどの加工品なんかでなければエステルよりも総じて物価が安いのだとか。
貿易最前線より安いってどういうことだと思ったけど、考えたら首都で売ってるものは国内生産品の割合が多いはずだからおかしいことじゃないんだな……なんて話をしてたらエリナさんが面白いことを言い出す。
「むぐむぐ……ごく。そう言えば貿易の最前線たる国境都市エステルだっていうのに、あそこの中で全然関税の話とか出てきませんでしたね。スローヴォからコークスを輸入する時に国内より高くつくし面倒、とかそんな話くらいで」
「……!」
言われてみればそうだな! スローヴォ産のコークスが高いって話だけじゃ、純粋に価格が高いのか関税のせいで高いのか分からない。タイヤの材料になったスピリタスもスローヴォから輸入したって割にはそこまで……まさか関税って制度がなかったりするのか?
「まあでも、むぐ、その辺の事についてはブドパスに行ってからでも色々調べられるんじゃないですか? 今ここで何か言ってもしょうがないですよ」
「そだねー……」
取り敢えず、気になる事がひとつ出来たって事でとどめておこう。
「それにしても……むぐ、割と車の通りが多いですね?」
「エステルとブドパスの間は逸れる横道もそんなにないからね。それに国境と首都の間ならある程度交通量は多かろうよ」
ただ交通量が多いということは、道全体の平均速度がこちらの魔動車基準になる……平たく言うと時速30km程度に制限されるということで、ちょっと事故だったり渋滞だったりあったら間違いなくもっとかかるということ。流石に前後ろ横どこを見ても魔動車が見えるというような状況ではないけど、それでも速度はこれ以上なかなか上がらないんだろうな……
「って、さっきからエリナさん何食べてるの」
「んっ……ん、これですか? 出る前に市場でサンドイッチ作ってもらったんです。ご飯食べる時間もあまり取ってなかったし、安かったからいいかなーって。
トーゴさんの分も買ってありますけど、食べますよね? あ、麦茶もありますよ」
「ありがとう、でも運転中にはちょっと食べられないな……この先の検問で車の流れが止まったらもらうよ」
国境都市の場合は市内中心部から大体5kmから10kmくらいの間に検問があるとのことだった。杉山村に行った時ですら10分は検問通過にかかったんだから、首都に向かうここだともっとかかるんだろうな……
……なんて思ってたらものの5分で通過出来てしまった。何故だ。
「多分アレじゃないですか? 前の検問よりも窓口……というか通過する場所が多かったのと、ギルドカードをかざしてたあのハイテク感漂う装置」
「ああ、何か前世で電車乗る時とかに使ってたICカードみたいな……」
「あれでフィラーへの両替とか動向管理とか全部終わらせてるんだと思います。首都に行く方が圧倒的に多いんだから当然と言えば当然な気もしますけどね」
日本で言うところのETCかな? いやでもアレは通過するだけでゲートが開くっていうとんでもないハイテクだからな……いずれにしても、交通量が多い場所ほどスムーズに通れるように作られているというのはどこでも変わらないみたいだ。
……おかげでサンドイッチ食べ損ねたけど。
「大丈夫ですよ、トーゴさん。検問はブドパスの入り口にもあるじゃないですか。渋滞もするかもしれないし、休憩してもいいんですからね」
「ああいや、そこまでサンドイッチに執着してるわけじゃないから。でも俺の分は残しておいてねエリナさん」
そんなに食い意地は張ってないとは思うけど、念のためね。……そう言えばちょっと気になることがあるな。
「ギルドカードと言えば、エリナさん、最近ステータスチェックしてる?」
「ステータスチェック、ですか? ……ああ、そういえばこっちに来て以来全然してませんね……」
本来ギルドカードに紐付されているステータスは、ギルドでチェックしておかないと現在の自分の状態が分からない。だからこそみんなチェックをするんだけど、俺たちはステータスをいつでも確認出来るのでどうしてもそこがおろそかになる。
その辺はこうまで便利だと起こり得る事だ。とはいえ実際おろそかになる理由はそれだけじゃないと俺は思う。
何せ、実際に戦闘に関わることの少ない俺たち生産系の人間は、おおよそ日常生活においてステータスとぱっと見無縁の生活を送っているからだ。そしてこの世界において、所謂ゲーム的なレベルという概念は存在しない。それゆえステータスが成長していても分かりにくく、前世の感覚での慣れや鍛錬の結果とどうしてもかぶってしまう。
……まあ、実際そういうものを数値化した結果だからしょうがないんだろうけど。エリナさんも俺も結構依頼こなしたり鍛錬したりしてるし、少しは数値が変化していてもおかしくはないと思うけどね。
「それじゃ今確認しちゃいましょうか?」
「いや、それはブドパスの総合職ギルドに着いてからの方がいいだろう。ステータス確認だったら俺もエリナさんのを聞いておきたいけど、何分今は運転中だからね。正直、色々言われても頭に入ってこないし運転に集中したい」
「分かりました。……それにしても何か道が空いてきてませんか? 順調に首都まで行けるならそれに越したことはないんですけど」
「言われてみればそうだな……」
ふと見ると、目の前の魔動車が大通りから左折で離脱している。それに大通り自体の幅も広く、思った以上に運転間隔に余裕もある。最初この魔動車の設計をした段階では果たして公道を走れるのか不安だったけど、周りも意外と同じようなサイズなので完全に杞憂だったな……
「これだと結構すぐブドパスに着けそうですね」
「そうだねえ」
実際ここまで時速にして50kmくらい出してるし、もうあと20分もしないうちに検問につけるんじゃないだろうか。……そう考えると本当にエステルの街に近いんだな首都ブドパス……
でまあ、フラグそのものな発言をしたせいでなかなか検問までたどり着けずに迷うとかいうベタな展開だったか……と言われるとそういうこともなく。実際検問にはその後16分後にはたどり着けた。
たどり着けたんだけど……
「……何か、なかなか進みませんね?」
「そうなんだよねえ……何だろ、前でトラブってんのかな?」
例えばギルドカードに不備があったとか、魔動車が壊れたとか。割とどっちもありそうだから怖い、っていうか今までそんなのがなかったのが不思議なくらいだ。何せこの世界、魔動車は技術レベルがそれほど高くないせいか結構頻繁に故障する。
これがモーター周りだったりするならまだしも、車軸が折れただのホイールがお釈迦になっただの言われた日には数日足止めも覚悟しなきゃならない。
……ああ、放浪開始初っ端からこれかよ。
今回から放浪開始・ブドパス編です!
しかしエステルとブドパスの距離がそこまで遠くないので放浪開始っていうのが微妙に看板に偽りあり状態なのがまた……
次回更新は12/08の予定です!