29.杉山村をお暇するよ
そんなこんなで杉山村の人たちの協力も受けながらキャンピングカーを作って、普段は各職ギルドの依頼をこなしてお金を稼ぎ情報を得る……といった生活を続けることおよそ3か月。いよいよ魔動車の形も出来上がって試運転をしよう、となったのがつい先日の事だった。
正直な話、本当だったらもうちょっとかかるだろうと思っていた俺にとっては嬉しい誤算という他なかったけど、もともと魔動車という工業製品があるだけに、1から作る人にとってはとても優しい世界だった。タイヤや内装用プラスチックなどは流石に自作する必要があったものの、駆動系はほとんど流用すれば済んだのでお得だったな……
とは言え材質や構造の違いもあって、流石にそのまま流用するわけにもいかなかったからある程度手を加えはしたけど、それでも当初の目論見よりだいぶ時間を短縮出来たのは確かだ。
「特にアレだ、魔力供給デバイスが普通に魔導工学ギルドで売ってたのは驚いたけど助かったな……まあ、そういうものを取り扱ってるギルドだから当たり前っちゃ当たり前かもしれないけど」
「それもそうだしトーゴさんもフレーム作り早かったですよね……とても今まで触れたことがないとは思えないっていうか普通キャンピングカー手作りしませんからね?」
「……まあ、その辺は転生特典を存分にだね」
「水元さんは特典をフルに使えるんですよね……それが羨ましいです」
そう言うのは村長さん。ちなみにフルで使えるというのは力量的な意味ではなく、周りとのコミュニケーションだったり使い方だったりを活用出来ている、という意味合いだ。杉山村の人たちはコミュニケーションにどうしようもない難があるからな……魔動車作りをこうして手伝ってくれるほどにはちゃんと使いこなせてるとは思うけど。
まあ、俺の場合は自動製作――1回でも作ったことのあるものは実際に手を動かさずとも制作出来るっていう、生産系では反則級に使える魔法があったからより使いこなしてる感が強いんだろうけど。
とにかく、これでとりあえず魔動車の形が出来上がったわけだけど……試運転を兼ねて、しなければならないだろうことがあるんだよな……
「トーゴさん? どうかしましたか?」
「いや、試運転は明日なんだよね? だったら今日は取り敢えずこのままエステルに戻ろうかと思ってさ……総合職ギルドに寄って確認しておきたいことがいくつかあるんだ」
「総合職ギルド? ああ、水元さんが前に仰っていた、あの銀行と郵便局と集会所と市役所がごっちゃになったような場所ですか」
「ええ、そこです。村長さんも今仰ったとおり、総合職ギルドは市役所というか国の出先機関っぽい感じでもあると思うんですよ。今後国境を超えたり首都に行ったりする上で、何か申請する必要があったりしないかなと」
「それと、魔動車の登録が必要だったりしないかということですよね?」
「うん、ぶっちゃけそこが一番問題だと思うけど」
何せこのキャンピングカーは手作りだ。事故を起こす可能性については潰せるだけ潰して作ってあるので問題ないとは思うけど、サイズが意外とでかいからそこが心配っちゃ心配なんだよね……幅は道路と既存の魔動車のサイズを見た結果決定しているからまず問題はないだろうけど、この世界の交通法規とかどうなってるかが問題だ。
「というかそこは最初に確認しましょうよ」
「ゴメンナサイ」
何かここ最近エリナさんに小言を言われてばっかりだな……反省しないと。いやでもエリナさんも最初は結構無茶なサイズ言ってたしお互いさまじゃないのか?
