16.郊外の村に行ってみるよ
「お?」
銅ランクの依頼を物色してみると、1回きりの依頼の中に少し毛色の違う内容のものがあった。
「何か面白いのでも見つけましたか?」
「ああ、これは……面白いというか不可解というかな……すいません、マリアさん」
「はい、何でしょうか?」
「このペトラ杉の伐採、参加人数問わず総計5本、1本あたり2小金って依頼なんですけど、詳細教えてもらえますか?」
「あ、はい。やっぱり気になりますか?」
「一応、この辺りのことは昨日のうちに少し調べたので……」
半分本当で半分嘘なんだけど。自分の中に図鑑みたいな形である知識の中にこの杉の名前があって、それと照らし合わせるとこの依頼が掲示板のこのエリア――銅ランクの1回限りの依頼に入っているのが少しおかしかったのだ。
何故ならペトラ杉は確かにこの近くでよく見られる木材ではあるんだけど、植わっている場所が結構限定されてて木工ギルドがそのうちの伐採しやすい1か所を独占契約で抑えているのだ。
つまり依頼でペトラ杉の名前を見るのに木工ギルド以外だとまず有り得ず、その性質上1回限りの依頼というのは少し無理がある。それほど頻繁に使われる木材なわけで、それだけに総合職ギルドでこういう形で依頼されるのは不可解なのだ。
「実は、木工ギルドの方で急遽5本だけ必要になりまして……もともと独占契約していたペトラ杉の伐採場所で大きな土砂崩れが発生しまして」
「伐採場所が潰れたんですか?」
「いえ、そこまでの事態にはなっていません。ただ土砂崩れの影響でエステルの街まで運ぶ道路がふさがってしまった関係で、木材を運ぶ魔動車が立ち往生してしまいまして……復旧までにまる1日かかるみたいなんです」
「なるほど、それに積まれていた5本のペトラ杉が今日中に届かないから、こっちの方で確保しようと。でも木工ギルドの方で依頼を出せばいいのでは?」
「それが……こう言っては何ですが、木工ギルドのメンバーの方々は皆さんあまり今回の事に乗り気ではないようでして……」
「え、あの、それは職人たる自分らはとかそういう話ですか?」
めちゃくちゃ下らないプライドとかこだわりとか捨ててほしいんだけど。そもそも自分らの飯のタネだろ、何で伐採や運搬をそんな嫌がってんだよ。
「いえいえ、そんなこと……ちょっとは、あるかもしれませんが」
「あるんかい」
「でも、どちらかというと今日中にペトラ杉を手に入れられそうな場所にこそ問題があるんです。そこで先程ここを飛び出していった人が関係してくるんですが――」
え、なに、どういうこと?
「地図で説明しますね。エステルの市外区域がここで、昨日おふたりがトロリ草を採取したのがこの山です。普段木工ギルド用のペトラ杉を伐採している場所がここで、ここからだと魔動車でおおよそ6時間ほどかかります。
この近辺でペトラ杉が植わっている場所はここの他にはこことここ、どちらも魔動車で4時間程度ですが、物理的に伐採に時間もコストもかかりすぎます。そして残る1か所がここです」
言って最後にマリアさんが指し示したのは、他の3か所よりもいやに近い場所だった。トロリ草を採取した場所とは正反対に近い方向だけど、これもしかしたら魔動車とやらで行ったら1時間程度で行けちゃうんじゃないか……?
「……これ、何かあるんですか? 例えば罠があるとか偽物が混じってるとか……」
「いえ、正直伐採のしやすさで言えば木工ギルドで契約している場所よりも上です。盗賊が出るような場所でもありません」
「ええー……」
「ただしここはですね……昔から住んでらっしゃる方々がいまして。その方々との交渉が非常に面倒というか、今まで誰ひとりとして成功したことがないんです。話がまるで通じないのでそれも仕方がないと言えますけど」
「話が通じない、ですか? それは権利上の何かでごねてるとか、何か対価を吹っかけてるとか……」
「いえいえ、文字通りなんです。話が通じない、というより言葉が通じないんですよ。私たちの普段使っている言語とは、体系からして違うようでして……」
……ああ、なるほど。何となく分かって来たぞ。確かにそれは、交渉が面倒というか不可能だ。飛び出していった人と関係してる……なるほど、確かに関係してるな。
「なのでギルドとして魔動車や伐採道具の貸し出しなどは行いますが、あくまで交渉やいざというときの戦闘に関しましては受注者に丸投げになりますので、その辺りの対処が出来ない方はこの依頼受注は控えた方がよろしいかと――」
「分かりました。ではこれを受けることにします」
「――え?」
俺の答えを聞いたマリアさんが呆然としてるけど、まあいいだろう。言葉が通じないだけってのが問題なら、俺の多方向翻訳認識能力が役に立つに違いない。交渉が必要なら……その時はその時だ。
「だ、大丈夫なんですか? これはある意味銀ランク以上の人がボランティア感覚でやるような依頼ですよ?」
「問題ありません、ちょっと解決策があるので……いずれにしても5本、ペトラ杉を伐採して運んでくるということでよろしいですか?」
「……ミズモトさんがそれでよろしいというのであれば、受注にしますが……ペナルティは1本あたり1穴あき銀です。そこのところお忘れなきよう」
「了解です。じゃ、運搬用の魔動車と伐採道具の方お願いします」
幸いにして魔動車の運転も体が覚えていてくれた――正確にはその為のスキルを用意してくれていた――ため、俺とエリナさんは問題なく市外に出ることが出来た。ちなみに最初に街に来た時見た乗用車っぽいのは、全部この魔動車なのだという。……蒸気ですらないのかよ……
それとさっきの会話の中で俺の言ってることしか理解してなかったエリナさんは、取り敢えずあの依頼を受けるということだけは理解したらしい。とはいえちゃんと事情を説明しないとな――と思ってマリアさんから聞かされた話を繰り返すと。
「……トーゴさん、その話聞いたとき私のことを思い浮かべませんでしたか?」
「あー……うん。いや、悪いとは思ったんだけど」
やっぱり、エリナさんもそこ気になるよなあ……どう考えても自分がたどっていたかもしれないルートだからな。俺と出会わなかったルートでどういう方向に行くかわからないけど、あの感じだと不便は不便なんだろうな。
「いえ、全然気にしてませんよ。……ただ、トーゴさんと出会ってよかったなあって思っただけで」
「そう言ってくれると助かるよ。……それにしてもこれ遅いよな、原付くらいの時速しか出てないんじゃないか」
「原付……って何ですか?」
「原動機付自転車。日本のミニバイクで一番小さいやつでね、法定速度30キロに制限されてるんだ……ギアもこれが一番上みたいだし、速度より馬力重視なのかね」
普通に中くらいのトラックくらいの大きさだしなあ。これで1時間ということは、まあ20から30キロくらいの距離があるってことで……それでも近くはないか。本来の伐採場所だと6時間かかるって言うし、単純計算で180キロ程度……そりゃ、少しでも道がふさがったら大変なわけだ。
「まあ、原付の話はともかくとしてだ。こっちでも道路の問題が起こらないとは限らないし、早く終わらせて戻ろう。やることもあるわけだし」
「やることですか?」
「昨日言っただろ、図書館に行って情報収集するって。……エリナさんはこの世界の本を読めないけど、そっちはそっちでトレーニングや勉強するって言ったろ」
「あ……あー、確かに言ってましたね。すっかり忘れてました」
……エリナさん、大丈夫かな。
いよいよタイトル通りの展開になる……のか?
次回更新は10/24の予定です。