「まあ作っちゃったものはしょうがないです。試運転がてら受付の人に見てもらいましょう、ダメだったらダメだったでその時考えればいいですし」
「その時はマジでここに定住って事になりそうだけどね……」
なんて事を話しているうちに、試運転の日がやって来た。
コースは杉山村からエステルへの片道、おおよそ180km。途中例の検問があるけど基本的には一直線の道で止めるものがないというだけ試運転には確かにもってこいの場所ではある。
ちなみに前日の夜に総合職ギルドのマリアさんに話をしてみたところ、魔動車に関しては取り敢えず試運転の時に確認させてほしいという話ではあった。ただしあまり非常識な――それこそ事故を頻発しそうな車でない限りは特に問題ないようなことも言ってはいたけど。
車の幅を2.2メートルに抑えたのもの功を奏したのかな……これ、エリナさんの言うような大きさだったらそんな事を言ってくれていたかもわからない。
「さて、一応理論上はちゃんと安全に走れるように作ったつもりだけどどんなもんかな」
「車体の長さはともかく、幅はちょっと広い程度でそれほど違和感ありませんね。逆にこれ以上広いと、トーゴさんの言う通り運転しにくいかも……」
「車体は金属中心で武骨ですが、インテリアは装飾や設備配置の効果も相まって印象が柔らかいですね。これならおふたりの日常生活にも問題なく使用可能かと」
見た感じは軍用車の内部を上に拡張して内装を凝ったみたいだしなあ……そもそもの魔力吸収装置が金属板っぽい見た目なのと、今後何があるか分からない以上装甲車っぽく作った方が安心安全だろうっていう理由からこんなんなったわけで。
つまりは、まあ、こうなったのは俺の責任じゃない。だから複雑な目をこっちに向けてくれるなエリナさん。
「んじゃ、そろそろ行くとしますか……それじゃ牧田村長、今までお世話になりました」
「こちらこそ、色々とありがとうございます。私たちも今後は街の人と交流していこうと思います。……まあ時間はそれなりにかかるかもしれませんが、今まで私たちが無為に過ごしてきた時間を考えれば大したことはありませんから」
「……そうですか。何卒お元気で」
言って、魔動車を起動する。ガソリン車みたいにいかにもエンジンをかけるという感じの発進の仕方ではないけど、前に乗った電気自動車みたいな感じの静かな起動でこれまた違和感がない。強いて言えば動いている感じが滑らかすぎるのが気になると言えば気になるけど、そこまで気になるようなものでもないな……
「……トーゴさん、杉山村の人たち向けにテキストを作って渡したんですね」
「ん? ああ、せっかく魔動車作りを手伝ってもらったしね。現時点でお金が全く意味をなさない以上、おそらくあれが俺たちに出来る一番でかいお礼だと思うよ」
「まあ、それに関しては私も同意見なんですけど、それにしては最後の別れの挨拶が随分と軽いように思えたんですけど」
「他にかける言葉が見つからなくてさ……頑張ってくださいと言うのも違うし、そうですねと同意するのも何か俺たちにはふさわしくない気がするし」
実際さっきの村長のセリフは、独白に近いものがあった。俺たちへの挨拶は、実のところ自分にしか意識が向いていなかった。……無為に過ごした時間、と、村長が本気で思っているんだとしたら、そのひと言には俺には想像もつかないほどのごちゃごちゃした何かがあるんだろう。精神が摩耗している、というのがぴったり当てはまった結果、そういう言葉しか紡げなくなってしまったのかもしれない。
そんな彼らの、転生してたかだか数週間しか経っていない俺が一体どんな言葉を投げかけてやれるというんだろう。何を言っても何も知らない人間の傲慢にしかならないんじゃないか――
エリナさんもそんな俺の思いを汲んでくれたのか、寂しそうな、もしくは同情的な表情をしてサイドミラー越しに杉山村方面を眺めていた。
「……トーゴさん、やっぱり前世に比べてこの車のサスペンションは利きが悪いですね」
「それは流石にね。でも前に乗った魔動車よりいいでしょ」
「ええ、そうですね。ゴムタイヤを作った甲斐がありました……少なくとも走っているうちにばらばらになるような感じの揺れじゃなくてよかったです、このくらいなら許容範囲だと思います」
道路の舗装も甘いせいで時速60kmも出せないくらいだけど、それでも俺とエリナさんという転生してきたふたりがこれから使うには十分すぎるキャンピングカーだ。
……いまだ自転車も満足に作れない杉山村の人たちも、間違いなくこの車に乗って色々な場所に行ってみたかっただろうな――そんな詮無い事を思わずにはいられない、そんな国境の街までの道中だった。
まず、別れがひとつ。
次回更新は12/02の予定です。